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特別編
特別編⑥ 『付き合い始めの二人』(前編)
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夏の暑さも盛りは過ぎたが、それでもまだ秋までは時間がある。特にエルマイラム王国の夏は長いので、まだまだ誰もが暑さと共存しているのが現状だ。
しかし、暑いということは別に悪いことばかりではない。暑い中だからこその楽しみというものもあるのだから。
「はい、お待たせ致しました。若鶏のスパイシー炒めと冷製パスタです」
メルエーナはお客様に、バルネアが作った料理を運び、笑顔で応対する。
「おお、来た来た!」
「うわぁ~、辛そうだけれど美味しそうね」
「何だよ。食欲ないからそんなの食べられないとか言っていたくせに」
「でも、実物を見ると美味しそうなんだもん。メルちゃん、取皿一枚追加で!」
自分よりも少し年上のカップルの微笑ましいやりとりに微笑み、メルエーナはすぐに取皿を運んでくる。
「メルエーナ。窓際の十番席のお客様がお帰りだ。お会計を頼む」
トレーを両手に持った状態のジェノが、声をかけてくる。彼の額にも自分と同じ様に大粒の汗が浮かんでいる。
「はい。ジェノさん、五番席に取皿を一枚お願いします!」
メルエーナとジェノは阿吽の呼吸で、仕事をこなしていく。
あのレセリア湖での温泉での一件をきっかけに、メルエーナはジェノとの心の距離が確かに近づいた気がする。だからこそ、仕事も順調なのだ。
しかし、こういったときこそ気持ちを引き締めないと思わぬミスを誘発するので、メルエーナは気を引き締める。
それから、開店と同時に怒涛のように続いた忙しい時間が終わり、店の入り口に、『本日の営業は終了致しました』の看板をかけて安堵のため息をつくと、
「ご苦労さま。メルちゃん、ジェノちゃん」
厨房から出てきたバルネアのねぎらいの言葉に微笑みを返し、メルエーナはジェノにも笑みを向ける。
「はい。お疲れ様です、バルネアさん」
しかし、ジェノはバルネアに返事を返しただけで、すぐにテーブルの拭き掃除を始めてしまう。
メルエーナは少し寂しくなる。
自分とジェノはお付き合いを、交際をしているはずだ。
周りから冷やかされることを危惧し、メルエーナの提案で、交際していることは秘密にすることにした。だから、ジェノはそっけないままなのだろう。
だが、バルネアにはあの温泉の後に、二人の雰囲気が変わったとバレてしまっているので、メルエーナとジェノが交際を始めたことは話してある。つまり、今、この<パニヨン>には、交際を知らない他人の目がないのだ。
であれば、もう少しだけ何かあっても良いのではと思ってしまうのは我儘すぎるのだろうか? とメルエーナは考えてしまう。
「もう、ジェノちゃん。メルちゃんが寂しそうな顔をしているわよ。もう他所様の目はないのだから、もう少し優しくしてあげたほうが良いわ」
メルエーナが思っていることを、バルネアが代弁してくれた。
すると、ジェノはテーブルを拭く手を止めてこちらを見てくる。
「メルエーナ。そういうものなのか? 周りに悟られないことを第一に考えるのであれば、思わぬところでボロが出ないようにしておくべきだと思うのだが……」
ジェノは真顔で尋ねてくる。
その表情から分かるように、彼には悪意はまったくない。ただ、自分がお願いした、交際を秘密にするということを実践してくれているだけなのだ。
ただ、それでも少しは、軽い甘いやり取りや健全なスキンシップは欲しいという気持ちを理解してくれない。察してくれないだけで……。
「ううっ……」
レセリア湖から帰ってきて二週間。
メルエーナは、仕事以外でジェノとの進展を感じられない現状が悲しくて仕方がない。
こんなことなら、秘密にしないでおいたほうが良かったのではと思ってしまうほどに。
「……すまん……」
ジェノは申し訳無さそうに言い、謝罪してくる。
全く悪気がないので、メルエーナはそれ以上何も言えない。
「もう。ジェノちゃんにも困ったものね。もうこうなったら、メルちゃんがこうして欲しいって直接伝えれば……。いえ、駄目ね。ジェノちゃんの場合は……」
「ううっ、そうなんです」
もしもリクエストすれば、ジェノは確かにその通りに接してくれるだろう。だが、それはメルエーナの理想を演じてくれるだけ。
長く同じ屋根の下で過ごしているからこそ分かるのだが、ジェノは自分というものを押し殺す傾向がある。だからこそ、メルエーナはジェノに演じてほしくない。自分の前では着飾らない素の状態でいて欲しいと願っているのだ。そうでなければ対等のお付き合いとはいえないのだから。
「ジェノさん、少しずつお互いのことを理解していきましょう」
メルエーナは笑顔でジェノに言うが、やはり寂しい気持ちは隠しきれない。
「……ああ」
その気持ちが伝わったのか、いつもの無表情ながら、ジェノの声は元気が無いように思える。
気まずい空気が流れる中、パンッと、バルネアが手を叩く音が聞こえた。
「さぁ、昼食にしましょう。今回は私の番だから、腕によりをかけて作るわ」
「あっ、バルネアさん……」
「大丈夫よ。今晩はパメラちゃん達と女子会ですものね。あっさりとしたものにするわね」
言わずとも全て理解してくれているバルネアに感謝をし、メルエーナはジェノに声をかける。
「ジェノさん、テーブル拭きを私も手伝います。終わらせてしまって、バルネアさんの美味しい賄いを一緒に食べましょう」
「……分かった」
しかし、やはりジェノの声はいつもより暗く聞こえてしまうメルエーナだった。
しかし、暑いということは別に悪いことばかりではない。暑い中だからこその楽しみというものもあるのだから。
「はい、お待たせ致しました。若鶏のスパイシー炒めと冷製パスタです」
メルエーナはお客様に、バルネアが作った料理を運び、笑顔で応対する。
「おお、来た来た!」
「うわぁ~、辛そうだけれど美味しそうね」
「何だよ。食欲ないからそんなの食べられないとか言っていたくせに」
「でも、実物を見ると美味しそうなんだもん。メルちゃん、取皿一枚追加で!」
自分よりも少し年上のカップルの微笑ましいやりとりに微笑み、メルエーナはすぐに取皿を運んでくる。
「メルエーナ。窓際の十番席のお客様がお帰りだ。お会計を頼む」
トレーを両手に持った状態のジェノが、声をかけてくる。彼の額にも自分と同じ様に大粒の汗が浮かんでいる。
「はい。ジェノさん、五番席に取皿を一枚お願いします!」
メルエーナとジェノは阿吽の呼吸で、仕事をこなしていく。
あのレセリア湖での温泉での一件をきっかけに、メルエーナはジェノとの心の距離が確かに近づいた気がする。だからこそ、仕事も順調なのだ。
しかし、こういったときこそ気持ちを引き締めないと思わぬミスを誘発するので、メルエーナは気を引き締める。
それから、開店と同時に怒涛のように続いた忙しい時間が終わり、店の入り口に、『本日の営業は終了致しました』の看板をかけて安堵のため息をつくと、
「ご苦労さま。メルちゃん、ジェノちゃん」
厨房から出てきたバルネアのねぎらいの言葉に微笑みを返し、メルエーナはジェノにも笑みを向ける。
「はい。お疲れ様です、バルネアさん」
しかし、ジェノはバルネアに返事を返しただけで、すぐにテーブルの拭き掃除を始めてしまう。
メルエーナは少し寂しくなる。
自分とジェノはお付き合いを、交際をしているはずだ。
周りから冷やかされることを危惧し、メルエーナの提案で、交際していることは秘密にすることにした。だから、ジェノはそっけないままなのだろう。
だが、バルネアにはあの温泉の後に、二人の雰囲気が変わったとバレてしまっているので、メルエーナとジェノが交際を始めたことは話してある。つまり、今、この<パニヨン>には、交際を知らない他人の目がないのだ。
であれば、もう少しだけ何かあっても良いのではと思ってしまうのは我儘すぎるのだろうか? とメルエーナは考えてしまう。
「もう、ジェノちゃん。メルちゃんが寂しそうな顔をしているわよ。もう他所様の目はないのだから、もう少し優しくしてあげたほうが良いわ」
メルエーナが思っていることを、バルネアが代弁してくれた。
すると、ジェノはテーブルを拭く手を止めてこちらを見てくる。
「メルエーナ。そういうものなのか? 周りに悟られないことを第一に考えるのであれば、思わぬところでボロが出ないようにしておくべきだと思うのだが……」
ジェノは真顔で尋ねてくる。
その表情から分かるように、彼には悪意はまったくない。ただ、自分がお願いした、交際を秘密にするということを実践してくれているだけなのだ。
ただ、それでも少しは、軽い甘いやり取りや健全なスキンシップは欲しいという気持ちを理解してくれない。察してくれないだけで……。
「ううっ……」
レセリア湖から帰ってきて二週間。
メルエーナは、仕事以外でジェノとの進展を感じられない現状が悲しくて仕方がない。
こんなことなら、秘密にしないでおいたほうが良かったのではと思ってしまうほどに。
「……すまん……」
ジェノは申し訳無さそうに言い、謝罪してくる。
全く悪気がないので、メルエーナはそれ以上何も言えない。
「もう。ジェノちゃんにも困ったものね。もうこうなったら、メルちゃんがこうして欲しいって直接伝えれば……。いえ、駄目ね。ジェノちゃんの場合は……」
「ううっ、そうなんです」
もしもリクエストすれば、ジェノは確かにその通りに接してくれるだろう。だが、それはメルエーナの理想を演じてくれるだけ。
長く同じ屋根の下で過ごしているからこそ分かるのだが、ジェノは自分というものを押し殺す傾向がある。だからこそ、メルエーナはジェノに演じてほしくない。自分の前では着飾らない素の状態でいて欲しいと願っているのだ。そうでなければ対等のお付き合いとはいえないのだから。
「ジェノさん、少しずつお互いのことを理解していきましょう」
メルエーナは笑顔でジェノに言うが、やはり寂しい気持ちは隠しきれない。
「……ああ」
その気持ちが伝わったのか、いつもの無表情ながら、ジェノの声は元気が無いように思える。
気まずい空気が流れる中、パンッと、バルネアが手を叩く音が聞こえた。
「さぁ、昼食にしましょう。今回は私の番だから、腕によりをかけて作るわ」
「あっ、バルネアさん……」
「大丈夫よ。今晩はパメラちゃん達と女子会ですものね。あっさりとしたものにするわね」
言わずとも全て理解してくれているバルネアに感謝をし、メルエーナはジェノに声をかける。
「ジェノさん、テーブル拭きを私も手伝います。終わらせてしまって、バルネアさんの美味しい賄いを一緒に食べましょう」
「……分かった」
しかし、やはりジェノの声はいつもより暗く聞こえてしまうメルエーナだった。
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