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特別編
特別編⑥ 『付き合い始めの二人』(中編)
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今回指定されたのは、<魅惑の香辛料>と呼ばれるお店だ。
当日の楽しみにと店のことを調べはしなかったが、パメラが選んでいるのだから、きっと肉料理が美味しいお店なのだろう。
昼食を軽いものにしてもらったので、夕食時になった今、メルエーナのお腹はペコペコだ。
「私はまだ行ったことがない店だから楽しみ!」
「私もです」
今回、メルエーナはリリィと一緒に会場まで歩いて向かっている。
治安の良いナイムの街の表通りの店とはいえ、夜にそこまで女性一人で行くのは何かと物騒なので、メルエーナ達は必ず二人で行動するようにしているのだ。
それからメルエーナ達は、談笑しながら目的の店についた。
だが……。
「うわぁ~。凄い大きい店! ……って、ここであっているよね?」
「あっ、あっているはずです。ですが、高そうなお店ですね……。お金は大丈夫でしょうか?」
店構えが立派なだけでなく、センスの良いガラス細工とレリーフが装飾されたドアが、いかにも高級店といった雰囲気を醸し出している。
けれど、既に会費はパメラに渡しているので、メルエーナもリリィも、今はあまり持ち合わせがない。
「とっ、とにかく、入ろうか? きっとパメラさんとイルリアはもう来ているだろうし」
「そっ、そうですね」
店の位置の関係で、パメラとイルリアの家の方が近い。二人共、待ち合わせ時間には早めに来るので、もう店の中にいるはずだ。
あまりキョロキョロしないようにと気をつけながら、メルエーナ達は外見だけでなく、中も豪奢ながらも品のある店に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ、お客様。本日はご予約席のみとなっておりますが、ご予約はお済みでしょうか?」
黒いタキシード姿の初老の男性が、穏やかな笑みを浮かべて尋ねてくる。
「はい。パメラという名前で予約しているはずです」
リリィが少し気圧されそうになりながらも答えると、タキシード姿の男性はニッコリ微笑み、「席にご案内いたします」と言って誘導してくれる。
メルエーナはリリィと一緒に後について行く。
店の中は、本当に洗練された美しさだった。
白い大理石の壁と廊下に惹かれた赤い絨毯が、まるでお話に出てくるお城の中を歩いているような錯覚を覚える。きっと、こういった非日常を体験できることが売りなのだろう。
ただ、広い店内だとはいえ、ずいぶん歩くのが意外だった。歩いている途中でいくつもの席を通り過ぎていったが、自分達の席はまだ奥のようだ。
「ずいぶん奥の席みたいね」
リリィも同じことを思ったようで、メルエーナに小声で話しかけてくる。
「そうですね。他の席は等間隔に並んで配置されているようでしたが、パメラさんが予約してくれた席は違うのでしょうか?」
「う~ん、どうなんだろう? ただ、パメラさんが凄く意味ありげに笑っていたから、期待して良いかもね」
そんなことを話していると、タキシードの男性が優しい声で、
「淑女のお二人にご足労をさせてしまい申し訳ございません。ですが、もう少しですので、今しばらくご辛抱くださいませ」
そう言ってくれる。
本当に耳に心地よく、嫌味がない声だった。
メルエーナとリリィは期待と不安が半々な状態で、タキシードの男性に付いていく。そして、店の一番奥と思われる場所に案内された。
そこには、白い両開きのドアがあり、男性がノックをし、「失礼致します。お連れの方がお見えになられました」と部屋の中の誰かに声をかける。
「おっ、来た来た!」
ドアの向こうから聞き慣れた声が聞こえたことで、メルエーナ達は安堵する。だがそんな余韻に浸る暇もなく、ドアが内から開かれて、声の主であるパメラが現れた。
「それでは、ごゆっくりお楽しみくださいませ」
タキシードの男性は優しく微笑むと、優雅に一礼をして去っていく。
話しかけて来たりもしてくれたが、決してしつこくない。その初老の男性の距離感の巧みさに、メルエーナは自らも見習わねばと思う。
「ほらほら、早く入りなよ、メルもリリィも。お姉さん、もう待ちきれないよ!」
メルエーナの腕を取り、パメラは少し強引に彼女を部屋に引き入れ、奥の席に座らせる。すると対面にイルリアが我関せずといった感じで静かに座っていたので、メルエーナは挨拶をする。
「ええ、こんばんは。待ち合わせの時間よりも早くに貴女達が来てくれてよかったわ。後五分過ぎていたら、パメラさんの忍耐力が持たなかったものの」
そう言われ、メルエーナは部屋の中を確認する。
四人用のデザインの素敵な椅子とテーブルが並んでいるだけだが、広すぎも狭過ぎもしない部屋の広さとの対比でそれがちょうどよく感じる。そして、メルエーナとイルリアがドアから遠い席――いわゆる上座で、メルエーナの下座がリリィ、イルリアのそれがパメラという配置だ。
だが、そんなことよりも目を引くものがメルエーナの横に広がっていた。
きっと魔法による特殊加工をされているであろうそれは、大きな肉の塊が焼かれた煙に炙られているであろうに決して曇ることはない。
「こらこら、イルリア。お姉さんはこう見えても女神リーシス様に仕える神官さんだよ。いついかなる時でも冷静かつ公正で、自分を律せるんだよ」
「さっき、肉の味見してみるかどうか聞かれて、本気で泣きそうになりながら、紙一重でその誘惑をなんとか断ち切れた人が言っても説得力がありませんよ」
イルリアの冷たい一言に、パメラは「うっ!」と口を閉ざす。
「なんだよ、なんだよぉ~。ちゃんと皆が来るまで我慢したんだから良いじゃあないか」
「とにかく、二人にも今日の趣向を説明するのが先じゃあないですか?」
「ううっ、たしかにそうだね。よし、お姉さんが説明してあげちゃうぞ!」
パメラはすぐに元気を取り戻し、メルエーナとリリィに説明を開始してくれようとしたが、そこでこの部屋の奥のドアが開いた。
「ほらっ、説明は後々。せっかくちょうどいい具合に火が入ったから、まずは食べてみて」
そう言って奥の部屋から出てきたのは、白いコックコート姿の三十代半ばくらいの女性だった。そして、メルエーナはその女性を知っていた。
「あっ、こんばんは、リーカさん。ご無沙汰しています」
「ふふっ、こんばんは、メル。でも、そんな硬い話は後々。最初のお肉がちょうどよく焼けたから、早速味わってみて」
リーカは串に刺された大きな肉を運んで来て、それをテーブルに置かれていた四人分の皿に、ナイフで薄く切り分けてくれる。
それは牛肉のようで、中心部分がほんのりピンク色の絶妙の焼き加減だった。
「メル。今日は私が専属で、皆が食べるお肉を焼くわ。普段はあまり口にすることがない希少部位ばかり用意したから、楽しみにしていてね」
「あっ、はい。ありがとうございます。ですが……」
「ほらほら、まずは食べた食べた」
リーカがバルネアの友人で、頻繁に家を訪ねてきていたので、メルエーナもすっかり仲良くなり、買い物の情報などで盛り上がり、交友をしていた。その中で、彼女も料理人であることは知っていたが、このお店、<魅惑の香辛料>で働いているのは知らなかった。
「メル! お祈りをしましょう!」
きりっとした顔で、パメラが食事前の祈りをするように促してくる。もっとも、口の端から唾液が漏れそうになっているので、いまいち格好良くなかったが。
だが、たしかにイルリアもリリィも皿の上の肉に釘付けになっているので、すぐに祈りの姿勢を取る。
こうして、飲み物が運ばれてくる前に食事が始まってしまった。だが……。
「うっ、うううっ! 美味しい! 美味しすぎる! ああっ、リーシス様に感謝を!」
「ぱっ、パメラさん、その、気持ちは分かりますが、端ないですよ」
全身で美味しさを表すパメラと、そんな彼女を窘めながらも美味に舌鼓を打つリリィ。イルリアは冷静に肉を切り分けて口に運び、「これは赤ワインね」とこれから頼むお酒を考えているようだった。
「……すごい。焼き加減が最高です」
他の皆に遅れてしまったメルエーナも肉を口に運んだのだが、柔らかく温かな肉の感触の後に、濃密な旨味の肉汁が溢れ出てくる。
「ふふっ。どうやら口にあったようね。すぐに飲み物も運んでくるから、次の肉も楽しみにしていてよ」
リーカは得意げに言い、串を手に奥の部屋――間違いなく厨房だろう――に戻っていった。
「パメラさん、素晴らしく美味しい料理でしたが、その、大丈夫なんですか? こんな高そうなお店で個室を貸し切りにするなんて……」
「ああ、大丈夫よ。雰囲気に圧倒されるけれど、このお店は結構リーズナブルだから。それに、今日は特別な日だってリーカさんに説明したら、『是非個室を貸し切りなさい。差額は私が持ってあげるから』と言ってくださったのよ」
パメラはそう言うと、残った肉を口に運び、幸せそうに微笑む。
「えっと、『特別な日』ですか?」
しかし、メルエーナには話がまだ見えてこない。
いつも大衆食堂で行っていた女子会が、今回だけこんな大掛かりなものになる理由がわからない。
「すぐに分かるから、冷める前に食べなさい。貴女だけよ、料理が残っているのは」
イルリアに指摘され、メルエーナはとりあえず食事を楽しむことにする。
そして、絶品の肉を楽しんだメルエーナが、再びパメラに尋ねようとしたタイミングで、再び奥の扉が開き、タキシード姿の若い女性が現れ、お酒を運んできた。
「私は赤ワイン。あまり重くないものが良いわ」
「かしこまりました」
仕事の関係でこういったお店でも食べ慣れているであろうイルリアが、いの一番にお酒を頼む。
「あっ、その、私はよくわからないので、酒精が強くなくて、お肉に合うお酒をお願いしたいのですが」
リリィが申し訳無く言うが、タキシードの女性はニッコリ微笑み、
「はい。それでは、こちらのお酒はいかがでしょうか? こちらは……」
リリィにわかり易く丁寧にお酒を説明して勧めてくれる。
良いお店だなぁとメルエーナは思い、リリィが決めたお酒をメルエーナも注文した。パメラはイルリアと同じ赤ワインのようだ。
「ああっ、夢だったシュラスコ式のバーベキューを貸し切りで楽しめるなんて最高ね!」
「もう、パメラさん。今日の主役はパメラさんではないんですから、少しは自重してください!」
「いいじゃあないの。美味しいんだから」
パメラ、リリィ、イルリアの三者三様の反応を見ながら、やはりメルエーナは困惑する。
リリィが言っている事柄が、引っかかって仕方がない。
「さて、飲み物も来たから、乾杯しましょう!」
「そうですね!」
「はいはい。ほら、メル。あんたも」
「あっ、はい」
疑問はなくならないが、三人に促されてしまい、メルエーナは乾杯の姿勢を取ってしまう。
するとパメラが音頭を取った。
「それでは、我ら女子会の……ではなく、今回はメルが見事ジェノ君とお付き合いを開始したことを祝して、乾杯!」
「かんぱ~い」
「乾杯」
思わず同じ様に『乾杯』と口にしようとしてしまったが、メルエーナはなんとか気づくことができた。
「なっ、なんで、皆さんがそのことを!」
メルエーナが顔を真っ赤にして尋ねたが、他の三人は何事もなかったように飲み物を口にするのだった。
当日の楽しみにと店のことを調べはしなかったが、パメラが選んでいるのだから、きっと肉料理が美味しいお店なのだろう。
昼食を軽いものにしてもらったので、夕食時になった今、メルエーナのお腹はペコペコだ。
「私はまだ行ったことがない店だから楽しみ!」
「私もです」
今回、メルエーナはリリィと一緒に会場まで歩いて向かっている。
治安の良いナイムの街の表通りの店とはいえ、夜にそこまで女性一人で行くのは何かと物騒なので、メルエーナ達は必ず二人で行動するようにしているのだ。
それからメルエーナ達は、談笑しながら目的の店についた。
だが……。
「うわぁ~。凄い大きい店! ……って、ここであっているよね?」
「あっ、あっているはずです。ですが、高そうなお店ですね……。お金は大丈夫でしょうか?」
店構えが立派なだけでなく、センスの良いガラス細工とレリーフが装飾されたドアが、いかにも高級店といった雰囲気を醸し出している。
けれど、既に会費はパメラに渡しているので、メルエーナもリリィも、今はあまり持ち合わせがない。
「とっ、とにかく、入ろうか? きっとパメラさんとイルリアはもう来ているだろうし」
「そっ、そうですね」
店の位置の関係で、パメラとイルリアの家の方が近い。二人共、待ち合わせ時間には早めに来るので、もう店の中にいるはずだ。
あまりキョロキョロしないようにと気をつけながら、メルエーナ達は外見だけでなく、中も豪奢ながらも品のある店に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ、お客様。本日はご予約席のみとなっておりますが、ご予約はお済みでしょうか?」
黒いタキシード姿の初老の男性が、穏やかな笑みを浮かべて尋ねてくる。
「はい。パメラという名前で予約しているはずです」
リリィが少し気圧されそうになりながらも答えると、タキシード姿の男性はニッコリ微笑み、「席にご案内いたします」と言って誘導してくれる。
メルエーナはリリィと一緒に後について行く。
店の中は、本当に洗練された美しさだった。
白い大理石の壁と廊下に惹かれた赤い絨毯が、まるでお話に出てくるお城の中を歩いているような錯覚を覚える。きっと、こういった非日常を体験できることが売りなのだろう。
ただ、広い店内だとはいえ、ずいぶん歩くのが意外だった。歩いている途中でいくつもの席を通り過ぎていったが、自分達の席はまだ奥のようだ。
「ずいぶん奥の席みたいね」
リリィも同じことを思ったようで、メルエーナに小声で話しかけてくる。
「そうですね。他の席は等間隔に並んで配置されているようでしたが、パメラさんが予約してくれた席は違うのでしょうか?」
「う~ん、どうなんだろう? ただ、パメラさんが凄く意味ありげに笑っていたから、期待して良いかもね」
そんなことを話していると、タキシードの男性が優しい声で、
「淑女のお二人にご足労をさせてしまい申し訳ございません。ですが、もう少しですので、今しばらくご辛抱くださいませ」
そう言ってくれる。
本当に耳に心地よく、嫌味がない声だった。
メルエーナとリリィは期待と不安が半々な状態で、タキシードの男性に付いていく。そして、店の一番奥と思われる場所に案内された。
そこには、白い両開きのドアがあり、男性がノックをし、「失礼致します。お連れの方がお見えになられました」と部屋の中の誰かに声をかける。
「おっ、来た来た!」
ドアの向こうから聞き慣れた声が聞こえたことで、メルエーナ達は安堵する。だがそんな余韻に浸る暇もなく、ドアが内から開かれて、声の主であるパメラが現れた。
「それでは、ごゆっくりお楽しみくださいませ」
タキシードの男性は優しく微笑むと、優雅に一礼をして去っていく。
話しかけて来たりもしてくれたが、決してしつこくない。その初老の男性の距離感の巧みさに、メルエーナは自らも見習わねばと思う。
「ほらほら、早く入りなよ、メルもリリィも。お姉さん、もう待ちきれないよ!」
メルエーナの腕を取り、パメラは少し強引に彼女を部屋に引き入れ、奥の席に座らせる。すると対面にイルリアが我関せずといった感じで静かに座っていたので、メルエーナは挨拶をする。
「ええ、こんばんは。待ち合わせの時間よりも早くに貴女達が来てくれてよかったわ。後五分過ぎていたら、パメラさんの忍耐力が持たなかったものの」
そう言われ、メルエーナは部屋の中を確認する。
四人用のデザインの素敵な椅子とテーブルが並んでいるだけだが、広すぎも狭過ぎもしない部屋の広さとの対比でそれがちょうどよく感じる。そして、メルエーナとイルリアがドアから遠い席――いわゆる上座で、メルエーナの下座がリリィ、イルリアのそれがパメラという配置だ。
だが、そんなことよりも目を引くものがメルエーナの横に広がっていた。
きっと魔法による特殊加工をされているであろうそれは、大きな肉の塊が焼かれた煙に炙られているであろうに決して曇ることはない。
「こらこら、イルリア。お姉さんはこう見えても女神リーシス様に仕える神官さんだよ。いついかなる時でも冷静かつ公正で、自分を律せるんだよ」
「さっき、肉の味見してみるかどうか聞かれて、本気で泣きそうになりながら、紙一重でその誘惑をなんとか断ち切れた人が言っても説得力がありませんよ」
イルリアの冷たい一言に、パメラは「うっ!」と口を閉ざす。
「なんだよ、なんだよぉ~。ちゃんと皆が来るまで我慢したんだから良いじゃあないか」
「とにかく、二人にも今日の趣向を説明するのが先じゃあないですか?」
「ううっ、たしかにそうだね。よし、お姉さんが説明してあげちゃうぞ!」
パメラはすぐに元気を取り戻し、メルエーナとリリィに説明を開始してくれようとしたが、そこでこの部屋の奥のドアが開いた。
「ほらっ、説明は後々。せっかくちょうどいい具合に火が入ったから、まずは食べてみて」
そう言って奥の部屋から出てきたのは、白いコックコート姿の三十代半ばくらいの女性だった。そして、メルエーナはその女性を知っていた。
「あっ、こんばんは、リーカさん。ご無沙汰しています」
「ふふっ、こんばんは、メル。でも、そんな硬い話は後々。最初のお肉がちょうどよく焼けたから、早速味わってみて」
リーカは串に刺された大きな肉を運んで来て、それをテーブルに置かれていた四人分の皿に、ナイフで薄く切り分けてくれる。
それは牛肉のようで、中心部分がほんのりピンク色の絶妙の焼き加減だった。
「メル。今日は私が専属で、皆が食べるお肉を焼くわ。普段はあまり口にすることがない希少部位ばかり用意したから、楽しみにしていてね」
「あっ、はい。ありがとうございます。ですが……」
「ほらほら、まずは食べた食べた」
リーカがバルネアの友人で、頻繁に家を訪ねてきていたので、メルエーナもすっかり仲良くなり、買い物の情報などで盛り上がり、交友をしていた。その中で、彼女も料理人であることは知っていたが、このお店、<魅惑の香辛料>で働いているのは知らなかった。
「メル! お祈りをしましょう!」
きりっとした顔で、パメラが食事前の祈りをするように促してくる。もっとも、口の端から唾液が漏れそうになっているので、いまいち格好良くなかったが。
だが、たしかにイルリアもリリィも皿の上の肉に釘付けになっているので、すぐに祈りの姿勢を取る。
こうして、飲み物が運ばれてくる前に食事が始まってしまった。だが……。
「うっ、うううっ! 美味しい! 美味しすぎる! ああっ、リーシス様に感謝を!」
「ぱっ、パメラさん、その、気持ちは分かりますが、端ないですよ」
全身で美味しさを表すパメラと、そんな彼女を窘めながらも美味に舌鼓を打つリリィ。イルリアは冷静に肉を切り分けて口に運び、「これは赤ワインね」とこれから頼むお酒を考えているようだった。
「……すごい。焼き加減が最高です」
他の皆に遅れてしまったメルエーナも肉を口に運んだのだが、柔らかく温かな肉の感触の後に、濃密な旨味の肉汁が溢れ出てくる。
「ふふっ。どうやら口にあったようね。すぐに飲み物も運んでくるから、次の肉も楽しみにしていてよ」
リーカは得意げに言い、串を手に奥の部屋――間違いなく厨房だろう――に戻っていった。
「パメラさん、素晴らしく美味しい料理でしたが、その、大丈夫なんですか? こんな高そうなお店で個室を貸し切りにするなんて……」
「ああ、大丈夫よ。雰囲気に圧倒されるけれど、このお店は結構リーズナブルだから。それに、今日は特別な日だってリーカさんに説明したら、『是非個室を貸し切りなさい。差額は私が持ってあげるから』と言ってくださったのよ」
パメラはそう言うと、残った肉を口に運び、幸せそうに微笑む。
「えっと、『特別な日』ですか?」
しかし、メルエーナには話がまだ見えてこない。
いつも大衆食堂で行っていた女子会が、今回だけこんな大掛かりなものになる理由がわからない。
「すぐに分かるから、冷める前に食べなさい。貴女だけよ、料理が残っているのは」
イルリアに指摘され、メルエーナはとりあえず食事を楽しむことにする。
そして、絶品の肉を楽しんだメルエーナが、再びパメラに尋ねようとしたタイミングで、再び奥の扉が開き、タキシード姿の若い女性が現れ、お酒を運んできた。
「私は赤ワイン。あまり重くないものが良いわ」
「かしこまりました」
仕事の関係でこういったお店でも食べ慣れているであろうイルリアが、いの一番にお酒を頼む。
「あっ、その、私はよくわからないので、酒精が強くなくて、お肉に合うお酒をお願いしたいのですが」
リリィが申し訳無く言うが、タキシードの女性はニッコリ微笑み、
「はい。それでは、こちらのお酒はいかがでしょうか? こちらは……」
リリィにわかり易く丁寧にお酒を説明して勧めてくれる。
良いお店だなぁとメルエーナは思い、リリィが決めたお酒をメルエーナも注文した。パメラはイルリアと同じ赤ワインのようだ。
「ああっ、夢だったシュラスコ式のバーベキューを貸し切りで楽しめるなんて最高ね!」
「もう、パメラさん。今日の主役はパメラさんではないんですから、少しは自重してください!」
「いいじゃあないの。美味しいんだから」
パメラ、リリィ、イルリアの三者三様の反応を見ながら、やはりメルエーナは困惑する。
リリィが言っている事柄が、引っかかって仕方がない。
「さて、飲み物も来たから、乾杯しましょう!」
「そうですね!」
「はいはい。ほら、メル。あんたも」
「あっ、はい」
疑問はなくならないが、三人に促されてしまい、メルエーナは乾杯の姿勢を取ってしまう。
するとパメラが音頭を取った。
「それでは、我ら女子会の……ではなく、今回はメルが見事ジェノ君とお付き合いを開始したことを祝して、乾杯!」
「かんぱ~い」
「乾杯」
思わず同じ様に『乾杯』と口にしようとしてしまったが、メルエーナはなんとか気づくことができた。
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