ときにはシリーズ

トド

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ときには、気心知れた親友と

① 『思いがけない訪問者』

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 その人が、このエルマイラム王国の国王様から、『我が国の誉れである』と讃えられた凄腕の料理人であることは、子供でも知っている。
 だが、あまりにもその話が有名すぎて、実際の人物像と噂に大きな差が生じている気がしてしまう。

 金色の髪を後ろで編んで纏めた二十代半ばくらいに見える女性が、テーブルに体を預けて、「ううっ、困ったわねぇ」と、さして困ってなさそうな口調で呟いている。

 その姿を横目で見て、この女性が、多くの料理人たちが憧れる凄腕の料理人だと初見で見抜ける人はいないだろうと、同じテーブルの席に座るメルエーナは思う。

「バルネアさん。そんなに困っているのでしたら、よければ私にも話を聞かせてください」
 メルエーナは見かねて、バルネアに声をかけた。

「ううっ、ありがとう、メルちゃん」
 バルネアは目に涙を溜めながら、横に座るメルエーナの手をしっかりと握る。

 とても失礼な話だが、そのバルネアの表情がすごく可愛いとメルエーナは思ってしまった。
 本当に、この人が、母とさほど年が変わらないというのが信じられない。

「その、議員さん達からね……」
 バルネアは、ゆっくりとメルエーナに事情を話してくれた。
 けれどそれは、思った以上に厄介な問題だった。




『ときには、気心知れた親友と』



 エルマイラム王国の首都ナイム。
 その本通りを少し外れたところに、その大衆向けの料理店はある。

 店の名前は『パニヨン』という。
 その響きが独特だが、何語で、どのような意味があるのかはメルエーナも知らない。
 けれど、この名前は、世界でも屈指の料理人の店名として知れ渡っている。

「もっと、もっと、バルネアさんからいろいろと学ばないと」
 料理修行をして来なさい、と母に言われ、メルエーナがこの街にやって来て、もう一年が過ぎていた。
 あと数ヶ月して、誕生日を迎えると、メルエーナも十八歳。
 そうなれば、この国の法律上、大人の仲間入りをすることになる。
 
 けれど、この一年以上の間、自分の未熟さを嫌というほど思い知り、こんなことで、自分が成人して良いものなのかと不安を覚える。

 今日は店の定休日ということもあり、メルエーナは付きっきりで、午後からもバルネアから料理の指導を受けていた。
 先日、この国の議員さん達から無理難題を頼まれて、まだその解決方法が見つかっていないというのに、バルネアはこうして自分に付き合ってくれる。

 本当に、良くしてもらうだけで心苦しい。

 件の無理難題も、結局メルエーナにできたのは、ただ話を聞くことだけだった。
 普段お世話になっているのだから、こんなときこそ力になりたいのだが、自分程度では他にできることがないのが現状だった。

 同居人であり、メルエーナが憎からず思っている同い年のジェノはいつも多忙なので、バルネアは彼に相談はせずに、自分にだけ話してくれた。
 けれど、何もできない。それが、悔しくて仕方がない。

「そうそう。素材の味を生かした料理というものは、極力手を加えない料理にすることもあるけれど、その素材が持つ美味しさを引き出すためにしっかり手を加えることもあるの。
 この焼き方、工程は、他の料理でも多用するから、しっかりと自分のものにしておかないと駄目よ」
「はい!」

 先生の指導を受けながら、メルエーナは着実に料理の腕を上げている。けれど、少し腕が上がるたびに気付かされるのだ。
 バルネアという料理人の偉大さに。どれほど彼女の背中が遠いのかが嫌というほど分かってしまうのだ。

 けれど、メルエーナは諦めない。
 尊敬する母やバルネアのような料理人になると決めている。その心に迷いはない。
 何年かかろうと、必ず追いついてみせる。

「うん。いい感じね」
「ありがとうございます」
 メルエーナが感謝の言葉を口にすると、バルネアは嬉しそうに微笑み、彼女の頭を撫でてくれた。

「メルちゃんも、ジェノちゃんと同じで努力家だから助かるわ。私は教えるのが下手だから、苦労をさせてしまうのは申し訳ないけれど……」
「そんなことはありません! バルネアさんの指導はとてもわかり易くて、非常に勉強になります」

 謙遜から出る言葉だとしても、バルネアが教え下手などと思いたくないメルエーナは、そう否定の言葉を口にする。
 むしろ、ジェノとは違い、飲み込みが悪い不肖の生徒でこちらが申し訳ないと思っているくらいなのだから。

「そう? ふふふっ。そう思ってくれているのなら嬉しいわね」
 バルネアは本当に嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 その笑顔は、とても人を引きつけるものだとメルエーナは感じる。
 どうしたらこんな風に笑えるのか、知りたいと思ってしまうほどに

 二人で笑い合っていたメルエーナ達だったが、そこで不意にノックの音が聞こえた。

 正面の店の入口ではない。裏の勝手口の方からだ。
 
 ジェノが稽古から帰ってくるにしてはまだ早すぎる。新聞代の集金も、一昨日に来たばかりだ。
 いったい、誰だろう?

「はい。どちら様ですか?」
 バルネアが誰何の声をかけるが、反応はない。ただ、ノックが再開されるだけだ。

「バルネアさん、私が出ますね」
「いいえ、私が出るわ。何かと最近は物騒だから、メルちゃんは私の後ろにいて頂戴」

 バルネアはそう言うと、エプロンを外して勝手口に足を運ぼうとするので、メルエーナもそれに倣う。
 役に立つかはまるで分からないが、自分の練習用のフライパンを護身用に手に持って。

 バルネアは、後ろに立つメルエーナに目で合図をする。
 それに頷くと、バルネアは鍵を開けて、ドアを少しだけ開けた。メルエーナも後ろから訪問者の姿を確認する。

 するとそこには、紫色の髪の、三十代半ばくらいの貫禄のある女性が立っていた。
 いや、立ってはいたのだが……。

「ふっ。久しぶりね、バルネア。料理勝負に来てあげた……わあぁぁぁぁぁぁっ!」
 訪問者の姿を確認した途端、バルネアは勢いよくドアを全開にし、紫髪の女性に飛びかかるように抱きついた。
 その勢いで、その女性はバランスを失って、後方に倒れてしまう。

「ああっ、ああ……。ルーシア。会いたかったわ。もう、いつも貴女は私が困っていると駆けつけてくれるのね!」
「だぁ、とにかく離れなさいよ! 私は女に押し倒される趣味はないわよ!」

 感激のためだろう。
 ルーシアと呼ばれた女性を押し倒し、バルネアは頬ずりをしながら来訪を歓迎しているが、押し倒された本人は、心底嫌そうに顔を引き剥がそうとする。

「……あっ、あの、バルネアさん、こちらの方は?」
 以前にバルネアの昔話を聞いているので、彼女がバルネアにとってどのような人物なのかを多少は知っているが、こんなにフレンドリーな間柄とは思っていなかったメルエーナは、面を喰らってしまった。

「よくぞ聞いてくれたわ、メルちゃん。この人は、私の大親友のルーシアよ!」
「誰が大親友だ! 誰が! というか、いいから離れなさいよ!」
 バルネアとルーシアのあまりの反応の違いに、メルエーナはどう反応すれば良いのか分からず、愛想笑いをすることしかできなかった。
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