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ときには、気心知れた親友と
② 『二人の世界』
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今日の稽古を終えて帰宅したジェノは、出迎えてくれたメルエーナから、お昼過ぎから、お客様が来ていると告げられた。
バルネアは、大事なお客さんを迎えるときには、必ず自分達にも事前に予定を教えてくれる。それがなかったということは、急遽の来訪だったのだろう。
そして、夕食時まで引き止める相手となると、かなり特別な客人なのだと推測される。
「分かった。手を洗ったら挨拶をさせてもらう。だが、メルエーナ。もしも、バルネアさんが来客の対応で忙しいのならば、俺達は外で食事をした方がいいかもしれないな」
ジェノは何気なく提案したのだが、そこでメルエーナはとても驚いた顔をした。
「そっ、それって、私と二人で外食を……」
「ああ」
そう応えながら、ジェノはメルエーナと二人で食事出かけたことは殆どなかったことを思い出す。
「……あっ! いえ、その、それはとても嬉しいお誘いなのですが。いえ、本当に、普段なら喜んでお受けしたい話なんですが、今日だけはどうしても……」
メルエーナは心底残念そうに、ジェノの提案を断る。
料理の道を邁進するメルエーナと共に、たまには他所の店の味を体験するのもいいのではと考えたが、彼女はあれやこれやと手を広げる前に、しっかりとバルネアの味を学ぼうと考えているのだろう。
ジェノは彼女の気持ちをそう察した。
「大丈夫だ。無理強いをするつもりはない」
「いえ、無理強いだなんて思っていません! その、よければ、また誘って下さい。なんとしてでも予定を空けますから!」
気合の入った声で言うメルエーナの料理への向上心に感心し、ジェノは内心で自分も頑張らねばと気を引き締める。
「なら俺は、挨拶をしたらもう一度外に出かける。お前も友人と出かけるのならば、気をつけ……」
ジェノがそう言って手洗い場に行こうとしたところで、メルエーナに上着を掴まれた。
「駄目です。ジェノさんも一緒に残って下さい」
メルエーナは真剣な眼差しで、ジェノを逃すまいとしっかりと掴んでくる。
その行動に、ただ事ではない事態が起こっている事に気づき、ジェノは「分かった」と言って頷く。
「メルエーナ。お前ももう一度手を洗った方がいい。俺の上着に触れたこともあるが、少し落ち着いて、何があったかを話してくれ」
「はい。……良かったです。ジェノさんが帰ってきてくれて、本当に……」
メルエーナは心底安堵した表情で、目の端に涙さえ浮かべている。
「いったい、何があったんだ……」
ただ事ではないメルエーナの姿に、ジェノは戦慄を覚えそうになってしまうのだった。
◇
「なるほどね。これは確かに調理の幅が広がりそうね」
「でしょう? タルタルソースの方が今は主になってしまっているから、消えようとしていた調味料なんだけれど、味わってみると決して悪くないのよ」
「そうね。でも、これは揚げ物よりも……」
「なによ。私の考えに異を唱えるわけ? 絶対、これはもっとクセを出した方がいいわよ!」
「ふふふっ、ルーシア。口論するだけでは何も結果は出ないわよ」
「ほう。また張り合おうってわけね。いいわよ。受けて立つわ!」
「…………」
絶句した。
メルエーナから状況を聞いていたが、実際にその光景を目の当たりにして、ジェノも何も言葉を発することができなくなってしまった。
厨房に近いテーブルの上部が見えなくなるほどに、様々な料理が並んでいる。
どう考えても、ここにいる全員で食べても間違いなく残りそうな分量だ。
それなのに、コックコートを纏った二人の女性は、バルネアと紫髪のルーシアという名前らしい料理人は、まだこれ以上料理を作ろうとしているのだ。
「でも、流石に少しだけ作り過ぎかしらね?」
ルーシアがまともな意見を口にしてくれて、ジェノは安堵した。
だが……。
「大丈夫よ。もうすぐジェノちゃんも帰ってくるから。ジェノちゃんは育ち盛りの男の子だから、このくらい食べられるはずよ」
そう続いたバルネアの言葉に、ジェノは目眩を覚えてしまう。
「ジェノさん、お願いします。バルネアさん達は、もう完全に二人だけの世界に入ってしまっていて、私の声は届かないんです……」
自分の背中に隠れるメルエーナの声に、ジェノは小さく嘆息する。
メルエーナの話によると、バルネアと彼女の長年の友人であるらしいルーシアは、当初は昔話に花を咲かせていた。
だが、バルネアが歓迎の料理を作ると言って調理に取り掛かった途端、ルーシアもわざわざ持参してきたコックコートに着替え、「私も一品作るわ」と言い出したのらしい。
そして、最初は二人でお互いの料理を味見しあっていたらしいのだが、どちらの方が美味しいかという競争にいつの間にかなってしまった。
運悪く、その場にいたメルエーナは、バルネアとルーシアの料理を味見して、どちらがいいと思うかを判断する役を押し付けられてしまった。
メルエーナ曰く。
『どちらの料理も自分のそれとはレベルが違いすぎて、どちらの方が良いのかなどと恐れ多くて言えませんでした』とのこと。
バルネアは、「それじゃあ、引き分けでいいわね?」と言ってくれたらしいのだが、ルーシアは納得せずに、「それじゃあ、食材か調味料を共通にして、どちらが美味しいかをもう一度判断してもらいましょう!」と食い下がったのだ。
だが、何度も別の題材で料理を作っても、やはり二人の腕が凄すぎて、メルエーナには優劣をつけるようなことはできなかった。
そしてそれから、メルエーナは何度も料理を味見することになり、それだけでお腹が一杯になってしまったらしい。
メルエーナがそのことを告げると、たくさんの料理を作ることでテンションが上ってしまったバルネアが、「それじゃあ、ジェノちゃんが帰ってきたら判断してもらいましょう」と提案した。
それにルーシアが乗り、せっかくなら、もっと料理を作って置きましょうと、際限なく料理を作り続けていたというのが、この惨状を生み出したようだ。
「……ジェノさん……」
もう一度、メルエーナの声に背中を押された。
そして、ジェノは覚悟を決めて、更に料理を作ろうとする二人を止めるべく、声をかけるのだった。
バルネアは、大事なお客さんを迎えるときには、必ず自分達にも事前に予定を教えてくれる。それがなかったということは、急遽の来訪だったのだろう。
そして、夕食時まで引き止める相手となると、かなり特別な客人なのだと推測される。
「分かった。手を洗ったら挨拶をさせてもらう。だが、メルエーナ。もしも、バルネアさんが来客の対応で忙しいのならば、俺達は外で食事をした方がいいかもしれないな」
ジェノは何気なく提案したのだが、そこでメルエーナはとても驚いた顔をした。
「そっ、それって、私と二人で外食を……」
「ああ」
そう応えながら、ジェノはメルエーナと二人で食事出かけたことは殆どなかったことを思い出す。
「……あっ! いえ、その、それはとても嬉しいお誘いなのですが。いえ、本当に、普段なら喜んでお受けしたい話なんですが、今日だけはどうしても……」
メルエーナは心底残念そうに、ジェノの提案を断る。
料理の道を邁進するメルエーナと共に、たまには他所の店の味を体験するのもいいのではと考えたが、彼女はあれやこれやと手を広げる前に、しっかりとバルネアの味を学ぼうと考えているのだろう。
ジェノは彼女の気持ちをそう察した。
「大丈夫だ。無理強いをするつもりはない」
「いえ、無理強いだなんて思っていません! その、よければ、また誘って下さい。なんとしてでも予定を空けますから!」
気合の入った声で言うメルエーナの料理への向上心に感心し、ジェノは内心で自分も頑張らねばと気を引き締める。
「なら俺は、挨拶をしたらもう一度外に出かける。お前も友人と出かけるのならば、気をつけ……」
ジェノがそう言って手洗い場に行こうとしたところで、メルエーナに上着を掴まれた。
「駄目です。ジェノさんも一緒に残って下さい」
メルエーナは真剣な眼差しで、ジェノを逃すまいとしっかりと掴んでくる。
その行動に、ただ事ではない事態が起こっている事に気づき、ジェノは「分かった」と言って頷く。
「メルエーナ。お前ももう一度手を洗った方がいい。俺の上着に触れたこともあるが、少し落ち着いて、何があったかを話してくれ」
「はい。……良かったです。ジェノさんが帰ってきてくれて、本当に……」
メルエーナは心底安堵した表情で、目の端に涙さえ浮かべている。
「いったい、何があったんだ……」
ただ事ではないメルエーナの姿に、ジェノは戦慄を覚えそうになってしまうのだった。
◇
「なるほどね。これは確かに調理の幅が広がりそうね」
「でしょう? タルタルソースの方が今は主になってしまっているから、消えようとしていた調味料なんだけれど、味わってみると決して悪くないのよ」
「そうね。でも、これは揚げ物よりも……」
「なによ。私の考えに異を唱えるわけ? 絶対、これはもっとクセを出した方がいいわよ!」
「ふふふっ、ルーシア。口論するだけでは何も結果は出ないわよ」
「ほう。また張り合おうってわけね。いいわよ。受けて立つわ!」
「…………」
絶句した。
メルエーナから状況を聞いていたが、実際にその光景を目の当たりにして、ジェノも何も言葉を発することができなくなってしまった。
厨房に近いテーブルの上部が見えなくなるほどに、様々な料理が並んでいる。
どう考えても、ここにいる全員で食べても間違いなく残りそうな分量だ。
それなのに、コックコートを纏った二人の女性は、バルネアと紫髪のルーシアという名前らしい料理人は、まだこれ以上料理を作ろうとしているのだ。
「でも、流石に少しだけ作り過ぎかしらね?」
ルーシアがまともな意見を口にしてくれて、ジェノは安堵した。
だが……。
「大丈夫よ。もうすぐジェノちゃんも帰ってくるから。ジェノちゃんは育ち盛りの男の子だから、このくらい食べられるはずよ」
そう続いたバルネアの言葉に、ジェノは目眩を覚えてしまう。
「ジェノさん、お願いします。バルネアさん達は、もう完全に二人だけの世界に入ってしまっていて、私の声は届かないんです……」
自分の背中に隠れるメルエーナの声に、ジェノは小さく嘆息する。
メルエーナの話によると、バルネアと彼女の長年の友人であるらしいルーシアは、当初は昔話に花を咲かせていた。
だが、バルネアが歓迎の料理を作ると言って調理に取り掛かった途端、ルーシアもわざわざ持参してきたコックコートに着替え、「私も一品作るわ」と言い出したのらしい。
そして、最初は二人でお互いの料理を味見しあっていたらしいのだが、どちらの方が美味しいかという競争にいつの間にかなってしまった。
運悪く、その場にいたメルエーナは、バルネアとルーシアの料理を味見して、どちらがいいと思うかを判断する役を押し付けられてしまった。
メルエーナ曰く。
『どちらの料理も自分のそれとはレベルが違いすぎて、どちらの方が良いのかなどと恐れ多くて言えませんでした』とのこと。
バルネアは、「それじゃあ、引き分けでいいわね?」と言ってくれたらしいのだが、ルーシアは納得せずに、「それじゃあ、食材か調味料を共通にして、どちらが美味しいかをもう一度判断してもらいましょう!」と食い下がったのだ。
だが、何度も別の題材で料理を作っても、やはり二人の腕が凄すぎて、メルエーナには優劣をつけるようなことはできなかった。
そしてそれから、メルエーナは何度も料理を味見することになり、それだけでお腹が一杯になってしまったらしい。
メルエーナがそのことを告げると、たくさんの料理を作ることでテンションが上ってしまったバルネアが、「それじゃあ、ジェノちゃんが帰ってきたら判断してもらいましょう」と提案した。
それにルーシアが乗り、せっかくなら、もっと料理を作って置きましょうと、際限なく料理を作り続けていたというのが、この惨状を生み出したようだ。
「……ジェノさん……」
もう一度、メルエーナの声に背中を押された。
そして、ジェノは覚悟を決めて、更に料理を作ろうとする二人を止めるべく、声をかけるのだった。
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