ときにはシリーズ

トド

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ときには、心休まる休息を

⑧ 『よければ一緒に』

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「……なんてことがあってね」

 それまで饒舌に話していたバルネアは、不意にそこで話を区切ってしまった。



「それで、バルネアさん。料理コンテストの結果はどうなったんですか? ルーシアさんとの勝負は? それになにより、ティルさんとは……」

 続きが気になり、バルネアに話を続けてくれるように促すメルエーナ。隣りでは同じような表情でリリィもバルネアに無言で訴える。



「ふふっ、気になるかしら? でも、大したことじゃないのよね。料理コンテストは、ティルのお陰で、それまでとは違ってリラックスして望むことができたわ。……でも、だめだったの。予選はまたトップで勝ち残って決勝までは進めたのだけど、結局、ルーシアが優勝してね。また準優勝だったわ」

「……そうなんですか……」

 落胆の色を隠せないリリィ。きっとバルネアが優勝したものだと思っていたのだろう。



 強い気持ちを持って、けれど適度な休息を挟んで物事に取り組めば、結果は出るのだと思いたかったのだろう。メルエーナ自身もそういう話の展開を予想していた。落胆する二人にかまわず、バルネアは話を続ける。



「それでね、結局『銀の旋律』に入ることはできなくて、今まで務めていたお店もやめなくちゃいけなくなってしまった私は、無理やりティルに頼み込んで、彼の家の料理屋さんで働かせてもらうことにしたのよ」



「「えっ?」」

 メルエーナとリリィの驚く声が重なりあった。



「いえね、家族に合わせる顔もなくて、どうしたものかと落ち込んでいたんだけど、ティルが自分のことのように心配してくれてね。そして、なにか力になれることはないかなって言うものだから、その言葉に甘えちゃったのよ。……私はその時にはもう、完全にティルと別れたくないって思っていたのよね。うん。若気の至りとはいえ、あそこまで自分が惚れっぽいとは思わなかったわ」

 バルネアは恥ずかしそうに頬を掻く。



「そっ、それじゃあ、バルネアさんは、ティルさんと……」

「ええ。そうよ。周りのみんなに囃し立てられたのもあるけど、ティルの故郷の島に着く前にお互いの気持ちを確認して、一緒になることにしたの。ふふっ、ティルも私に好意を持ってくれていたのは分かっていたしね」

 メルエーナにそう答え、バルネアは、ふぅ、と嘆息し苦笑する。



「今思い返しても親不孝な娘よね。ようやく入れた店をクビになったかと思ったら、突然結婚するなんて言い出したんだから」

「えっ、ええっと、その、なんと言えばいいのか分かりません……」

 メルエーナは正直に思ったままのことを口にする。あまりにも破天荒な昔のバルネアの行動に、頭がついていかない。



「あっ、これは悪い例よ。メルちゃんもリリィちゃんも私の真似はしちゃ駄目。たまたま私の知り合った人が悪い人じゃなかったからよかったものの、年頃の女の子がほいほいと他人についていったら危険だわ」

 バルネアはそう言うが、ことをなした張本人に言われても説得力は皆無だ。



「その、でも、羨ましいです。そんな風に自分のことを理解してくれる素敵な男の人に出会えるなんて。私にはそんな素敵な人どころか、友達もいないから……」

 過去のバルネアと自分を比較して落胆したのか、リリィは力なく呟く。



「リリィさん……」

 バルネアがどうしてリリィに自分の過去の話をしたのか分からない。これではかえってリリィを悲しませるだけではないだろうか。そうメルエーナは思ったが、それは早計だった。



「……素敵な男の人か……。でも、ティルはそんなに素敵な人じゃなかったのよ。結婚してから十年も経たないうちに、私一人を残して死んじゃったんだから」

「…………」

 メルエーナもリリィも言葉を発することができずに沈黙する。



 メルエーナがこの家にやってきてから半年の間、今日まで一度もティルという人物の名前を聞いたことがなかった。そのことから、きっと何かしらの別れがあったのだとメルエーナも思っていたが、それは死別だったのだ。



「もう、そんな顔しないで。昔の話なんだから」

 悲しげな顔を浮かべたまま言葉に詰まるメルエーナ達に、バルネアは苦笑して明るく声をかける。



「……船の事故だったの。他のみんなは助かったんだけど、ティルは一人だけ助からなかった。運がなかったのね。ちょうどこのお店を始める直前の事だったわ」

 バルネアは静かに瞳を閉じ、僅かの間沈黙してから言葉を続ける。



「辛かった、と言うよりは実感がなかったわ。遠い海の向こうで突然あの人が死んだって聞かされた時には。そして、あの人がもう帰ってこない、私と話をすることもできないと理解した時には生きる気力を失ってしまったわ。……後を追おうかな、なんて馬鹿なことを考えたこともあったわね。

 でも、少し時間がかかったけど、私は何とか立ち直ることができたの。それからもいろいろなことがあったわ。楽しいことも苦しいこともたくさん。でも、その度に一生懸命頑張って、疲れた時にはあの人の言葉を思い出して少し休んで、また頑張ったわ。……正直、大変だったわね」

 バルネアは静かに息をつき、リリィと視線を合わせる。



「でもね、リリィちゃん。今の私は幸せなのよ。小さいけど自分の店を持つことができて、そしてたくさんのお客様が私の料理を美味しいって言って食べてくれるんだもの。それに、メルちゃんたちみたいな可愛い子達と一緒に楽しい日々を過ごしているんだから」

 バルネアはリリィに笑顔を向け、優しく諭すように言葉を続ける。



「リリィちゃん。これからのリリィちゃんの人生が楽しいことばかりだなんていい加減なことは言わないわ。辛いことも苦しいこともあると思う。けれど、きっと楽しい事や嬉しい事だってたくさんあるはずよ。それなのに、こんなところで自分の人生を終わらせたりしたら勿体無いじゃないの」

「……勿体無い、ですか?」

 思いもかけない言葉だったのだろう。リリィは驚きながらオウム返しに尋ねる。



「ええ、そうよ。女の子は強くなくちゃね。それに、リリィちゃんは昔の私なんかよりもずっと強いわ。私は結果が出る前にそこから逃げ出そうとしてしまった。でも、リリィちゃんは違うでしょう?

 一生懸命努力をして、自分の力で試験を受けるところまでいけたんでしょう?」

「……私が……強い? ……そんなこと、そんなことはないです。私は弱くて、頭も良くないから試験に合格することもできなくて……。そして、皆さんに迷惑をかけてしまって……」

「弱い人はそこまで一途に物事に取り組めないはずよ。そして、今のリリィちゃんは疲れているだけよ。少し休めばまた元気を取り戻せるわ」

 泣き出しそうなリリィに、バルネアは満面の笑顔で断言する。



「でも、でも、私にはもうチャンスが……」

「そんなことはないわ。貴女の人生は始まったばかりよ。私だってこの年になっても、まだまだ諦めていないんだから。世界一の料理人になるって夢をね」

 片目をつぶって悪戯っぽい笑みを浮かべると、バルネアは静かに立ち上がった。



「さてと。それでは、未だに世界一の料理人には程遠いけれど、ずっとその夢に向かって頑張り続ける、私の修業の成果を見てもらおうかしらね。メルちゃん、スパイスの使い方はまた今度にさせてね。今日は全身全霊を込めて、全力で料理をしちゃうから」

「はい、分かりました」

 バルネアに料理を習っているとはいっても、まだまだその手伝いにもならないことをメルエーナは理解している。それに、普段から料理上手なバルネアの全力の料理というものが気になって仕方がない。



「リリィちゃん、苦手なものとかあるかしら?」

「あっ、いえ、特にはありません。でも、私なんかのために……」

「ふふふっ、そんなこと言わないで。今日は今まで頑張り続けたリリィちゃんのために、少しでも元気になれるような料理をフルコースで作るから楽しみにしていてね」

 そう言ってバルネアは部屋を出て行ったかと思うと、純白のコックコートに着替えて戻ってきた。



「見ていてね、リリィちゃん。私は『銀の旋律』で働くことはできなかったけれど、一生懸命に努力をしたらね、これくらいのことはできるようになったのよ」

 そう言うが早いか、バルネアは調理にとりかかった。



「…………」

 言葉を発することができずに、呆然とバルネアの動きを目で追うリリィ。

 たった一人でコース料理をつくり上げるということの意味を知らなくても、バルネアの動きが尋常なものではないことは素人目にも明らかだった。



「まるで、バルネアさんが何人もいるみたいですよね」

 メルエーナもバルネアの人間技とは思えない調理速度と技術に驚きながらも、呆然としたまま固まるリリィに言葉をかける。 



「すごいですよね。ずっと一生懸命に頑張ってきた人の力というのは」

 メルエーナの言葉に、リリィは静かに頷いた。



「これが、ずっと努力を続けてきた人の力……」

「ええっ、そうですね。でも、さっきバルネアさんが言っていたように、ときには休息も必要だと思いますよ。一生懸命に頑張って、時には休息をしてまた頑張る。口で言うのは簡単ですけど、すごく難しいことですよね。でも、その努力は決して無駄にならない。バルネアさんがその証拠ですよね」

 リリィから相槌の言葉はなかったが、メルエーナはリリィに語りかける。



「リリィさん。私もいつかはバルネアさんのような料理人になりたいと思っているんです。大それた夢ですけどね。でも、その夢に向かって毎日頑張っています。魔法の勉強がどれほど大変なものかは私には分かりません。でも、私もリリィさんもまだ夢の途中で、まだまだこれからなんじゃないでしょうか?」

「……私も、バルネアさんのようになれるのかな? 夢をあきらめないで頑張れば、私も……」

 誰にとなくリリィは呟き、瞳から涙を流す。けれど、その涙は悲しさからくるものではないことは明らかだった。



「リリィさん、道は違いますけど、良ければ一緒に頑張りませんか?」

「えっ?」

 驚いてこちらに顔を向けたリリィに、メルエーナは笑顔で言った。



「リリィさん、私とお友だちになって下さい」
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