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一途な王太子、独占欲が止まりません
しおりを挟む「……それでですね、殿下が屋台で“あーん”を——」
王宮の侍女部屋にて、アリシアは女官たちに囲まれながら、前回のデートの出来事をついぽろりと語ってしまっていた。
みんな目を丸くし、口を押さえ、歓声を上げる。
「殿下って、冷たいお方だと思ってましたけど……なんだかすごく、甘い方なんですね!」
「その“あーん”って、アリシア様からですか? 殿下からですか? どっちですか!?」
「えっ……あの、どっちも……?」
「「「きゃー!!!」」」
(や、やっぱり話すべきじゃなかったかも……)
頬を赤らめるアリシアの後方——
その扉の陰に、一人の男の影があった。
「……ふん」
王太子・レオンハルト殿下。
なぜか女官部屋の前で立ち尽くし、誰にも見つからないようにしながらも、表情だけがほんの少し、不機嫌だった。
(どうやら……話す必要はなかったようだな)
⸻
「アリシア。散歩に行く。今からだ」
「え? 今?」
それは女官たちとの会話を終えてすぐのことだった。
王宮の中庭で書を読もうとしたところを、レオンハルトに急に手を引かれたのだ。
「どこへ……?」
「人の少ない森のほうだ。……誰もいないところに、連れていく」
(え、なにそのセリフちょっとこわ……でも……ちょっとドキドキする……!)
用意されていたのは、お忍び用の装いと、こぢんまりとしたピクニック用の籠。
(えっ、これ……デート!?)
そう気づいたときには、すでに馬車に乗せられていた。
⸻
王宮の裏手に広がる静かな森。
木々の間に小さな開けた草原があり、花が咲き、陽光がきらきらと降り注いでいる。
レオンハルトはそこで、布を敷き、手早く籠を開けた。
「全部、俺が準備した」
「……殿下が?」
「料理は、厨房の者に少しだけ教わった。味は……保証できないが」
アリシアは思わず微笑む。
「それだけで、十分嬉しいです」
レオンハルトの耳がかすかに赤くなる。
二人は並んで座り、サンドイッチや果物を食べながら、静かに時間を過ごした。
と、そのとき。
「……アリシア」
「はい?」
「女官たちに、俺とのことを話すのは……やめろ」
「えっ……?」
「“あーん”がどうとか、手をつないだとか、……あまり、話してほしくない」
「それは……どうして?」
レオンハルトは、わずかに目を伏せ、そして一言。
「……お前が他の誰かに“好きなもの”を話すのが、気にくわない」
「……」
「お前の笑顔も、声も、……全部、俺だけのものがいい」
アリシアの胸が、どくん、と高鳴った。
(この人……嫉妬してるんだ)
冷酷と呼ばれた王太子が、こんなふうに感情を表に出すのは初めてだった。
「……すみません。でも、ちょっと……嬉しいです」
「……俺は、独占欲が強いらしい」
レオンハルトが小さく呟き、アリシアの手を握る。
「お前が誰かに笑うたび、それを奪いたくなる。……おかしいか?」
「おかしくないです。むしろ——」
言いかけて、アリシアはうつむいた。
顔が熱くて、これ以上見られたら隠せない。
(私、もしかして……この人のこと、ほんとうに……)
⸻
静かな午後。森の草原には風が吹き、花が揺れている。
アリシアとレオンハルトは寄り添うように座り、しばらく何も言葉を交わさずにいた。
そして、不意に。
「アリシア」
「……はい」
「目を閉じて」
「え……?」
(えっ、なにそれ、いきなりどうしたの!?)
心臓がどくどくと鳴る。
けれど、レオンハルトの目は真剣で、彼の指先がそっとアリシアの髪に触れると、もう抗えなかった。
アリシアは、そっと目を閉じる。
そして——
唇が触れる寸前、風が木の枝を揺らし、鳥がぱっと飛び立った。
「……っ」
アリシアは反射的に目を開き、わずかに近づいていたレオンハルトと視線がぶつかった。
唇まで、あと数センチ。
「……すまない。驚かせた」
「いえ、わたし……」
言いかけたけれど、言葉が喉に詰まる。
けれど確かに、心の中にはあたたかな何かが残っていた。
(あのまま、してくれたら……私は、たぶん——)
⸻
帰り道。馬車の中、アリシアはぼんやりと窓の外を眺めていた。
レオンハルトは隣で黙っているけれど、その指先は彼女の手を優しく握っている。
(この手、ずっと触れていたいって思うのは……きっと、恋ってことなんだ)
政略結婚。お互いをよく知らないまま始まったこの関係。
でも今、アリシアの心には確かな感情が芽生えていた。
(私、レオンのことが……好き)
それは怖くもあった。だって、相手は王太子。
けれど、それ以上に、心が満ちていた。
アリシアはそっと彼の手を握り返す。
「……レオンさま」
「ん?」
「今日は……ありがとう。すごく、楽しかったです」
レオンハルトは、わずかに目を細めた。
「なら、また行こう。何度でも。お前が望むなら、どこへでも」
「……はい」
その声は、優しく心に染み渡った。
⸻
王宮に戻った夜。寝室にて。
レオンハルトは珍しく先にアリシアを迎え入れ、椅子を引き、髪を梳く手伝いまで申し出てきた。
「れ、レオンさま!? 髪を梳くなんて、そんな……!」
「嫌か?」
「いえ、そうではなくて……!」
ぎこちない手つきで櫛を動かす彼に、アリシアは何度もくすくすと笑ってしまう。
そして最後に、レオンハルトが囁くように言った。
「……お前を甘やかすのが、楽しい」
「……」
「もっと、笑ってほしい。俺だけに」
(もうダメ……甘やかされすぎて……とける……)
アリシアは心の中でそう叫びながら、こくりとうなずいた。
(こんなに優しい人を、冷酷なんて呼ぶなんて……)
それは、もうただの誤解だ。
レオンハルトは確かに冷たい鎧を着ていたかもしれないけれど——
その内側には、誰よりも真っ直ぐで、誰よりも一途な愛があった。
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