病院の僧侶(プリースト)2 ギルの戦い

加藤かんぬき

文字の大きさ
24 / 46

リーフレット夫妻(2)

しおりを挟む
 リーフの言葉にサーキスがたじろぐ。
(な、なんだこの人⁉ また新手の変な人種だ!)

 瞳を白黒させて妻のエマが注意する。
「ちょっと、ちょっとリーフ…! なんてこと言うの…! 皆さんに失礼でしょ…。女性の看護師さんもいるし、少しぐらい裸を見られるのは仕方ないでしょ…。私が動けるようになるなら…それぐらい…」

「あの! 僕も手術を見たら駄目かな⁉」
 銀髪の旦那の申し出にパディはすぐにイエスとは言わなかった。

(やりにくい…。今回の手術は家族が見ている前ではやりにくい…。せっかくだからサーキスにやらせようと思っていたのに…。仕方ないか…)
「ではリーフレットさん、手術を見学してください。奥さんの体もプライベートな部分は布で隠します」
「そうなんだ…。じゃあ、それでお願いします…。手術は見せてもらうよ…」

     *

 リーフの手を借りて患者のエマは手術台でうつ伏せになっている。下半身に布、上半身もシーツで覆われて旦那の希望通りの常態だ。ここで見えるのは患部の背中だけになっている。
「ふーっ、背中でも僕の奥さんの素肌を知らない男が見るのは許せない!」

 リーフの怒りの視線が特にサーキスに突き刺さる。
(さっきから何なんだよ、この人は今までで一番怖い付き添いの家族だ!)
 うつ伏せのエマがリーフに向かって注意する。
「もう…! 皆さんを困らせないで…! 帰ったらお父さんに言いつけるから…」
「ごめんごめん!」

 そして手術が始まった。今回の手術道具に鉗子以外に顕微鏡、ノミ、ハンマーも用意していた。これには銀髪の旦那も気づかなかった様子だ。
 リリカが患者を呪文で眠らせてパディが患者の背中をメスで開く。皮膚、筋肉と切られてやがて白い尖った骨があらわになった。

「サーキス、この骨が棘突起きょくとっきだ。覚えてくれ」
 パディの言葉にサーキスは驚いた。
(やっぱり! 脊髄までに骨が邪魔してるって思ったもん! これは揉めるぞ!)

「…それでリーフレットさん、すみませんが、脊髄にたどりつくまでに骨が行く手をさえぎっています。これをこのノミとハンマーで骨折させます。よろしいでしょうか…」
「何だって⁉ そんなの聞いてないよ⁉ 何で今言うの⁉ 奥さんが痛みで死んじゃったらどうするの⁉ そんなの知らない人におっぱい揉まれるどころじゃないよ!」

(やっぱりグズグズ言い出した!)
(こうなるから見学はさせたくなかったんだ…)

 ここでリリカがなだめた。
「リーフレットさん。骨折ぐらいでは人は死にませんよ。それに眠っているからお痛みもありません。目覚める前に回復呪文もかけますし。少しの辛抱です。手術が終わったら奥さんは手足が動くようになります。きっとお二人とも元気に帰ることができますよ」

 リリカの微笑みにリーフレットは舌打ちした。
「チッ…。仕方ないなあ…。じゃあ、我慢してるよ…。できれば僕が奥さんと代わってやりたいよ…」
 パディはノミとハンマーを手にして骨をガンガンと叩く。力強い音が手術室に響く。はたから見るその光景はまるで大工仕事でもやっているようだった。

 患者の旦那は怒りのこもった鋭い目線を執刀医に送るが、パディの視線は棘突起きょくとっきという骨に集中していた。
(昔は教授に監視された常態で手術をやらされたりしてえらく緊張したものだ…。あの時と比べたら今のこれはどうってことないか。経験がいきるものだな。でもこれはサーキスにやらせたかった…)

 パディがチラッと目を横にやるとサーキスがしきりに両手を動かしている。パディの手の動きを物真似しているようだ。
(さすが我が弟子だ)

 切られた骨が一旦トレイに移動される。患者の背中には脊髄の管が見える。ここで透視をしなくても腫瘍のせいで患部が腫れているのがわかる。
 サーキスがパディに小声で訊いた。
「あのね先生、脊髄腫瘍ってどれくらいの人がかかるの?」
「十万人に一人ぐらいだ…。次はいつお目にかかれるかわからない…」
「マジかよ…。先生、顕微鏡をセットして腫瘍を取るんだろ? いや、俺なら余裕で肉眼で見えるんだけど…」

 ここでリリカが気を利かせて言った。
「あの、リーフレットさん? お願いがあるんですけど…」
「何?」

 どうやらこのリーフという男、女性には弱いようだ。リリカの言葉には耳を傾ける感じがある。
「彼、サーキスはさっき僧侶兼看護師と言いましたけど、本当はお医者さんなんです。外科医兼僧侶という感じです。正確にはもう僧侶を辞めた状態ですけど」

 パディが後押しするように言った。
「そうなんです。僕は心臓が悪くて彼が僕を手術してくれました。それで僧侶を辞める結果となったんです。…で、彼にエマさんの手術の続きをやらせてあげたい…。お願いします」
「ごめんよ、リーフレットさん。俺も経験を積みたいんだ」

 リーフの心に驚きと苛立ちがいっせいに襲った。
(何なんだここの病院は⁉ おかしいことばっかりだ! 実はなんちゃってお医者さんだって⁉ 後から後からおかしなことを言う! 僕が見てなかったらエマを彼が勝手に切るところだったんだ!)

 怒りながらも共感する気持ちを消せなかった。
(…でも先生を助けようと刃物を持ったんだろ…。今まで僧侶を辞めた人なんか見たことないよ…)
「サーキスさんって完全復活レザレクションって使えるの?」
「使えないよ。俺の呪文のレベルは五まで。使えるのは大回復ハイキュアまでだよ」

(僧侶の呪文を極めて辞めたわけじゃないんだ…。たぶんどうしようもない状態になったんだろう…。彼がだんだんいい奴に見えてきた…)
「もういいよ。サーキスさん、僕の奥さんを存分に切って。失敗しないようにね」
「ありがとう、リーフレットさん!」

 サーキスはパディと場所を入れ代わる。そしてメスを持って脊髄の管をゆっくりと切り始める。パディからアドバイスが入る。
「中を傷つけないように。切れ込みを何回かわけるようにゆっくりとね」
 管が真横に切られるとパディの指示で糸掛けをする。視界を良くするために患部の上下に針と糸でテンションをかける。ゼリーのような腫瘍がむき出しになった。

 それから脊髄に癒着している腫瘍をおもむろに剥がして行く。鉗子とピンセットのような道具を使って慎重に剥離する。最深部も特に丁寧に剥がした。
 そしてサーキスがゼリーのような腫瘍をピンセットで掴むと気持ちがいいぐらいすっぽりと取れた。パディがリーフに説明した。

「これが奥さんを苦しめていた腫瘍ですね」
 本来ならここで縫合作業に入るところだが、外した骨を元の場所に置いただけでサーキスが呪文を唱え出した。
「スタフ・ワンズオゥルド・ソトジョンディビ……ティングスライ・ディルズンペンコ・大回復ハイキュア

 患部が光って傷が癒えると、全員がひとごこちついた。パディがリーフに言った。
「では僕たちは部屋を出ますのでリリカ君と二人で奥さんの服を着せてもらえますか」
 パディたちが手術室から出てしばらくすると、スカート姿のエマを抱えたリーフが部屋の外に現れた。

 診察室のベッドで眠り続けるエマを尻目にリーフがサーキスに訊いた。
「すっごく興味があることなんだけど、宝箱トレジャーってもしかして布の透視なんかもできるの? 服とか…」
「できるよ…。人の体、特に女性の表面はあまり見ないようにしてるけど…」

「何だって⁉」
 途端にリーフの鼻の下が伸びた。
(羨ましい! 僕は僧侶を目指すべきだった! …いや、エマに頼めば見放題だから結局、僕には必要ない能力だ! 僕はエマ一筋なんだ! うわあぁぁぁ!)

 頭を抱えて苦しむリーフに三人はそれぞれ思った。
(この人…、たぶん変態だわ。顔はいいのに、かわいそう…)
(何か邪なことを考えてるみたいだけど、この人はたぶん信仰心はなさそうだね…)
(奥さん、ちゃんと立ち上がるかなぁ…。僕の診断に間違いはないはずだけど…)

 しばらくしてふわふわの髪のエマが目を覚ました。パディが声をかける。
「どうですか、エマさん。手をあげられますか?」
 エマが言われた通りに腕を動かす。どうやら無事に手が上がるようになっていた。
 次にリーフが体を支えてベッドから立ち上がる。これも何とかクリアできた。

「背中が痛くない…! 私、立ってる…! 歩けるわ…」
「すごい、すごいよエマ!」
 リーフレット夫妻は満面の笑みを見せながら、瞳から大粒の涙を流している。
「嬉しい…!」
「来てよかったね! ここの人たちを信じて良かったね!」

 二人が抱き合う姿にパディたちは心を打たれた。今までの旦那の無礼な態度も消し飛ぶぐらいだった。
 しばらく抱きしめ合っていた夫婦がようやく落ち着いたのか、パディたちに礼を言った。
「この度はありがとう…ございました…」
「ありがとう! 色々言ってすみませんでした!」

「ほんとだよ! リーフレットさんはすごく怖かったよ!」
 五人が和んでいると、そこにギルが現れた。
「おー、遅くなってすまない…。重役出勤になってしまったぞ」
「え⁉」
 ギルの顔を見たリーフは弾かれたように驚いた。
「ギル⁉」
「リーフ⁉」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病院の僧侶(プリースト)3 サフランの願い

加藤かんぬき
ファンタジー
 舞台は日本の地方都市にある中規模の総合病院。  その日、手術室で看護師の星山結月(ほしやまゆづき)は限界を感じていた。  目の前には交通事故にあった少年。救おうとする命がまた失われようとしていた。  もう無理、限界! そんな時に手術室の中に現れた僧侶のサフラン。彼女は死の間際だった少年を回復魔法であっさりと癒し、助けてしまう。  手術室看護師の星山結月の心まで救われる。  その日以来、僧侶のサフランと星山結月ことユヅちゃんはコンビを組んで病院内の患者を次々と救って行く。 「基本的にあたしはサフランの魔法を見てるだけ! 虎の威を借る狐とはあたしのことよ!」  自己評価の低い看護師、主人公のユヅちゃん。それでも知恵と知識をしぼってサフランと力を合わせ、怪我人だけでなく、病人も魔法の応用で治して行く。  いたずら大好き、自由奔放なサフランに振り回されながら、ユヅちゃんは困難に立ち向かう。  少しほっこり、ほろりとした話を詰め合わせた医療コメディ。  そしてライス総合外科病院の人々のその後を描いた物語。  サフランがこちらの世界に来ることになった理由、彼女を見送ったサーキスの心境。  果たしてサフランは皆から託された願いを叶えることができるのか。 小説家になろうにも掲載しています

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

魔法少女、令和の病院の命を救う

加藤かんぬき
ファンタジー
 舞台は日本の地方都市にある中規模の総合病院。  その日、手術室で看護師の星山結月(ほしやまゆづき)は限界を感じていた。  目の前には交通事故にあった少年。救おうとする命がまた失われようとしていた。  もう無理、限界! そんな時に手術室の中に現れた魔法少女サフラン。彼女は死の間際だった少年を回復魔法であっさりと癒し、助けてしまう。  手術室看護師の星山結月の心まで救われる。  その日以来、魔法少女のサフランと星山結月ことユヅちゃんはコンビを組んで病院内の患者を次々と救って行く。 「基本的にあたしはサフランの魔法を見てるだけ! 虎の威を借る狐とはあたしのことよ!」  自己評価の低い看護師、主人公のユヅちゃん。それでも知恵と知識をしぼってサフランと力を合わせ、怪我人だけでなく、病人も魔法の応用で治して行く。  いたずら大好き、自由奔放なサフランに振り回されながら、ユヅちゃんは困難に立ち向かう。  少しほっこり、ほろりとした話を詰め合わせた医療コメディ。  カクヨム、小説家になろうにも掲載しています

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...