くもらせ君は彼女を曇らせる

くろふじ

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第1章 くもらせ君は美空を曇らせる

第5話

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 ゆっくり夜のとばりが下りていく。

 古来より、人が魔と遭遇そうぐうする時間に瓜生島の中心を目指して走る。空に浮かぶ暗褐色あんかっしょくの雲は、まるでこれからの苦難を予兆しているかのようだ。

「はぁ、はぁっ、くっ」
「鳥居が見えたわ。もう少しよ」
「わかってる!」

 鬱蒼うっそうとした森の入り口、そこに巨大な二つの鳥居が立っていた。

 姫神社の二ツ鳥居。

 綺麗に二つ並んだ鳥居は初めて見る人には不思議な威圧感を与えるかもしれない。
 神の通り道とされる左の鳥居は、ところどころ植物のツタに覆われていてパッと見で通行がためらわれる。そして並列する右の、普段利用されている鳥居はにごった朱……それはまるで、血を思い起こさせる不気味な色をしていた。

 そんな奇妙な門をくぐり少し進むと、鎮守ちんじゅの森の規模とは不釣り合いのこぢんまりした建物がある。そこが本殿ほんでんであり、この子の正式なというわけだ。

「ふーっ。ここからは慎重にいこう」
「どうして私のお家にひどいことをするのかしら……」
「まあ、相手が人だと仮定して、金じゃないことは確かじゃない?」

 この子を祀る神社には賽銭箱さいせんばこがない。

 瓜から生まれた女の子、瓜子姫。
 おとぎ話として伝わる彼女の出自をなぞるように、お供え物は瓜に由来する食べものと決められている。
 夏場は真桑瓜まくわうり西瓜すいか。秋であれば南瓜かぼちゃ冬瓜とうがんが、奉納用の箱に山を作る奇妙な光景が見られるだろう。

「でもこの季節、お供え物は少ないわ。ちょっと早いけれど胡瓜きゅうりかしら?」
「キュウリじゃ腹は膨れないけどな」

 各所に設置された頼りない灯籠とうろうの明かりを目印に歩く。
 この子の勘違いでありますように。だが、そんな願いは本殿の前に佇む黒い人影に裏切られた。

「あの男、何してるんだ?」

 神社の薄暗い光の中、その姿はぼんやりと浮かび上がっていた。

 ここからでは詳細はわからない。しかし、祈りを捧げるわけでもなく、ただ静かに本殿の御扉みとびらを見つめているように見える。得体の知れない気味の悪さを感じていると、男が急にこちらを振り返った。

「おや? こんばんは。こんな時間に参拝ですか?」

 思わず息を飲む。

 ニコリと目を細める男。
 同性の俺ですら一瞬見惚みほれてしまうほど、非常に整った容姿のイケメン。年齢は大学生くらいだろうか。最新のトレンドを取り入れたスタイリッシュな服装は、爽やかな男によく似合っていて……だからこそ、違和感を覚える。

 こんな目立つ人なのに、島で見かけた記憶がまったくない。

 めろんのせいで過敏かびんになっているのかもしれない。でも同時に、人気のない夜の神社で何をしてるんだとも思う。パズルのピースに混じったプラスチックの欠片、男にはそれに似た奇妙な異物感があった。

「おや、警戒させてしまったかな?」
「……ええと」
「あはは、ごめんね。失礼、僕はこういう者です」

 彼は自然に距離を詰め、名刺を差し出す。

 あまりにも人間らしいその行為に、俺は少しだけ胸をなで下ろした。受け取った名刺にはアルファベットでWkahiko Amenoと書かれていて、肩書きはフリーライターとなっている。

「気づいた? 実は、僕も島の出身なんだ」
「……なるほど。じゃあ、雨野さんですね」

 晴川、曇良瀬、雨宮――昔からこの島に住む人は皆、気象にまつわる名字を持っていることが多い。

「普段は都内で暮らしている。最近は仕事にも慣れてきてね、ここには島おこしの一環で顔を出してみたんだ」
「ライターが島おこし……瓜生島の宣伝でもするつもりですか?」
「うん。都会に出た僕が言えたものじゃないけど、ここは過疎かそひどいだろう?」

 志は立派だけど、この島に客呼べるもんなんてあるか? 
 首をひねる俺にニヤリと男は怪しく笑う。

「ちょうど目玉になりそうな、うってつけの祭りがあったばかりだろう?」
「姫神社の誠実祭せいじつさいですか。まさか、あれを記事にするつもりで?」

 ざわざわと周囲の木々がざわめき、冷たい風が頬をなでていく。

 誠実祭。十年に一度、四月一日に島を上げて行われる伝統的な供養祭。その概要は、瓜生島内で“丸一日嘘が禁じられる”奇妙なものだった。

「俺、島民しか参加できない秘祭って聞いて育ちましたけど……」
「ふふ、今どきそんなルールはナンセンスだろう? 奇祭マニアみたいな層には一定の需要はありそうだし、何なら最近の流れは若い一般層にも受けが良さそうだ」
「……まあ、確かに」

 聞くところによると、昔はもっと儀式的で厳かなものだったらしい。もっとも、現代ではほとんど形骸化けいがいかされ、辛気くさい雰囲気は微塵みじんもない。

 俺の感覚じゃ供養とは名ばかりの、ただ嘘をついちゃいけない普通の祭りだ。

「しかし、誠実祭の“縁結び”とは傑作だ。まさか、嘘が禁止されるルールを逆手に取って告白に利用するとはね。ははっ」
「……」
「あ。もしかして、君も“参加”したクチかい?」
「う……す、するつもりではありましたけど……」
「ふふ、さては勇気が足りなかったかな?」

 茶化すように笑う男から目を逸らす。
 島民にとって誠実祭は嘘をつけない特別な日だ。

 この気持ちは決して嘘じゃない。

 つまり、思い人のいる島民にしてみれば、誠実祭は告白やプロポーズに非常に都合がいい日となっていた。

「時代と共に、祭りの在り方も変わってきたということだ。それでも、ライターとしてネットとかで情報発信するなら、正しい知識が必要だろう?」
「まあ、自分たちは簡単なルールしか教わらないですからね。詳しい歴史を知るには、お年寄りの方々を当たるしかない」
「で、取材を申し込んだら素気なく断られてね。ここで途方にくれていたってわけさ」

 男は肩を軽くすくめながらも姫神社を見ていた。
 その目は未だ尚、好奇心からか爛々《らんらん》と輝いている。

「誰も口にはしないが誠実祭、いや、この瓜生島には何か秘密がある。同じ住民の君なら薄々気づいているはずだ」
「何の話ですか?」
「わざわざエイプリルフールに嘘を禁止するかい? 明らかに作為的だろう」
「……それはどうでしょう? あくまで十年刻みですからね。単なる偶然の可能性も……」
「ふふ。じゃあ、おとぎ話の女の子をなぜ神として祀り上げる必要がある?」
「それは……」
「さらに問題はその扱いだよ。この島でその“神”はどう扱われているか、知らないとは言わせない」

『言うこときかないわるい子は、こわいこわいお姫さまに見つかってしまうよ』

 迫力のある男の笑みから、昔から繰り返し聞かされた戒めの教訓を想い出す。反射的に一歩引く俺に構わず、男は熱に浮かされたように口を開いた。

「おかしな祭り、おかしな神、おかしな教訓……この島は矛盾に満ちていて、だからこそ皆、一度は思ったことがあるはずだ」
「あなた、は」
「誠実祭の日に嘘をついたらどうなるのだろう、ってね」

 ――ざわり。

 異様な気配に観念した俺は、ずっと意識しないようにしていたかたわらのめろんへ目を向けた。

「っ」

 その表情は完全に凍りついていた。いつものやかましさや感情が霧散むさんし、彼女の顔は能面のように無機質だ。

 ヤバい。絶対キレてる!

 ハラハラする俺にまったく気づかず、めろんを認識できない男はさらなる爆弾を投下した。

「ま、結局何も起こらなかったんだけどね」
「は?」
「僕、試してみたんだよ。嘘。もう一つの噂の真相を探るためにもね」
「は、はぁっ!?」
「誠実祭は“嘘をついてはいけない日”ではなく“そもそも嘘がつけない日”である。ふふ、実に面白い都市伝説だけど、アレは眉唾まゆつばだっ――――」

 言葉の途中で男の表情が変わった。

 目が大きく見開かれ、口は半開きになっている。まるで、何か信じられないものを見たかのように、男の視線が俺の背後に固定されていた。

 いったい何を見ている? 俺は背後を振り返り……

「聞き捨てなりませんねぇ」

 冷たい風が吹き抜けると同時、背筋が凍るような寒気が走った。

 灯籠の明かりが一瞬揺れ、影が長く伸びる。その中から、ゆっくりと現れる人影――まるで悪夢から抜け出してきたかのように、暗闇の中から浮かび上がるシルエットに硬直する。

「……」

 微かな灯籠の明かりに照らされ、その正体が徐々に明らかになる。顔を覆い尽くす長い黒髪、見慣れた制服。
 さっき別れたばかりの同級生、雨宮しずく――。

「その禁忌はご法度ですよ。ねぇ、曇良瀬さん?」

 異様な響きを持った声が場の空気を一気に緊張に包む。ちらりと目を戻せば、さすがの男もその異様な存在感に圧倒され、言葉を失っていた。
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