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第1章 くもらせ君は美空を曇らせる
第6話
しおりを挟む翌日、いつもより早めに家を出ると空に暗雲が漂っていた。
誰もいない通学路に小鳥のさえずりが響く。辺りを見渡すと、新緑の葉が風に揺れ、道端の花が春の季節を告げていた。
「ふわぁ」
軽く頭を振って目をこする。
視線を感じてバッグを見ると、ぴょこんと顔を覗かせためろんがジッと俺の顔を見つめていた。
「なんでついてくるかね。学校なんてもう十分堪能したろうに」
「だって私の話をするのでしょう? 本人をのけ者にする気?」
「これでも一応気を使ってるんだ。めろんにとってあまり面白い話でもないだろ?」
「私、陰口って苦手なの」
「まあ、好きなやつなんていないだろうけどさ」
『真実が知りたいですかぁ?』
昨夜の雨宮さんとのやり取りが頭をよぎる。
彼女の突然の登場と、意味不明な提案――瓜生島の歴史に詳しい自分の祖父を紹介するという申し出に、俺は困惑し、怪しいイケメンは歓喜していた。時間も遅かったため、その日はそれ以上話すことなく解散し、今日の放課後に再集合する運びになっている。
『お二人は要注意ですからねぇ……』
別れ際、雨宮さんの意味深な言葉が今も頭から離れない。
「疑われていたわね」
「いや、おかしいだろ。ヤバい発言してたライターの人ならともかく、そこにいただけの俺が同じ扱い受けるのは納得いかない」
「私に言われてもね。あなた達に島の情報を与える理由も、おかしな行動を防ぐ目的でしょうし」
「はぁ……まあいい。で、結局それの原因は何だったの?」
めろんの破れたままの袖を見る。
「わからない。少なくともお家に異変は見つからなかったわ」
「あの人、少し警戒しておいた方がいいんじゃないか?」
「もうっ。夕べからしつこいわね。彼は普通の人よ? 過度に人を疑うのはどうかと思うの」
「普通の人、ね」
男を見た瞬間の奇妙な感覚を思いだす。喉に引っかかった小骨のような、不快な異物感。
あいつ、本当は神社で何をしていたんだ……?
「なに? どうしたのよ?」
「……何でもない。どっちにしろ、これ以上のトラブルはキャパオーバーだからな。念のため、めろんもあの人のことは心に留めておいてくれ」
「ふん。人一倍、他者の悪意に敏感になり、もう一つ鬼が常に心に潜む。これも呪いに蝕まれた者の特徴なのかしら」
「俺が疑心暗鬼になってるって?」
「というか、私に言わせれば彼よりあなたの方が余程危険な存在よ? 他人のことより、まず自分の心配をなさい」
「はいはい。それは重々承知しておりますよ」
「もう、もうっ! まったく危機感が足りていないわ!」
「お前が思っているより真剣に考えてるんだけどな」
現に、昨日は今日の対策を考えていて一睡もしていない。
「ぜん、ぜんっ! だめだめよ! そもそもそんな状態で、異性がいる場所に向かう神経がどうかしてるわっ」
「できるなら俺だって行きたくないよ」
爆弾抱えて知り合ったばかりの異性の家など、正気の沙汰ではない。
けど、俺もあの場にいた手前、仮にも同学年の女子にうちの生徒ですらない怪しい男を押しつけるのも違うだろう。
というか雨宮さん、初対面の男たちを自宅に招くとか、距離感どうなってんの?
何だかもやもやしながら、エキサイトするめろんと言い合っているうちに学校へ到着する。見える範囲に生徒の姿は確認できない。そして、誰もいない教室に辿り着いた俺は、席に腰を落ち着けるとうつ伏せに倒れ込んだ。
頭が重い。
追加でめまいと軽い吐き気、完全に寝不足の症状だった。
「あら? やっぱり誰もいないわね。昨日もそうだけど、来るのが早いのではなくて?」
「……いいだろ別に。ふわぁ……俺の勝手だ」
「何もそんな寝づらい場所で寝なくたって。もっとお家でゆっくりしてればいいのに」
「あぁ……事情があるんだ」
「うん? どんな事情なの?」
「いろいろ」
「何よそれ。もったいぶってないで教えなさい」
この子は家でもこの調子だからたまらない。
深夜帯以外は人にキライキライ言いつつ、ずっとまとわりついてくる。
もし、傍から見える人がいたなら、カルガモの親子みたいに見えるだろう。
「どうしたの? いきなり深いため息なんてついて」
めろんは顔の真横でぶつくさ言っている。
耳を塞いだり無視すれば、十倍うるさくなるのは目に見えていた。その後も小声で適当にあしらって時間を無駄にしていると、ガヤガヤと廊下の方が騒がしくなってくる。
「ほら、他の奴らも登校してきたみたいだから。続きは家に帰ってからな」
幸いちびっ娘の興味は教室に入ってきたクラスメイトに移ったようで、ようやくどうでもいい質問ラッシュは止まった。悩みのタネの呪いも、俺の意識そのものが朦朧としているお陰か鳴りを潜めている。
――いい感じだ。付け焼き刃の対策は今のところ上手くいってる。
だが、SHRが始まるまでそのままの姿勢でうとうとしていると、とても聞き慣れた声が耳に届いた。
抗うことなどできるはずなく、自然と耳が吸い寄せられる。
「ほんとごめんね。大げさに騒いじゃって」
「いいよいいよ。なんもなくてよかったねー。来週には退院できるんでしょ?」
「うん。検査ばかりだから退屈でしょうがないって。替えの下着とか届けに行った時、うんざりしてた。びっくりするくらい顔色も良いし、健康そのものだよ。本当に心配して損した」
「そだ。せっかくだし、気晴らしに今度遊びにいかない? 新しいお店できたから一度チェックしときたいんだよね」
「あ、いいね」
「ついでに夏服みたいなぁ。そういえばみそら、頭のアクセずっとつけてるよね。うさぎのやつ」
「うん、いなば君。変かな?」
「いや、可愛いっちゃ可愛いんだけど、毎日同じだと飽きない? ね、あたしらもう立派な高校生じゃん。この際もっとおしゃれしようよ。みそらならもっと大人っぽいのも似合うだろうし、何ならあたし選んであげよっか?」
「ありがとう。でも飽きたりしないよ。これ、とっても大事なものだから」
ドクンと大きく心臓が跳ね、俺は瞬時に思い知る。
――無理、止められない。
寝不足で意識を混濁させる呪い対策も、それに伴う体調不良も、気を回した彼女の友だちが、クズ男との繋がりを絶とうとしてくれたことも……すべてが二の次三の次。水の泡になろうとしている。
やっぱり俺は、みそらが好きだ。
いくら俺が最低の嘘つき野郎でも、自分の気持ちまで誤魔化せない。
「みそら!」と静止する声が聞こえるが、こちらに近づいてくる足音は止まらない。全力で抑えようとした頭があっさり持ち上がる。すると、目の前に二日ぶりに会う思い人の姿があった。
「おはよう。一途くん」
「みそら、何か用?」
「うん。今日、待ってたけど来なかったから。おじさんに聞いたらかなり早く出たって……あ、昨日休みの連絡見てくれた? なんか電源切れてるし、既読もつかないから心配だったんだけど……」
「ごめん。それどころじゃなくて気づかなかった」
「そ、そう……あ、あのっ。今日の放課後なんだけど、一途くんも良ければ一緒に――」
「悪い、大事な先約があるから無理だ」
呪いに支配された俺は頬杖をつき、大きくあくびをしながら答えた。もし鏡があったなら、反射的に殴りたくなるようなムカつく顔を映していたに違いない。
本当は話したいこと、聞きたいことが山ほどある。
彼女への興味が尽きるなんてありえない。
気になる人の声が聞こえたら自然と耳を澄ましてしまうように、会えば絶対意識してしまう。そして――それらは呪いですべて反転する。必ずろくでもない結果になって、みそらを傷つけるのだ。
めろん曰く、この呪いは俺の主観によって大きく左右されるらしい。だから対象との距離や、電子機器を利用した場合どうなるかなど、表面化する条件もすべて曖昧で確実なことは何一つ言えない代物だという。
言うなれば本人でも一切制御できない、いつ爆発するか不明の爆弾を抱えているようなもの。
「じゃ、じゃあ、明日はどうかな? 土曜日だったら学校も休みだし――」
あの日以来、スマホはわざと電源を切って遠ざけていた。
隣同士の家、お互い暗黙のルールで決めていた朝の集合時間も一時間近く早く出て……逃げて。好きな人から逃げ続けている。学校なんて本当は来たくなかった。会えば必ず傷つけるとわかっているから。
――ああ、ちくしょう。嫌なことに気づいてしまった。
「そんなことよりさ、目どうした? ずいぶん腫れてるみたいだけど、何かあったの?」
「っ。な、なんでもない……ちょっと泣ける映画見ちゃって」
「ふーん」
誰かこのクズを今すぐ殺してくれ!!
そんな心の叫びが聞こえたわけでもないだろうに、教室内が急にざわざわと騒がしくなった。
困惑と驚愕が入り混じったどよめき。
いったい何が? と教室の入り口の辺りに目を向ければ、すぐに原因に辿りつく。
そこに亡霊が立っていた。
朝の学校というより、夜の墓場がぴったりの異様な髪の女。昨日知り合ったばかりの学校の有名人、雨宮しずく。どうやら彼女も俺に気づいたらしい。
「…………あぁ、ようやく見つけましたぁ」
「おはよう。雨宮さん、どうしたの?」
そのやり取りだけで、ざわめきは一瞬で静まった。
ふらふらとゾンビみたいな足取りでやってきた雨宮さんは、俺の席の前で堂々と立ち止まる。これ見よがしに、例の日本人形もバッグから顔を覗かせていた。
この人、無敵かよ。
今や同じ腫れ物同士の邂逅はクラス中から注目を集めている。傍らのみそらも、驚いて俺と雨宮さんを交互に見比べた後、関係性を聞きたそうな顔をしていた。
「今晩、わたしの家に来てもらう件ですが、絶対に忘れないでくださいねぇ?」
「えっ!?」
ざわり。
嫌な空気が蔓延した教室に、ショックを受けたようなみそらの声が響く。同時に、クラスメイトのゴミでも見るような視線がいっせいに突き刺さった。
当たり前だ。
いろいろ誤解される発言。彼らは昨日、俺が学校中でナンパに励んでいたことをよく知っている。
きっと男に免疫のない、風変わりな女子を引っ掛けたとでも思っているのだろう。
――いや、違う! 違うんだっ。これには深い事情があって!!
雨宮さんにかまっている場合ではない。
今すぐみそらに釈明を――そう思った瞬間、俺は立ち上がって雨宮さんの手を優しく取った。強く思えば思うほど、意思に反した行動を強制される。
抵抗することは叶わない。
「よしっ、じゃあ場所を移そう。ここだとちょっと話しにくいからね」
「えぇ? は、はい。でもあのぉ、て、て、手が……」
「いいから、いいから」
足が、体が、脳に反旗を翻し勝手に廊下に向けて進軍を開始する。
もうどうにでもしてくれと、呪いの為すがままになっていた時。
何か柔らかいものが肩に触れた。
振り返れば、その場に立ち尽くしていたみそらが手を伸ばしている。彼女はまるで、迷子になった子供のような顔をしていた。
「なに? 急ぎじゃないなら後にしてよ」
「一途、くん? あの、どうして……」
「あのさ、見りゃわかるだろ? こっちは大事な用があるんだよ。だから手、いい加減離してくれない?」
「…………そっか。邪魔しちゃってごめんね」
ざわめく教室を雨宮さんの手を取り歩く。
罪悪感に押しつぶされそうになりながら、俺はふと、小さな相棒のことを思い出す。
こんな醜態をさらせばここぞとばかりに騒ぐはずのめろんは、珍しいことに俺に一切意識を向けず、うつむくみそらをジッと見つめていた。
まるで、自分のものとは思えない手が滑らかな動作で教室の扉をゆっくり閉じる。
こうして、出だしから昨日よりもさらに悪くなった一日がまた始まろうとしていた。
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