くもらせ君は彼女を曇らせる

くろふじ

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第1章 くもらせ君は美空を曇らせる

第8話

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「どうか楽になさってください」

 客間に通された俺たちは、面をつけたままの爺さんの言葉に従い、座布団に腰を落ちつけた。
 先ほどお互いの自己紹介で雨宮あまみや流厳りゅうげんと名乗った彼は、その奇天烈きてれつな見た目に反して、ある程度話の通じる人であるらしい。むしろ、普通に意思疎通ができてしまったからこそ、余計にその異常性が際立って感じられる。

 マジで地獄でしょ、これ……。

 目の前に、笑う翁の能面をつけた老人と髪で顔を覆われた少女が並ぶ。部屋の照明が絶妙な具合で当たるため、彼らの顔がことさら強調されているのがまた不気味だった。

「すまぬの。この面が気になるのだろう?」
「え? あ、いや……」
わしもしずくもこみ入った事情があってな。実は、ご両人を家に招いたのも少し関係しておる」
「それは興味深い。話を聞く限り、お二人の格好も島に関係しているのですか?」

 いつの間にかメモを手にしたイケメンの問いかけに、老人はゆっくり頷いた。

「かつて、何の罪もない無垢な少女が殺された……。ここの出身である君たちなら、島でもっとも有名な未解決事件をご存じだろう」
「それって例のおとぎ話でしょう? 瓜から生まれた女の子と鬼が登場する――」
「あれは実際にあった。証拠もある」
「ふふ」

 ライターの性分なのか、好奇心を抑えきれない様子のイケメンを尻目に、俺は焦っていた。気づけばスクールバッグがもぬけの殻。
 いつの間にか、この話の最大の被害者であるめろんが行方をくらましている。

「曇良瀬くんと言ったか。何か、気になることでもあるかのう?」
「い、いえ。何でも」
「……ふむ。君は、親御さんから瓜子姫さまについてどのくらい聞いておる?」
「っ! 人前でその名前は――」
「良い。ここには儂らしかおらぬのだ。家の中で気を使う必要もあるまい」

 いや、気ぃ使うだろ……。

 能面の爺さん、胡散臭うさんくさいイケメン、そして顔は見えないが恐らく雨宮さんも、皆が俺に注目している。
 彼らはこの家に“もう一人”来ていることを知らない。

「話を始める前に認識のすり合わせは必要不可欠であろう? お互い気を使っていては、話も前に進まぬ」
「………… “彼女”は有名な昔話、桃太郎と似た環境で育てられたと聞いています」

 急かす爺さんに渋々答えて考える。

 桃が瓜に、男の子が女の子に置き換わったストーリー。そうして瓜子姫と名づけられたあの子は、子宝に恵まれなかった老夫婦にとても大事に育てられた。

「うむ。老夫婦に愛された娘は、歌と機織りが得意な娘に育つ。特筆すべきはその容姿じゃろう。成長するにつれ、人々の間で噂になるほど美しくなっていった」

 鬼を退治に外に出たのが男の子の桃太郎だ。対して女の子である瓜子姫は内に籠《こ》もる。

 子供のいなかった老夫婦にとって自慢の子だったのだろう。蝶よ花よと愛でられ、あの子は箱入り娘のように育てられた。
 ……それが悪かったのかもしれない。彼女はあまりに悪意に鈍感で、純粋すぎたのだ。

「噂を聞きつけた、天邪鬼おにがきた」

 カチ、カチ、カチ。

 柱時計の時を刻む音が妙に大きく聞こえた。

「あまのじゃくといえば、逆らう性質を刻まれた鬼として有名じゃ。相手の意図に反して行動することに愉悦する、ひねくれ者。だが、他にも二つ特異な力を持つ」
「一つは物真似、声や姿を偽る力。もう一つは人の心を読む力、ですよね?」
「ほう? 知っておったか」
「島に住んでいれば年配の方から話を聞く機会は沢山ありますから」

 瓜子姫の暮らす集落では、危険な鬼が出没すると話題になっていた。
 老夫婦も、自分たちが留守の間は誰が来ても決して家の戸を開けぬように言いつけていたが、世間知らずで、人の良い彼女は自宅に鬼を招いてしまう。

「困っている人間にでも鬼は化けたのかのう。結局、瓜子姫さまは殺された。残酷な話じゃ」
「どちらかといえば、残酷なのはその後の展開じゃないですか? 僕、子供の頃にそれを聞いて軽いトラウマになりましたよ」

 イケメンが言うとおり、その後の話はかなり胸くそが悪い。

 あまのじゃくは間違いなく悪鬼だ。あべこべと嘘を好み、物真似が上手く、他人の心を読み取ることに長けていて、一人よりも二人、二人よりも三人と、被害を大きくして騒ぎを楽しむ、正真正銘の鬼畜。

「あまのじゃくは己の欲求を満たすため、殺めた瓜子姫の亡骸なきがらに目をつけた」

 ……この場にめろんがいなくて幸運だった。

 すでに知っているとしても、あの子にこの話は聞かせたくない。 
 老人から語りを引き継ぐ男は飄々ひょうひょうとしている。雨宮家の面々は顔を隠しているので表情はわからない。結果的に俺だけが顔をしかめる。
 次なるターゲットは彼女の育ての親である老夫婦。鬼は能力で自身の姿を瓜子姫に変える。
 その行いは尊厳の破壊と呼ぶのも生温い、心の陵辱と呼ぶべき悪行だった。

 鬼は、何も知らず帰ってきた老夫婦に“それ”を調理して食べさせた。

 “美味しい料理ができたから”と、何も知らず帰ってきた彼女の育ての親に。
 姿を偽り、を満足げに平らげる彼らを見て、鬼は満面の笑みを浮かべていたという。

「……だがの。いつまでも純粋な瓜子姫さまを、悪辣な鬼が演じ続けることは無理がある。ほどなくして正体がバレてしまうのじゃ。そして鬼は逃げた――この瓜生島に」
「それが貴方のおっしゃる“未解決事件”であり、なぜか島に伝わるになっている、と」

 男がそう締めくくり、再び嫌な沈黙が流れる。
 この場に集まった人の認識のすり合わせは終わった。ふと、変わらない笑みを浮かべるイケメンを見て、能面の老人が大きなため息をつく。

「白々しいですな。記者どのはその理由に気づいたのであろう?」
「…………ふ。どうしてそう思ったのです?」
「しずくから聞きましたぞ。先日は姫神社を探っていたそうですな。それは確証を得るための行いではないのかな?」
「ふふふ」

「 “何か”見つかりましたかな?」

 瞬間、皮膚が粟立った。

 ――何だ? 

 俺はずっとニコニコしているイケメンの目に、嗜虐的しぎゃくてきな光が宿るのを見た。それが何かを考える間もなく、彼はポケットから何かを取り出しテーブルに置く。
 一目で古いものだとわかる、所々ひび割れた木製の四角形の物体だ。

「小さな絵馬です。これの裏に書かれた願いごとがまた傑作でしてね――」

 “私たちの罪をお許しください”

「……あぁ」

「この絵馬を見つけて、僕は確信しました。ずっと島から出なければ、疑問を持たなかったでしょう。一度都会に出た僕だから気づけた。今思えば、ここの住人のしつけは少々異常ですよ」

『言うこときかないわるい子は、こわいこわいお姫さまに見つかってしまうよ』

 彼の指摘する通り、俺たち瓜生島の住人は小さな頃に大人からそう言われて育つ。

「この島で“彼女”は下手な幽霊などよりも余程恐れられている。神として神社で彼女を祀っているのも、おそらく過去の罪悪感からくるものだ」
「……」
「極めつけは“誠実祭”と呼ばれる奇祭です。あれは多分……」

「――始まりは、贖罪しょくざいだった」

 微笑みで固定された翁の面を被る老人は、ゆっくりと古ぼけた絵馬を手に取った。静まり返った室内に、面の表情とは正反対の重厚な声音が響く。

「同じ過ちを二度と繰り返さないためにの。嘘を、自ら禁じたのじゃ。戒めと祈りが込められた供養を行おう、と。それが誠実祭の始まりと言われておる」
「へぇ。十年に一度、エイプリルフールに行う理由はご存じですか?」
「瓜子姫さまの命日が四月一日と伝えられておる。そして、誠実祭は消えない罪から目を逸らさないようにするための供養祭じゃ。毎年騒がしく行うものでもあるまい」
「なるほど」

 よくわかりました、と。イケメンは爽やかな表情で大きく頷く。

「罪に戒め、隠された歴史と供養。ここまでくると、答えは明白だ――」

 男はそこで言葉を句切り、意味深な微笑みを浮かべながら皆を見回した。

「僕たち瓜生島の住人は、その“天邪鬼の子孫”なんですね?」

 誰も何も言えない。
 ただ、この重苦しい雰囲気など一切考慮しないように笑う彼の目は、異様な好奇心に満ちていて、不気味なほど生き生きとしていた。
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