くもらせ君は彼女を曇らせる

くろふじ

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第1章 くもらせ君は美空を曇らせる

第9話

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 この島はかつて天邪鬼が姿を消したいわくの地。鬼の末裔まつえいが暮らすおとぎ話に起源を持つ島、か……。

 薄暗い部屋の中が嫌な沈黙で満たされる中、俺は内心首をひねっていた。

 そこまで驚くような話じゃない。
 俺がこの話を聞くのは二度目。冷静に分析できるだけの余裕はある。年寄り連中が色々口をつぐむ理由も、誠実祭について若者に詳細を語らない理由も、裏を知っていれば納得がいく。
 誰だって、先祖の過ちを、分別のつかない子供に語りたくはない。

 まあ、あまのじゃく“返り”という呪いを知る者としては今更すぎる問題だ。

 誠実祭で嘘を禁ずるのは過去の戒めのため。
 瓜子姫の名を口外しない習慣は彼女を神として崇めているから。そこまではいい。けど、それら根底には瓜子姫への強烈な恐れが見え隠れする。

 ――そこがおかしい。彼らは幻の存在を本気で怖がっている。

「曇良瀬さん」

 俺はめろんという不思議な存在を知っている。呪いという不可解な現象を知っている。

 そういった知識の下地があるからこそ、奇妙な歴史もある程度は受け入れられる。もし、これらと関わりがなけりゃ、自分はこんな話は鼻で笑っていたに違いない。
 なぜ、島の一部の連中はこんな突拍子もない言い伝えを信じている?
 もしかして、俺の知らない根拠となるものがまだ他に――

「それ、気になりますかぁ」

 ハッとして顔を上げ、一気に全身が凍りついた。
 目と鼻の先に雨宮しずくの顔。なぜか、彼女は長い特徴的な前髪を手で掴んでいた。

「やれやれ。最近の若いもんはこらえ性がなくていかんのう」
「ふ、ふふっ……だってお爺ちゃん。最初からこの二人はつもりだったんでしょう? 話は終わったのだから、そろそろ本題に入るべきじゃない……?」
「ふむ、それもそうだのう。頃合いか。すまぬな、しずくのお友達よ」
「え?」

 何だ? こいつらはいったい何を言っている?

「瓜生島の人間は鬼の子孫である。最初にがあると言ったであろう。儂らの家系には秘密があっての。代々の血族には希に、目にあまのじゃくの特徴が持つ者が現れる」
「……は?」

 俺の“あまのじゃく返り”の他に、あの鬼の特徴を持つやつがいる?

「百聞は一見にしかずじゃ、しずくよ」

 能面の爺さんの言葉に従い、雨宮さんは静かに前髪をかきあげた。

「っ!?」
「へぇ」

 血眼。

 ――いや、そんなレベルじゃない。瞳がすべて、真っ赤に染まっている! 
 一目でヤバいと感じる。意外に整った容姿も、目の下に浮いた濃いクマも、その瞳のインパクトに霞んでしまう。
 目が離せない。無性に惹きつけられる。

 これ、絶対に普通じゃない。

 瞳がこちらを見つめると、まるで心の中を直接“見られている”ような不安に襲われた。

「あまのじゃくは人に逆らう者である」

 爺さんがゆっくりと翁の面を外す。彼の目も雨宮しずくと同じ……いや、少しだけこっちの方が濃い? 
 年相応のシワの刻まれた顔に、深紅の瞳が不気味に輝いていた。

「人を手玉に取るなら、相手の心を読めばいい。つまり、あまのじゃくの目は、人の心を視る」
「ま、まさか……」
「左様。この瞳は特異な力を持つ。あの鬼とよく似たのう」

 自分でも顔が青ざめていくのがわかった。
 ……やべぇだろ。その話が本当なら、この人たちシャレになってない。俺には、絶対に人にバレちゃいけない秘密がある。

「――逃げよう、とでも考えたか?」
「な!?」
「……お爺ちゃん」
「ほほ、少々驚かせすぎたか。心配せんでいい。儂らの目は “本物”の劣化品。かの鬼ように、人の心を完全に読み取るような真似はできぬ」
「どういうことでしょう? さすがに一方的に心を覗くような行いに対しては、穏やかではいられません。僕らにはプライバシーがあり、知る権利がある。詳細な説明を求めます!」
「言葉通りの意味じゃよ。儂らとて、人の心などさしてわからぬ……そうだのう。少々、心の動きに敏感な目、といった具合じゃ」

 口では責めるようなことを言いつつ、目を輝かせるイケメンに、爺さんはあくまで淡々と語った。
 いわく、彼らの目は人の心の表層を不思議な“色”で視ることができるらしい。

「空模様を眺める感覚に似とる。好きなものは透き通っていて、苦手なものは黒く濁って映る。そんな風に、大雑把にじゃが心の動きが色で視える」
「ははっ、実に興味深い! 他にどんなことができるのでしょう? まさか、幽霊や神といった、超常のものなども視えたりするのですか?」
「そういった不思議な存在は、生まれてこの方視たことないのう」

 そう言いながら、赤目の老人は顎をなで、思案する素振りを見せた。

「あまのじゃくは人を騙して遊ぶ鬼じゃ。おそらく、この目はあくまで人間に働くものなのじゃろう」
「……いや、それでも凄い。だって、自分が他人にどう思われているか大雑把にわかる感じでしょう? 質問の仕方を工夫すれば、簡単に悪用できそうだ!」

 マジでそれ。
 それが本当ならまるで人間嘘発見器じゃないか。

 あ、待てよ?

「あの、詳細まで読み取れないんですよね? じゃあ、どうしてさっき俺が逃げようと考えてるって……」
「あぁ、君はあの時動揺しておったろう? ずいぶん目まぐるしく動く色が視えたのでのう。状況から、カマをかけたに過ぎぬ」
「そう、ですか」

 ……だからといって安心できるわけがない。この人たちが目の能力を偽っていても、こちらに確かめる術はないのだ。
 俺を一瞥いちべつした爺さんは、ゆっくりと目をつむり、疲れたように首を振った。

「残念ながら、お二方が思うような便利なものではない。儂らの奇抜な格好を見たじゃろう。この目のせいで、儂らもずいぶん苦しめられてきた」
「というと?」
「生まれてから得をしたためしがない。まだ幼き頃、“視えた色”の話を両親に尋ねた時、彼らの儂を見る目と“色”が未だ脳裏にこびりついて離れぬ」

 爺さんが言うには、雨宮家では赤い瞳を持つ赤子が希に生まれるらしい。
 虹彩の色が違うだけならカラコンで隠せるけど、見えるものが違うとなると話は別だろう。俺の呪いは自業自得だが、この人たちのそれは生まれつきなのだ。

「……」

 唇を噛み、考えていた言葉をぐっと飲みこむ。人に嫌われるのは辛い。身をもって体験しているからこそ、気持ちは痛いほどわかる。

「まあ、そこまであからさまな差別はない。何せ、万が一自分たちの家から儂らのような“先祖返り”が出れば、次はそやつらが迫害の対象になる」
「なるほど。明日は我が身というわけですね」
「ああ。それに一応対策も確立してある。実は、この能面の目の部分には多少細工がしてあっての――」

 何でも彼の言う対策とは、人を直視しないことらしい。視界に何らかの不純物が入ることで意識が逸れれば、色は視えなくなるようだ。
 各々に適した予防術。おそらくそれが、雨宮流厳にとっての仮面であり、しずくにとっての髪なのだろう。

 ……なるほどな。色々と納得した。

 島の一部の連中はこれらを知っていた。だからあんな突拍子もないおとぎ話を、島の歴史として受け入れている。
 もしかしたら、他にも不思議な力を受け継いでいる血筋があるのかもしれない。

 何ともいえない静寂が漂い、老人はその空気を切り裂くように口を開いた。

「そろそろ本題に入ろう」

 爺さんの声は穏やかだったが、その一言で空気が変わった。
 すべてはこの話を伝えるため。俺は、雰囲気から自分たちが招かれた理由を直感する。ちらりと周りを見ると、この場にいる全員が表情を引き締め、姿勢を正していた。

「我が家は、この目の事情や、家の場所が近いこともあって、神社の管理を任されておっての。無論、誠実祭にも関わっておるのだが――昨夜、しずくから聞き捨てならない話を聞かされた」
「……お二人で、妙な噂の話をされていましたよねぇ……?」
「っ!」


 あの噂、知ってる? 
 お祭りの日に嘘をつくと、その嘘が“本当”になるって話。
 

 まずい。まずい。まずい。
 バクバクと心臓が暴れ、冷や汗が背を伝う。何とか表情だけは取り繕うが、すぐに無意味だと悟った。

 “俺は関係ない! 勝手にこの男が話していただけだっ”

 そうシラを切っても無駄だろう。この人たちの目に、嘘は通じない。

「誰から聞いた?」

 嘘を許さぬ赤い瞳でにらまれ、王手をかけられる。ひと言も発せない雰囲気の中、俺は自分が呪われる原因となった噂の続きを思いだしていた。


 ――君はどう? 
 死に繋がる呪いを受ける覚悟で、願いが叶う嘘をつけるかな?


「これは、善意からの忠告じゃ。あの噂に深入りするな。さもなくば……」

 老人の顔が、ゆっくり不気味な笑みを浮かべる。その表情は、まるで生気を失った翁の面のように見えた。

「死ぬぞ」
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