くもらせ君は彼女を曇らせる

くろふじ

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第1章 くもらせ君は美空を曇らせる

第10話

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 誠実祭でついた嘘は真実へと変わる。

 ただし、“その者は代償として鬼へ返る” 

 俺が呪われる原因となった噂。あれを利用したことは今でも後悔していない。でも、心の奥底にしこりのように残る疑問は抱えていた。

 ――あの噂、俺は誰から聞いたんだっけ? 

 思い出そうとしても、なぜかそいつの顔が霧に覆われるように記憶から抜け落ちていた。



「死ぬ、とは穏やかではありませんね」

 青白い顔で不穏な言葉を口走る赤目の老人は、幽鬼のようだった。一見、柔らかい笑みを浮かべているが、その表情はどこか憔悴しょうすいしているようにも感じられる。

「理由を教えてもらえませんか? 僕は一応、善意のボランティアのつもりでここに来ています。記事を取りやめるにしても、何も知らないままでは判断がつかない」

 珍しく真面目な顔を作ったイケメンが爺さんを見つめていた。皆から注目を浴びた雨宮流厳は、白くなった髪をぐしゃぐしゃと掻き、項垂れるように口を開く。

「二十年前、とある事件があった」
 
 かすれた声は途切れ途切れで、深い後悔が伝わってきた。
 きっかけは、誰が広めたかも定かではない妙な噂からだったらしい。それは瓜生島に住む人なら眉をひそめるようなものだったが、あくまで噂。多くの人は気にもとめなかった。

 でも二十年前、前々回の誠実祭を経て状況は一変する。

「住人の女の子が一人、狂を発した」

 爺さんが語るに、その子は根が明るく、とても人当たりのいい人だったらしい。けど、そんな彼女は祭りの日を境に性格が激変してしまう。
 何かと卑屈になり、平気で嘘をつくようになった。あらゆるものに反抗的で、誰に対しても意地が悪く、自分本位の行動が目立つようになっていく。

 まさに正反対。もはや中身が別人になってしまったような変わり様に、誰かがぽつりと言う。

『あの子、“戻った”んじゃないか?』

「……皆がその子を無視した。相手はしずくと同じ年頃じゃというのに、いない者のように扱った……すべてが憶測。たかが、噂じゃ。今思えば、彼女だけに留まらず、皆が狂気に飲まれておったのかもしれね……」

 いわゆる村八分が起こった。
 島に根づいた歪な信仰と罪悪感が、排除すべき敵として一人の少女に狙いを定める。
 その子が自立した大人であれば、逃げるという選択肢もあったかもしれない。でも結局、居場所を失った女の子は自ら命を絶った。

 一種の集団ヒステリーだった、と老人は悲痛な顔でうつむいた。

「馬鹿げた、本当に馬鹿げた噂に踊らされて……儂らは……儂は……」

 なんだ、それ。

 全身が総毛立ち、心臓が異常な早さで脈打っていた。
 老人の告白を聞き、俺は今日一番の衝撃を受けている。寝耳に水な新情報で頭が上手く働かない。

  “先代の”あまのじゃく返り。

 その末路に戦慄する。
 正直“覚悟”はしていた。けど、実際に“そうなった事実”を他人から突きつけられるのは訳が違う。
 俺が動揺していると、ふわりと膝に慣れた気配を感じた。めろんが戻って来たのだ。

 ――おい、聞いてないぞ! 心の中で文句を言いながら視線を落とし……今度は、心臓が凍りつく。

 めろんは笑っていた。

 それも見たこともない満面の笑み。しかし、恍惚とした表情とは裏腹に、その瞳になぜか葛藤の色が見え隠れする。
 笑いながら泣いている。見ているだけで胸が苦しくなるような、哀しい笑顔かお
 絶句する俺の脳裏に、さっき聞いたおとぎ話がフラッシュバックする。

『愛娘を満足げに平らげる彼らを見て、鬼は満面の笑みを浮かべていたという』

 自分の欲求と戦っている?

 まるで天啓のようにそう思い至った瞬間、ぞくり、と背に震えが走った。
 ……やっぱりこの子、本当は……。

「あの噂はどうもきな臭い」

 誰かに相談したくとも、めろんの姿は皆に見えない。俺が小人に気を取られている間にも、男たちの会話は進んでいく。

「事件の引き金となったのは噂じゃ。故にその出所を探ったが、犯人は特定できなかった。まあ、それ自体は不思議ではない。当時は相当広まっておったからの」
「じゃあ、何がきな臭いんでしょう?」
「事件を知る者で箝口令かんこうれいを敷いた。お陰で、十年前の前回は何事もなく無事に終わっておる。じゃが……」
「当時を知る皆が口をつぐんでいて、知る人もいなくなった。なのに、どこからともなく噂がまた広まり出している」
「そういうことだ。厄介なことに島には儂らの目を始め、狂気の土台が存在しておる。広まる時はあっという間じゃろう」

 過ちは決して繰り返してはならぬ、と爺さんは皆を見回した。

「これは勘だが、どうにもあの噂には儂ら目に似た、普通ではない“気配”を感じる。当時の儂らはどう考えても異常だった。たとえば、あれに人の狂気を増幅させる効果があっても、儂は驚きはせんよ」
「……たとえそうでなくても、噂の出所は当時を知る者であり、そこには明確な悪意がある、か」
「そういうことだのう」

 うなずく老人に男は困ったように笑い、小さなため息をついた。

「ふぅ……仕方ありませんね。記事にするのは諦めます」
「よいのか?」
「あくまでボランティア活動でしたからね。僕も、将来的な村八分のリスクを増大させるような真似はしたくない」
「……すまぬな。なら、儂もお二人に噂を誰に聞いたのかは問わぬとしよう」

 「経験上、発生源の特定は厳しいだろうしのう」と、雨宮流厳は続けながら翁の面を被った。話は終わったと判断したのか、異様な笑みを浮かべていためろんも俺のバッグに潜り込んでしまう。

「今後、困ったことがあれば遠慮なく訪ねて欲しい。儂らは秘密を共有した同志なのだから」

 そう言って彼は俺に向かって右手を差し出した。とっさに握った手は思ったよりも細く、微かに震えている。最初に感じた異様な雰囲気はまったく感じない。

 ただ、普通の老人の右手のように思えた。



「曇良瀬さん」

 げっ。

 先に家を出たイケメンと入れ替わりで靴を履いている時だった。足がよくないという流厳の代わりに、見送りに来ていた雨宮しずくに声をかけられる。

「ふ、ふふふっ。あなたに伝え忘れたことがあって」

 勘弁してよ。今日はもう帰らせてくれ。
 ここに来て異性との一対一。懸念した直後、体は自由を失い、彼女に対して正反対のアクティブな俺が表面化する。

「お泊まりのお誘い? だったら大歓迎だよ。さっそく部屋に案内してくれるかな?」
「……」
「雨宮さん?」
「あのぅ、“それ”いったいなんですかぁ?」

 え?
 
「いつもは意識を前髪に集中しているのですが……昨日、あなたの態度が豹変した時、つい“視て”しまったんですよねぇ……それで、興味を持って……ずっと、隠れて視ていました。曇良瀬さんは常に暗い灰色に覆われている。孤独、不安、絶望……あなたはそんな色の人……」

 ぎょっとして雨宮さんを見つめる。すると、髪の毛の隙間から、すべてをあばく赤い瞳がこちらを覗いていた。

「不自然なほどフレンドリーなので、最初はよくあるイジメを疑いましたよ……でも、あなたの色は黒く濁った攻撃的な色じゃない……むしろ、うちを避ける色。これは辻褄が合わない……ふ、ふふっ、まさか自分の目を疑うなんて、思いもしませんでした……」

 ぞわっときた。

 心を丸裸にされるような感覚にぶるりと身震いする。一秒だってここにいたくない。だが、そう願えば願うほど、呪いで体はこの場に縛りつけられる。

「気づいていましたかぁ? 曇良瀬さんをこの家に招いたのは、その異常性を第三者に視てもらうためですよ……うふふ……おじいちゃんはうちより血が濃いせいか、目がいいですからねぇ……」

 ま、まさか、俺があまのじゃく返りだってバレたのか? 
 ……でも、それなら何で、あの爺さんは俺を普通に見送った?

「うふふふふ、安心してください。それどころではない“異常”を見つけたので、おじいちゃんは曇良瀬さんを見逃すことに決めました。よかったですねぇ……?」
「な、に?」

 それどころじゃない異常?

「……なまえ……」

 名前? 
 反射的に尋ね返すと、雨宮さんがぐっと顔を近づけてきた。思わず仰け反りそうになる俺に、彼女は耳元でささやくように呟く。

「もう一人の彼……」
「ちょっ!? え? か、彼? あのイケメンの人? あの人が、ど、どうしたの?」
「■■■■■■■■」
「は?」

 少しの間、何を言われたのか分からなかった。
 だが、次第に事の重大性を認識して顔が引きつり、思わず彼女を二度見する。

「……それ、マジ……?」
「嘘をつく理由はないですねぇ……」
「は、はは、冗談キツいって……」

 俺は、昨日からポケットにしまったままだった紙くずを広げ、凝視した。
 
 ――手に負えない。それが事実ならすべてが覆る。

 さっきから足元がぐらぐらと揺らぐ感覚に襲われていた。次の瞬間にでも落ちる、朽ちた吊り橋にも立っている気分。

 震える手から名刺が滑り落ちる。そのままたまらず膝に手をついて、乱れる呼吸を必死に繰り返す。

 意味がわからない。目的がわからない。そして――まるで理解できない。

 いったい何が正しくて、誰が嘘をついているのか。
 俺にはもう、わからない。

「……やっぱりあなたは灰色の人。灰色に対となる色は存在しない……心が動揺すると、おかしな行動も抑制されるようですねぇ……」

 その言葉ですっと心が冷えていく。

 ――それでもやらなきゃいけない。

 立ちふさがる障害が何であっても、俺は最後までやり遂げると決めたのだ。
 ゆっくりまぶたを持ち上げる。雨宮さんは、いつの間にか手にしていた人形の頭を撫でながら、チラチラ見え隠れする瞳でジッと俺を見つめていた。
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