くもらせ君は彼女を曇らせる

くろふじ

文字の大きさ
11 / 15
第1章 くもらせ君は美空を曇らせる

第11話

しおりを挟む

 この島には科学では説明のつかない神秘が存在する。俺の呪い、めろんの存在、雨宮の目……これらはすべて科学では証明できない。
 けど、それらの異常も “嘘が本当に変わる”という突出した超常の前にはかすむ。

 “実は俺、億万長者なんだよね”

 たとえばそんな馬鹿げた嘘だってきっと本当に変わってしまう。
 世界すらも騙してしまう壮大な嘘。それはもはや魔法の領域といっていい。
 でも、俺は知っている。それは奇跡なんかじゃない、何かもっと恐ろしい代物だってことを……。



 外で待っていた男と雨宮の敷地を出ると、俺たちはしばらく無言のまま歩き続けた。やがて彼は突然立ち止まり、にこりと俺に微笑んでみせる。

「君には白状するけどね、あの日、僕は正式な手順で回ってみたんだよ。でもさ、何故か嘘は本当に変わらなかった。どうしてだろうね?」

 さっきから冷や汗がとまらない。俺は強張りそうになる顔を悟られないよう、何とか平静を装って男と向かい合った。

「あ、誤解しないでね。約束通り記事は取りやめるし、噂を広めるつもりはない。でも、あの家で秘密を共有した仲間同士、議論するくらいは許されると思うんだ。そうだろう?」
「……」
「たぶん、亡くなった女の子は嘘を叶えてしまったんだろうな……」

 ぎょっとして顔を跳ね上げる。
 いきなり何言い出してんだ、こいつ? 
 
「仮にだよ? もし、噂が真実だとして、君は誠実祭でつく嘘が、無条件に本当に変わってしまうと思うかい?」
「ありえないです」
「そうだね。今までも誠実祭に嘘を試したひねくれ者はいたはずだ。でも、“それ”が現実に起こったなんて話は聞いたことがない」

 男の声は妙に穏やかで、逆に不安が増していく。

「あ、当たり前ですって。あくまで都市伝説みたいな噂なんですよ?」
「都市伝説か。さらに言えば、瓜生島の歴史はおとぎ話として伝わっている。ね、何だか似てると思わない?」
「なにがですか?」
「どちらも現実と非現実の境界が曖昧なものだろう。たぶん、この二つは何か関係があるんじゃないかな?」

 ……誘ってる。
 犯人をジワジワ追いつめる探偵みたいなやり口。

 たぶん、こいつは俺の失言を期待してこの話題を振っている。

「おそらく嘘を本当に変えるには“おとぎ話をなぞる”必要がある。たとえば、誠実祭の日に瓜子姫の前で嘘をつく、とかね」
「……」
「ふふ、じゃあ質問を変えようか」

「――君、彼女に会った?」

 どうする? どう答えるのが正解だ?
 パニックで白く染まっていく俺の脳は、めろんに助けを求めて抱えたバッグに目を走らせた。


 嘘が本当に変わる。
 めろんいわく、それはこの島に積み重なった人々の罪悪感と、妄執もうしゅうの念が生む超常現象だという。

 “瓜子姫の前で嘘をつくことは許されない” 

 そう刻まれた人々の積年の思いが、嘘を真実に塗り替える。
 でも、それは奇跡なんかじゃない。代償は重く、嘘つきには“想い”のわざわいが降りかかる。

 “瓜子姫の前で嘘をつくものは人ではない”

 その結果、古の鬼の血が目覚め、嘘をついた者は先祖返りを起こしてしまう――それがあまのじゃく返りと呼ばれる、呪いの正体だと彼女は俺に教えてくれた。


「……なんてね」
「え?」
「驚いたかい? ぜーんぶ、冗談さ! 僕はべつにオカルトライターじゃないんだ。普通に考えて、嘘が本当に変わるなんて現象、起こるはずないだろう?」

 男は目を細め、口元を緩ませる。そして、出会った時から何一つ変わらない、誰もが人好きのする笑みを浮かべ、俺を見た。

 ぞわぞわと背を虫が這うような怖気に襲われる。

 まるで、壊れたロボットだった。

 感情を知らない機械が、ただ義務的に笑顔を人に向ける空虚さ。彼の表情からは、およそ人間味が感じられない。

 思えば、ずっと男は笑っていた。
 悲惨な瓜子姫の末路、人との違いに苦しむ雨宮の葛藤、未成年が犠牲になった二十年前の事件……どれも目を背けたくなる悲劇。
 なのに、話を聞く男はまるで喜劇を楽しむように微笑んでいた。

 もう、こいつに関わっちゃいけない。

「すいません。そろそろ門限なんで……」
「ちょっと待って。最後にこの質問にだけは答えてよ」

 勢いで逃げだそうとしていたが、出鼻をくじかれ足を止める。
 
 くそっ。聞こえないフリをすればよかった。
 こうなっては無視できない。俺は眉を寄せ、男を振り返る。

「君は――……昨今の、男女平等についてどう思う?」

「はぁ?」

 思わず男を二度見した。

 こいつは何を言ってるんだ? 
 あまりに唐突で、意味不明な質問。もしかして、俺を揶揄からかっているのか? でも、ピリピリとヒリつく空気は、男の真剣さを訴えている。適当に言葉を濁すことはできそうもない。

「あ、あくまで一般論ですけど。性別であからさまに態度を変えたりするのは、良くないんじゃないですか?」

 一刻も早くここから離れたい俺は、本心からそう答えた。

「あぁ……ありがとう。僕もね、心の底からそう思う」

 にっこりと満面の笑みを浮かべる男に、再び全身が総毛立つ。

 ……気味が悪い。これ以上付き合ってられるか。俺は、満足そうに何度も頷く男に軽く会釈し、足早にその場を後にする。
 途中、気になって肩越しに振り返ると、男はまだ満面の笑み浮かべたまま、まるで時が止まったかのように立ち尽くしていた。



「はぁ、はぁ……ふぅー。ったく、何だったんだよ、あれ……」

 よく見慣れた通学路の自販機を目にし、ようやく足を緩める。俺は再び後ろを振り返り、安全を確認しつつ呼吸を整えた。

「まったく、冗談じゃない」

 ゆっくり頭を振って両腕をさする。男の最後の笑みが記憶にこびりついて離れない。このままだと今夜、夢にまで出てきそうだった。
 とにかく、今は誰かと話をして安心したい。
 
「あ、そうだ。めろんはどう思う? あの人、絶対普通じゃないよな?」
「……」
「あれ? 聞こえなかったかな……めろん? おーい、めろんさーん?」

 肩に提げたバッグに声をかけても返答はない。
 それどころか、半開きにしているファスナーの奥は暗くて、生き物のいる気配はまるで感じられなかった。

 ……変だな。いつもは放っておいて欲しい時でさえ絡んでくるクセに。

 ここまで静かだとさすがに心配になってくる。

「そういえば、あの家でも何か様子がおかしかったっけ」

 あまりにイケメンのインパクトが強すぎて忘れていた。
 ともかく、一緒に家に帰る以上、このまま放置はまずいだろう。俺は深く考えず、ゆっくりとファスナーに手をかける。

「なぁ、いったいどうした――――え?」
「っ」

 中で膝を抱えていためろんと目が合う。彼女はすぐ顔を伏せるが、自分の見たものが信じられない俺は、続く言葉を失った。

 めろんは泣いていた。

 一瞬だったが、目を真っ赤に腫らし、必死に声を殺す姿を見間違えるはずがない。

「え、えーっと」
「……」
「う、なんかその……ごめん」

 自然と指から力が抜け、ファスナーから手がすべり落ちる。

 ど、どうしよう? 俺、もしかしてやっちゃった? いや、何もやってないはず……何もやってないよな?  

「……あ、あのー。悩みがあるなら相談にのるけど、どう?」

 自分でも頼りないと思う提案は予想通りスルーされ、俺は途方にくれながらも確信を深めていた。 
 
 きっと、この子はとても大きな秘密を抱えている。

 ずっと気になっていた。
 時折めろんの目に宿るほの暗い光……瓜子姫にとって嘘は絶対のタブーだ。そして、めろんの俺に対する冷たい態度、あれが誠実祭で嘘をついた俺への当てつけだとしたら。

 あの祭り日から繰り返される、ちぐはぐで不可解な行動はどんな意味を持ち、いったい何を企み、なにゆえ俺につきまとうのか。

 確信めいた予感がある。
 亀裂の入った人間関係ではなく、何もかもが怪しいあの男でもなく――めろんの抱えている秘密こそ、俺に最悪の結果をもたらす、そんな予感。

「ふぅ」

 悩めば悩むほど八方塞がりな状況に気が滅入ってきた俺は、だだっ広い空に助けを求めた。
 顔を上げると、どす黒い雲が所々に散らばる不穏な夜空が広がっている。まるでモザイクがかかったような空模様は、隠しごとばかりの誰かのようで、俺は何となく笑ってしまった。

「――いつか。話せる時が来たら話してほしい。こんな俺が役に立つかわからないけどさ、誰かに聞いてもらうだけでも、楽になることってあるよ」

 ゆっくりバッグを撫でながら、家に向かって歩き出す。

 とある嘘を本当に変えて呪われた。
 女子に嫌われ、男子に避けられ、社会からはじき出されそうになりながら、よくわからない存在にまで隠しごとをされている。

「はは、我ながらひどい状況だよね。対して、こっちの勝利条件はめちゃくちゃシビアときてる」

 たとえ世界を敵に回したとしてもこの嘘だけは貫き通す。その上で、嘘の内容を“みそらにだけは”知られちゃいけない。

「それでも俺はやる。絶対にやりとげてみせる。そのためなら――――」

 目をつむって心の底から願う。

『願わくばどうかこの嘘の果て、彼女へ幸せが訪れますように』

 ――――たとえ鬼になったって構わない。

 俺は決意を固め、暗雲が立ちこめる未来を見すえながら、孤独な夜の道を一人進んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...