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第1章 くもらせ君は美空を曇らせる
第11話
しおりを挟むこの島には科学では説明のつかない神秘が存在する。俺の呪い、めろんの存在、雨宮の目……これらはすべて科学では証明できない。
けど、それらの異常も “嘘が本当に変わる”という突出した超常の前には霞む。
“実は俺、億万長者なんだよね”
たとえばそんな馬鹿げた嘘だってきっと本当に変わってしまう。
世界すらも騙してしまう壮大な嘘。それはもはや魔法の領域といっていい。
でも、俺は知っている。それは奇跡なんかじゃない、何かもっと恐ろしい代物だってことを……。
外で待っていた男と雨宮の敷地を出ると、俺たちはしばらく無言のまま歩き続けた。やがて彼は突然立ち止まり、にこりと俺に微笑んでみせる。
「君には白状するけどね、あの日、僕は正式な手順で回ってみたんだよ。でもさ、何故か嘘は本当に変わらなかった。どうしてだろうね?」
さっきから冷や汗がとまらない。俺は強張りそうになる顔を悟られないよう、何とか平静を装って男と向かい合った。
「あ、誤解しないでね。約束通り記事は取りやめるし、噂を広めるつもりはない。でも、あの家で秘密を共有した仲間同士、議論するくらいは許されると思うんだ。そうだろう?」
「……」
「たぶん、亡くなった女の子は嘘を叶えてしまったんだろうな……」
ぎょっとして顔を跳ね上げる。
いきなり何言い出してんだ、こいつ?
「仮にだよ? もし、噂が真実だとして、君は誠実祭でつく嘘が、無条件に本当に変わってしまうと思うかい?」
「ありえないです」
「そうだね。今までも誠実祭に嘘を試したひねくれ者はいたはずだ。でも、“それ”が現実に起こったなんて話は聞いたことがない」
男の声は妙に穏やかで、逆に不安が増していく。
「あ、当たり前ですって。あくまで都市伝説みたいな噂なんですよ?」
「都市伝説か。さらに言えば、瓜生島の歴史はおとぎ話として伝わっている。ね、何だか似てると思わない?」
「なにがですか?」
「どちらも現実と非現実の境界が曖昧なものだろう。たぶん、この二つは何か関係があるんじゃないかな?」
……誘ってる。
犯人をジワジワ追いつめる探偵みたいなやり口。
たぶん、こいつは俺の失言を期待してこの話題を振っている。
「おそらく嘘を本当に変えるには“おとぎ話をなぞる”必要がある。たとえば、誠実祭の日に瓜子姫の前で嘘をつく、とかね」
「……」
「ふふ、じゃあ質問を変えようか」
「――君、彼女に会った?」
どうする? どう答えるのが正解だ?
パニックで白く染まっていく俺の脳は、めろんに助けを求めて抱えたバッグに目を走らせた。
嘘が本当に変わる。
めろんいわく、それはこの島に積み重なった人々の罪悪感と、妄執の念が生む超常現象だという。
“瓜子姫の前で嘘をつくことは許されない”
そう刻まれた人々の積年の思いが、嘘を真実に塗り替える。
でも、それは奇跡なんかじゃない。代償は重く、嘘つきには“想い”の禍が降りかかる。
“瓜子姫の前で嘘をつくものは人ではない”
その結果、古の鬼の血が目覚め、嘘をついた者は先祖返りを起こしてしまう――それがあまのじゃく返りと呼ばれる、呪いの正体だと彼女は俺に教えてくれた。
「……なんてね」
「え?」
「驚いたかい? ぜーんぶ、冗談さ! 僕はべつにオカルトライターじゃないんだ。普通に考えて、嘘が本当に変わるなんて現象、起こるはずないだろう?」
男は目を細め、口元を緩ませる。そして、出会った時から何一つ変わらない、誰もが人好きのする笑みを浮かべ、俺を見た。
ぞわぞわと背を虫が這うような怖気に襲われる。
まるで、壊れたロボットだった。
感情を知らない機械が、ただ義務的に笑顔を人に向ける空虚さ。彼の表情からは、およそ人間味が感じられない。
思えば、ずっと男は笑っていた。
悲惨な瓜子姫の末路、人との違いに苦しむ雨宮の葛藤、未成年が犠牲になった二十年前の事件……どれも目を背けたくなる悲劇。
なのに、話を聞く男はまるで喜劇を楽しむように微笑んでいた。
もう、こいつに関わっちゃいけない。
「すいません。そろそろ門限なんで……」
「ちょっと待って。最後にこの質問にだけは答えてよ」
勢いで逃げだそうとしていたが、出鼻をくじかれ足を止める。
くそっ。聞こえないフリをすればよかった。
こうなっては無視できない。俺は眉を寄せ、男を振り返る。
「君は――……昨今の、男女平等についてどう思う?」
「はぁ?」
思わず男を二度見した。
こいつは何を言ってるんだ?
あまりに唐突で、意味不明な質問。もしかして、俺を揶揄っているのか? でも、ピリピリとヒリつく空気は、男の真剣さを訴えている。適当に言葉を濁すことはできそうもない。
「あ、あくまで一般論ですけど。性別であからさまに態度を変えたりするのは、良くないんじゃないですか?」
一刻も早くここから離れたい俺は、本心からそう答えた。
「あぁ……ありがとう。僕もね、心の底からそう思う」
にっこりと満面の笑みを浮かべる男に、再び全身が総毛立つ。
……気味が悪い。これ以上付き合ってられるか。俺は、満足そうに何度も頷く男に軽く会釈し、足早にその場を後にする。
途中、気になって肩越しに振り返ると、男はまだ満面の笑み浮かべたまま、まるで時が止まったかのように立ち尽くしていた。
「はぁ、はぁ……ふぅー。ったく、何だったんだよ、あれ……」
よく見慣れた通学路の自販機を目にし、ようやく足を緩める。俺は再び後ろを振り返り、安全を確認しつつ呼吸を整えた。
「まったく、冗談じゃない」
ゆっくり頭を振って両腕をさする。男の最後の笑みが記憶にこびりついて離れない。このままだと今夜、夢にまで出てきそうだった。
とにかく、今は誰かと話をして安心したい。
「あ、そうだ。めろんはどう思う? あの人、絶対普通じゃないよな?」
「……」
「あれ? 聞こえなかったかな……めろん? おーい、めろんさーん?」
肩に提げたバッグに声をかけても返答はない。
それどころか、半開きにしているファスナーの奥は暗くて、生き物のいる気配はまるで感じられなかった。
……変だな。いつもは放っておいて欲しい時でさえ絡んでくるクセに。
ここまで静かだとさすがに心配になってくる。
「そういえば、あの家でも何か様子がおかしかったっけ」
あまりにイケメンのインパクトが強すぎて忘れていた。
ともかく、一緒に家に帰る以上、このまま放置はまずいだろう。俺は深く考えず、ゆっくりとファスナーに手をかける。
「なぁ、いったいどうした――――え?」
「っ」
中で膝を抱えていためろんと目が合う。彼女はすぐ顔を伏せるが、自分の見たものが信じられない俺は、続く言葉を失った。
めろんは泣いていた。
一瞬だったが、目を真っ赤に腫らし、必死に声を殺す姿を見間違えるはずがない。
「え、えーっと」
「……」
「う、なんかその……ごめん」
自然と指から力が抜け、ファスナーから手がすべり落ちる。
ど、どうしよう? 俺、もしかしてやっちゃった? いや、何もやってないはず……何もやってないよな?
「……あ、あのー。悩みがあるなら相談にのるけど、どう?」
自分でも頼りないと思う提案は予想通りスルーされ、俺は途方にくれながらも確信を深めていた。
きっと、この子はとても大きな秘密を抱えている。
ずっと気になっていた。
時折めろんの目に宿るほの暗い光……瓜子姫にとって嘘は絶対のタブーだ。そして、めろんの俺に対する冷たい態度、あれが誠実祭で嘘をついた俺への当てつけだとしたら。
あの祭り日から繰り返される、ちぐはぐで不可解な行動はどんな意味を持ち、いったい何を企み、なにゆえ俺につきまとうのか。
確信めいた予感がある。
亀裂の入った人間関係ではなく、何もかもが怪しいあの男でもなく――めろんの抱えている秘密こそ、俺に最悪の結果をもたらす、そんな予感。
「ふぅ」
悩めば悩むほど八方塞がりな状況に気が滅入ってきた俺は、だだっ広い空に助けを求めた。
顔を上げると、どす黒い雲が所々に散らばる不穏な夜空が広がっている。まるでモザイクがかかったような空模様は、隠しごとばかりの誰かのようで、俺は何となく笑ってしまった。
「――いつか。話せる時が来たら話してほしい。こんな俺が役に立つかわからないけどさ、誰かに聞いてもらうだけでも、楽になることってあるよ」
ゆっくりバッグを撫でながら、家に向かって歩き出す。
とある嘘を本当に変えて呪われた。
女子に嫌われ、男子に避けられ、社会からはじき出されそうになりながら、よくわからない存在にまで隠しごとをされている。
「はは、我ながらひどい状況だよね。対して、こっちの勝利条件はめちゃくちゃシビアときてる」
たとえ世界を敵に回したとしてもこの嘘だけは貫き通す。その上で、嘘の内容を“みそらにだけは”知られちゃいけない。
「それでも俺はやる。絶対にやりとげてみせる。そのためなら――――」
目をつむって心の底から願う。
『願わくばどうかこの嘘の果て、彼女へ幸せが訪れますように』
――――たとえ鬼になったって構わない。
俺は決意を固め、暗雲が立ちこめる未来を見すえながら、孤独な夜の道を一人進んでいった。
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