真巨人転生~腹ペコ娘は美味しい物が食べたい~

第230話 水竜王神との決着

　空を切り裂くように飛び回るアタが、水竜王神の巨大な頭を挑発し続けていた。その隙を突いて、ネルは秘薬玉を2つ取り出し、キュウベイとモロに向かって投げつける。

　「キュウベイ、モロ！　これを使って！　かすり傷でもいいから回復！」

　「へい、姉御！」

　「ガウッ！ 了解だよ！」

　駆け寄ったキュウベイとモロは秘薬玉を受け取ると、即座に傷を癒す。

　「姉御、どうしやすか」

　「ガルルル……アタは速いけど、あの化け物には勝てない。　すぐ撃ち落とされてしまうよ」

　「分かってる。　よし……キュウベイ、ハルバートの先に乗って。　アタの背中に飛び移ったら、私の合図まで水竜王神を引き付けておいて！」

　ネルは巨大なハルバートを地面に構え、刃先にキュウベイが軽やかに飛び乗る。

　「了解でさぁ！」

　「モロは私の肩に乗って。　まずはキュウベイを飛ばす！　キュウベイ、アタをお願いね！」

　「お任せを！」

　ネルが力強くハルバートを振り上げると、キュウベイはまるで矢のようにアタへと吹き飛んだ。

　「アター！　キュウベイと合流ー！　私の合図まで攻撃を続けててー！」

　「カァーーー！　我が主の命、しかと承りましたぞ！」  

　漆黒の翼を翻したアタは、飛んできたキュウベイを鮮やかにキャッチした。

　その背にしっかりと乗せると、雷を纏った高速飛行で水竜王神を翻弄し続ける。

　「カッカッカッカッ！　小鳥ごときがチョロチョロと目障りだ！　背中の超越者ごとまとめて死ねぇ！」

　水竜王神が咆哮と共に大口を開けると、無数の鋭い水の槍が弾幕となって襲いかかる。

　アタはそれを必死に回避しつつ、キュウベイが叫んだ。

　「アタ、避けきれねえのは俺が撃ち落とす！　回避に専念しろ！」

　「承知した！　空は我らの領域、この程度は朝飯前です！」

　アタが華麗に舞い、回避不能な槍をキュウベイが弓で次々と撃ち落とす。　水竜王神は苛立ちを募らせ、アタとキュウベイばかりを執拗に狙い続けた。

　「よし、今だよモロ！　さっき言った通りにお願い！」

　「ガウッ！　友よ、任せてくれ！」
  
　ネルの肩に飛び乗ったモロが、風魔法の準備を始める。　一方、ネルはハルバートを砂浜に突き刺し、両拳を打ち鳴らして気合いを入れた。

　《ーー警告。　秘薬玉の補充で無茶が可能なのは理解できますが、貴女の計画は危険すぎます》

　（うるさいな、分かってるよ。　でもこの化け物を倒さないと、私の仲間が……美味しいサーモンをくれたトロールたちが生きていけないんだ。　なら、やることは一つしかない。　鑑定も腹を括りなさい）
  
　《ーー否定。　腹を括る肉体は私にはありませんが……ふふ、やはり貴女とクウは似ていますね。　地竜王神戦でも勝率を伝えましたが、クウは笑ってました》

　（うるさいったら！　別の存在になったとか言っておいて、都合のいいことばかり言うんだから。　私はアイツとは違うし、似てない。　でも……アイツが無茶した理由が分かる。　だから、やらせて）
  
　《ーー了解。　私は貴女と共に》 
 
　鑑定の言葉に小さく笑ったネルは、目を閉じる。

　怒りを呼び覚ますため、狂気を滾らせるため、溶岩のように燃え盛る憤怒を心の底から引きずり上げるためだ。

　――父と母が殺された瞬間。　父の最期、母の願い、そして地に伏した祖父の姿。

　（誰がやった？　誰が裏切った？　誰が誰が誰が誰が！　憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い！！）  

　自ら怒りを呼び起こしたネルの赤髪が炎のように揺らめき、両拳からは煙が立ち上る。

　そして、仇である転移者たちの顔を思い出した瞬間、ネルは目を見開き、歯を食いしばった。

　「必ず……必ず殺してやる！　でも今は、仲間を守りたい！　だから、私の言う事を聞きなさい！　はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！！！」 

　紅く輝く目が爛々と燃え、両拳が遂に真っ赤に燃え上がる。 
 
　《ーー発動。スキル憤怒の拳発動を確認。　HPの減少を確認。　ネル、急いで！》

　「モロ、お願い！！」

　「アォーン！ 行くよ！　ウィンドトルネード！！」
  
　モロが全力で風魔法を放つと、ネルの足元から爆風が巻き上がり、ネルを水竜王神の首へと一気に押し上げた。

　「えぇぇぇい！　小賢しい虫けらどもが！　だが八咫烏といえど、まだまだ弱いな。　我に致命傷を与える力も無い雛同然よ！　カッカッカッ！　雷魔法が使えるのが唯一の取り柄なのに、無念よなぁ！」  

　水竜王神はアタとキュウベイを水魔法で執拗に攻撃し続けるが、その油断が命取りとなる。

　「はぁぁぁぁぁ！　このヌルヌルした気持ち悪い海蛇め！ 憤怒の炎で燃えて死んじゃぇぇぇぇ！！」  

　爆風に乗って跳躍したネルは、水竜王神の巨大な首に燃え盛る拳を叩き込む。

　一撃で粘膜が吹き飛び、鱗が砕け、皮膚が焼け爛れた。

　「ふん、ざまぁみろ！　アタ！　キュウベイ！　粘膜の剥がれたところを狙ってー！」
  
　ネルは拳を振り抜いた反動で海へと落下するが、その両手はなおも炎に包まれている。

　「シャルルギャァァァァッ！？　何！？　どうやってこの高さに！？　おのれ、よくも我が首に傷を……な！？　この炎はなんだ！？」  

　水竜王神が悲鳴を上げ、海水で炎を消そうと首を浸すが、憤怒の炎は消えるどころか勢いを増して燃え広がる。

　「あり得ん！　何だこの炎は！　貴様、巨人風情が神たる我に何をしたぁぁぁぁ！」  

　水竜王神が悶え苦しむ中、ネルを丸呑みにしようと大口を開けて海面に迫った。

　《ーーネル！》

　「大丈夫だよ、鑑定」  

　危機的状況でさえ、ネルは不敵に笑う。　その視線の先――真上からアタとキュウベイが急接近している事を気配察知で知っているからだ。

　「カァーーー！　キュウベイ殿、全力ですぞ！ 　嘴突貫！」

　「はぁぁぁぁぁ！！ 狙撃！」  

　雷を帯びたアタが弾丸のように水竜王神のうなじに突撃し、そこにキュウベイの全力の矢が突き刺さる。傷口が爆発的に裂け、鮮血が噴き出した。

　「シャルルギャァァ！？　次から次へと！　ぬがぁぁぁ！」
  
　ネルを飲み込もうとした水竜王神が激痛に顔を歪める。　アタとキュウベイは傷口にしがみつき、離れない。

　「カァー！ キュウベイ殿、傷口に雷魔法を叩き込みます！ もっと広げてください！」

　「任せな！ 速射速射速射速射速射！！」  

　腕から血が噴き、弓が軋むがキュウベイは止まらない。

　「止めろぉぉぉ！　我を誰だと思っている！　世界の海を統べる神だぞ！　に、逃げねば！」  

　命の危機を感じた水竜王神が深海へ逃げようとするが、ネルはそれを許さない。

　「逃がさないよ！　モロ、風魔法で炎を広げて！」

　「ガウッ！　水竜王神よ。　友の大集落を滅ぼした恨み、晴らさせてもらうよ！　ウィンドトルネード！」  

　モロの風魔法が憤怒の炎を煽り、炎は一気に水竜王神の首全体を覆い尽くす。  

　「シャルルガギャァァッ！　熱い、熱い！　痛い、痛い！　何故だ、何故我が負ける！　嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ！」

　神の威厳を捨てた水竜王神が悲鳴を上げるが、もはや手遅れだ。

　「アタ、最後だ！」

　「カァー！　承知しましたぞ！　水竜よ、貴様らが我が父の故郷を滅ぼした仇――今ここで討つ！　極雷爆砕！！」  

　アタが全身に雷を纏い、傷口に最大出力の魔法を叩き込む。

　瞬間、水竜王神の首が内部から爆発し、轟音と共にその巨大な頭が吹き飛んだ。

　「シャルルギャァァァァァァッ！！」

　顔が無残に宙を舞い、浜辺にドスンッと落下し、長い胴体は力を失ってゆっくりと海の底へと沈んでいった。

　「やった……やったよ！　あちち！」

　«ーー何かがおかしい……。　いえ、後にしましょう。　ネル、落ち着いて深呼吸し怒りを鎮めて下さい»

　ネルは鑑定の言う通り深呼吸し、肩まで到達していた憤怒の炎を消す。　両腕は火傷で爛れており、激痛が走る。

　「あがっ？！　モロ、秘薬玉持ってきてー！」

　「キャウン？！　ネル、腕が殆ど炭になってるじゃないか！」

　モロは急ぎ皮袋から秘薬玉を取り出してネルの腕に塗り付けた。　塗った場所からは水蒸気が噴き出し、止んだ後には火傷の跡すら残らず消えていた。

　「ふ～……痛かった～」

　「ガウッ！　ネル、無茶し過ぎだよ！！」

　ネルはモロに叱られながらも笑う。　すると、アタとキュウベイが空から降り来た。

　「カァー！ 我が主、勝利ですぞ！」

　「ネルの姉御！　もう痛みは無いですか？！」

　「えへへ、ありがとうキュウベイ。　もう大丈夫だよ。　それに、アタも来てくれてありがとう」

　「アォーンッ！　何はともあれ、誰も犠牲にならなくて本当に良かったよ！」
  
　仲間たちの歓声が響き合い、ネルは静かに呟いた。

　「これで……トロール達の未来を守れたかな」  

　水竜王神が大暴れしたせいで、海に沈んだ大集落の残骸を見つめながら。