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78. ノア視点 魔王との密談
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「……まったく。信じられませんね」
目の前に突如として現れた、不機嫌極まりない表情の我が王に向かい、私は遠慮なくそう言った。
「黙れ、ノア」
魔王の執務室の中は、帳が下りたかのように、ズン……ッと暗くなる。
もしも、普通の人間が此処に居たのならば、息を吸うことすら出来ないだろう。この程度で、臆する私ではないと知っている魔王は、更に威圧を強めてくる。
「いいえ、黙りません。説明していただきたい……我が王よ」
ヒナに顔を近付けた途端、目の前には主である魔王の魔力が広がった。
瞬きをすれば景色は一変し、見慣れた執務室に転移していたのだ。
……やはり、あれをヒナへ附与したのだろう。
「あれは、妃となる御方に与えられる印の筈ですが? 肝心のヒナ本人が、理解していないとは……呆れて何も言えません」
「その割には、よく喋るな」
魔王は、しれっとした顔で言う。
「屁理屈は結構です。すぐにでも外すか、ヒナへの説明をすべきです。……魔王の妃となれば、もう二度と人間への生まれ変わりが出来なくなるのだと」
だからこそ――。
魔王は今までその印を、彼女に与えられなかったのだ。ならば、何がそうさせたのか。考えられるのは、バスチアンの存在だが。
「あれはまだ……仮初めの印だ」
「閨の儀が済んで、初めて成立するもの。そんな事は、百も承知しております。ですが、半分以下とはいえ……魔王の力を保有している、今の状態が天界にバレたら」
魔族として魔界に落とされるか――魂の回収が早まるかのどちらかだ。
今のヒナの魂を回収させない為には、早急に閨の儀を執り行うしかない。
ただし、そうなれば人間としての生活はもう出来なくなると考えるべきだ。我々が成り済ますのとは違い……人間が魔王の妃ともなれば、天界からも厳しく監視されてしまう。
「問題ない。あれを発動することは、ビーチェにはまだ出来ぬ」
「まさか……」
「新しい印を作った。だから、仮だと言っている。時代と共に変化する……人間界のようで面白いだろう?」
愉快そうに魔王の唇は弧を描く。
言葉を失ってしまった。
あれは、先王が己の妃を守り、分け与えられた魔王の力を他者に利用されないためのもの。御守りでもあり、枷でもある。
その為、複雑な術式で受け継がれてきた。それを、いとも簡単に組み換えてしまうとは……。
「だから、あれを使えるのは……まだ私だけだ。まあ、多少はビーチェにも相互作用はあるだろうが。断片的であれば、奴らも気づかん。それに、ビーチェの意思を無視して、妃にするつもりはない」
「つまり、私を此処へ転移させたのは……」
「ノア。ビーチェに勝手に触れるのは……許さんぞ」
印を使い、ヒナの視界に入るものを魔眼で共有していたのか。相手の動向を見て、魔王自身が逸早く発動させていたとは。どこが彼女の意思を尊重しているというのか……まったく!
「そんなに、独占欲が強いと……ヒナに嫌われますよ」
「なっ!? ……嫌われる、だと?」
愕然と呟く。
「ええ、確実に」
極上の笑みを返しておく。
この世には、束縛を好む者もいれば、そうでない者もいる。ヒナはたぶん後者だ。
魔王の動揺で、突風が吹き荒れ、執務室の書類の数々が空中を舞ったが……まあいい。たまには、反省も必要だ。
トントン――と、扉をノックした侍女頭が、お茶の準備が整ったと呼びに来た。
「先程ロラン様がお戻りになり、これから姫様がいらっしゃるそうです」
「……うむ」
心ここにあらずといった具合か。強張った表情の魔王と共に、サロンへと移動した。
「もう一つ、我が王に確認したい事がございます」
先程の「嫌われる」の一言が効いているのか、こちらを見ようともしない。
「あちらの城で……ヒナがバスチアンに捕まった時、レンに幻影を見せましたね?」
「…………」
「肯定ととっておきましょう。やはり、彼にはもう時間がないのでしょうか?」
「ノア……お前こそ。それを分かっていて、わざとビーチェの名を呼び間違えたのだろう?」
「流石、我が王です。お気づきでしたか」
やはり……レンが元の世界に帰るまでの猶予は、あまり無いようだ。
「ええ、わざとです。可愛いヒナの後押しをしてあげたいと思うのは、親心ですから」
「お前は、親ではなかろう!」
苛立つ魔王は部屋の温度を奪っていく。
「まあ、実際には違いますが。姫を育てるのに、私は侍女頭をだいぶ手伝いましたしね」
それに、天界にいた頃――。
神が加護を与える日、彼女の魂を選んだのは紛れもないこの私だ。
秘密にしている訳ではないが、これは誰にも言っていない。言わずとも、我が王は知っているだろうが。
「ああ! それなら俺も手伝いましたよっ」と、ロランはやって来るなり話に入る。
いつもの如く、この空気感にも動じていない。
「ヒナが、この城でレンと話させてほしいと言っていましたよ。もうそろそろ来る頃です。レンの方は、キーランが連れてくる手筈になっていますので」
「随分と段取りがよいな……ロラン」と魔王。
「いえ。ヒナからよくレンのことを相談されるんでっ。きっと、俺やキーランには言い易いんじゃないですかね」
ニカッと、笑うロラン。
「……つまり、魔王と私には話し難いと?」
「そうなのか、ロラン?」
「えーと、そんなことはない……と思いますが。まあ、でも……魔王様は無口だし、ノアは淡々としてるか、ら? ああっ、そうだっ、侍女頭に頼まれた事があったのを忘れていました!」
ロランは白々しく、逃げるように部屋から出て行った。
空気は読まなくとも、急激に下がる部屋の温度は感じたらしい。
それから暫くすると、ヒナがジゼルとやって来た。
◇◇◇
――さて、どうしたものか。
ヒナとレンが話している間、魔王からレンの猶予について詳しく聞き出すことが出来た。
バスチアンが使った召喚と、我々がヒナの魂を呼び寄せた魔法では、やり方が全く違う。
召喚の方は、ヒナから聞いた本を媒体にしたのは確実だ。だが……巨大な魔力を受け、その本はもう塵となってしまったのだろう。
魔王の話では、まだその時の残留する魔力を感じるらしいが。ただ、それも徐々に薄くなってきているそうだ。
それを辿れなくなってしまったら……。
レンは元の世界に戻れたとしても、時代や場所が以前と異なってしまう可能性が高い。それでは、帰る意味がなくなってしまうだろう。
少しの繋がりさえ残っていれば、レンを元の場所に帰せる。我が王ならば、だ。
――仕方ない。
レン本人の意向を、早急に確かめる必要がありそうだな。
目の前に突如として現れた、不機嫌極まりない表情の我が王に向かい、私は遠慮なくそう言った。
「黙れ、ノア」
魔王の執務室の中は、帳が下りたかのように、ズン……ッと暗くなる。
もしも、普通の人間が此処に居たのならば、息を吸うことすら出来ないだろう。この程度で、臆する私ではないと知っている魔王は、更に威圧を強めてくる。
「いいえ、黙りません。説明していただきたい……我が王よ」
ヒナに顔を近付けた途端、目の前には主である魔王の魔力が広がった。
瞬きをすれば景色は一変し、見慣れた執務室に転移していたのだ。
……やはり、あれをヒナへ附与したのだろう。
「あれは、妃となる御方に与えられる印の筈ですが? 肝心のヒナ本人が、理解していないとは……呆れて何も言えません」
「その割には、よく喋るな」
魔王は、しれっとした顔で言う。
「屁理屈は結構です。すぐにでも外すか、ヒナへの説明をすべきです。……魔王の妃となれば、もう二度と人間への生まれ変わりが出来なくなるのだと」
だからこそ――。
魔王は今までその印を、彼女に与えられなかったのだ。ならば、何がそうさせたのか。考えられるのは、バスチアンの存在だが。
「あれはまだ……仮初めの印だ」
「閨の儀が済んで、初めて成立するもの。そんな事は、百も承知しております。ですが、半分以下とはいえ……魔王の力を保有している、今の状態が天界にバレたら」
魔族として魔界に落とされるか――魂の回収が早まるかのどちらかだ。
今のヒナの魂を回収させない為には、早急に閨の儀を執り行うしかない。
ただし、そうなれば人間としての生活はもう出来なくなると考えるべきだ。我々が成り済ますのとは違い……人間が魔王の妃ともなれば、天界からも厳しく監視されてしまう。
「問題ない。あれを発動することは、ビーチェにはまだ出来ぬ」
「まさか……」
「新しい印を作った。だから、仮だと言っている。時代と共に変化する……人間界のようで面白いだろう?」
愉快そうに魔王の唇は弧を描く。
言葉を失ってしまった。
あれは、先王が己の妃を守り、分け与えられた魔王の力を他者に利用されないためのもの。御守りでもあり、枷でもある。
その為、複雑な術式で受け継がれてきた。それを、いとも簡単に組み換えてしまうとは……。
「だから、あれを使えるのは……まだ私だけだ。まあ、多少はビーチェにも相互作用はあるだろうが。断片的であれば、奴らも気づかん。それに、ビーチェの意思を無視して、妃にするつもりはない」
「つまり、私を此処へ転移させたのは……」
「ノア。ビーチェに勝手に触れるのは……許さんぞ」
印を使い、ヒナの視界に入るものを魔眼で共有していたのか。相手の動向を見て、魔王自身が逸早く発動させていたとは。どこが彼女の意思を尊重しているというのか……まったく!
「そんなに、独占欲が強いと……ヒナに嫌われますよ」
「なっ!? ……嫌われる、だと?」
愕然と呟く。
「ええ、確実に」
極上の笑みを返しておく。
この世には、束縛を好む者もいれば、そうでない者もいる。ヒナはたぶん後者だ。
魔王の動揺で、突風が吹き荒れ、執務室の書類の数々が空中を舞ったが……まあいい。たまには、反省も必要だ。
トントン――と、扉をノックした侍女頭が、お茶の準備が整ったと呼びに来た。
「先程ロラン様がお戻りになり、これから姫様がいらっしゃるそうです」
「……うむ」
心ここにあらずといった具合か。強張った表情の魔王と共に、サロンへと移動した。
「もう一つ、我が王に確認したい事がございます」
先程の「嫌われる」の一言が効いているのか、こちらを見ようともしない。
「あちらの城で……ヒナがバスチアンに捕まった時、レンに幻影を見せましたね?」
「…………」
「肯定ととっておきましょう。やはり、彼にはもう時間がないのでしょうか?」
「ノア……お前こそ。それを分かっていて、わざとビーチェの名を呼び間違えたのだろう?」
「流石、我が王です。お気づきでしたか」
やはり……レンが元の世界に帰るまでの猶予は、あまり無いようだ。
「ええ、わざとです。可愛いヒナの後押しをしてあげたいと思うのは、親心ですから」
「お前は、親ではなかろう!」
苛立つ魔王は部屋の温度を奪っていく。
「まあ、実際には違いますが。姫を育てるのに、私は侍女頭をだいぶ手伝いましたしね」
それに、天界にいた頃――。
神が加護を与える日、彼女の魂を選んだのは紛れもないこの私だ。
秘密にしている訳ではないが、これは誰にも言っていない。言わずとも、我が王は知っているだろうが。
「ああ! それなら俺も手伝いましたよっ」と、ロランはやって来るなり話に入る。
いつもの如く、この空気感にも動じていない。
「ヒナが、この城でレンと話させてほしいと言っていましたよ。もうそろそろ来る頃です。レンの方は、キーランが連れてくる手筈になっていますので」
「随分と段取りがよいな……ロラン」と魔王。
「いえ。ヒナからよくレンのことを相談されるんでっ。きっと、俺やキーランには言い易いんじゃないですかね」
ニカッと、笑うロラン。
「……つまり、魔王と私には話し難いと?」
「そうなのか、ロラン?」
「えーと、そんなことはない……と思いますが。まあ、でも……魔王様は無口だし、ノアは淡々としてるか、ら? ああっ、そうだっ、侍女頭に頼まれた事があったのを忘れていました!」
ロランは白々しく、逃げるように部屋から出て行った。
空気は読まなくとも、急激に下がる部屋の温度は感じたらしい。
それから暫くすると、ヒナがジゼルとやって来た。
◇◇◇
――さて、どうしたものか。
ヒナとレンが話している間、魔王からレンの猶予について詳しく聞き出すことが出来た。
バスチアンが使った召喚と、我々がヒナの魂を呼び寄せた魔法では、やり方が全く違う。
召喚の方は、ヒナから聞いた本を媒体にしたのは確実だ。だが……巨大な魔力を受け、その本はもう塵となってしまったのだろう。
魔王の話では、まだその時の残留する魔力を感じるらしいが。ただ、それも徐々に薄くなってきているそうだ。
それを辿れなくなってしまったら……。
レンは元の世界に戻れたとしても、時代や場所が以前と異なってしまう可能性が高い。それでは、帰る意味がなくなってしまうだろう。
少しの繋がりさえ残っていれば、レンを元の場所に帰せる。我が王ならば、だ。
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