ガルテナ ~私の一番の音楽~

茂庭

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鍵と退部届

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 放課後の教室、マリに謝りに行く気満々だったのにヘタレてしまった。

 失言を謝って許してもらっても、その先が想像できない。
「私の曲のせい」という主張は変えるつもりはないし、部を辞めるので余計にこじれそうだ。

 とりあえずこの件は先送りにして、先生に部室の鍵を渡しに行こうと思っていた。
ついでに退部のやり方を聞いてみよう。
退部届でも書くのかな。退部する気なんて全く無かったから分からない。

 職員室に鍵を取りに行くであろう皆とかち合わないように、つまらないスマホのゲームで三十分ほど時間を潰してから職員室に向かった。




 職員室で先生に話しかける。

「先生」
「はい、成瀬さん。なんですか?」
「部室の鍵を預かって欲しいんですけど」

 カバンから鍵を取り出して先生に差し出すと、先生はニコリとした。

「西川さん達の言う通りね」
「アイツらなにか言ってたんですか?」
「成瀬さんが鍵を渡しに来るから『受け取らないで』って言われたの。『辞めたい気配を感じたから鍵を持たせておいて』って」
「えぇ……」

 辞める気がバレていた。シオリは鋭すぎる。
差し出した鍵を宙ぶらりんにしたまま困惑した。

「大丈夫、受け取るよ。学校の鍵だもんね」

 先生はそう言って鍵を受け取ってくれた。

「よかった。ありがとうございます。それと――」

 退部手続きについて聞くつもりだった。
でもまた喉の奥がギュウっとなって声に詰まった。沈黙を流してしまう。
先生は急かさず、穏やかな目で待ってくれた。

「部活を辞めたいんですけど、辞める手続きってどうすればいいですか?」

 ようやく言った。こみ上げるものがあったけど、心の準備はしていたので平静は保てた。

「紙に退部の意思を示す文を書いて、封筒に入れて顧問の私に提出して下さい。紙も封筒も指定はありません」

 先生はスラスラ答えてくれた。よかった。お礼を言って去ろうとしたら先生が続けた。

「でも少し考えてみない?」
「え?」
「もうすぐ夏休みなので、夏休み明け、二学期まで考えてみて。それまで成瀬さんは顧問公認の部活お休み、って皆に伝えておくから」
「いや、ちょっと待って下さい。私は――」

 また声に詰まる。

「――もう部に必要ありません」

 なんとか捻り出した。

「必要だよ」

 先生は即答した。必死に捻り出した答えを、言葉を一蹴されてカッとなってしまった。

「先生に何が分かるんですか」

 言ってすぐ「しまった」と思った。凄く感じの悪い言い方をしてしまった。
お昼休みの時はシオリが茶々を入れてくれたからコレを言わずに済んだんだ。
そんな私の言い方をまるで気にしていないように先生は言った。

「分かるよ。西川さん達、一生懸命だったから。自分が必要かどうかは、自分だけで決めることじゃないからね」

 まるで子供を諭す親のような優しい言い方だった。
いや生徒と先生だからその図はあんまり間違ってないんだけど、なんとなく気恥ずかしい、というか惨めだった。
先生は続ける。

「それに皆は辞めることを承知してないんでしょ?」

 痛い所を突かれた。黙って辞めたらこじれるに決まってる。
特にマリとは喧嘩中。これ以上状況が悪くなるって、想像出来ない。嫌われるより上ってなんだろう。

「……はい」
「じゃあもう少しだけ、考えてみて」
「……はい」

 言い返すことが出来なかった。
とりあえず、さっき感じの悪い言い方をしたことを謝る。

「……あの、さっきはすみませんでした」
「なにが?」
「『先生に何が分かるんですか』って、八つ当たりみたいに言っちゃったことです」
「あぁ、気にしないで。気にしてないから」

 先生はアハハっと笑って続ける。

「それにね、八つ当たりって、そんなに悪いことじゃないと思うよ。時と場合と相手を選べばだけどね。八つ当たりとか愚痴とか弱音とか、そういうのをこぼせる相手がいるっていうのは、とてもいいことだと思うよ」

 先生がどこまで知っているのか分からなかった。
マリと私がやり合ってしまったことも知っているのかもしれない。
そう思うと頬が熱くなった。もう要件は済んだし、早く離れよう。

「……はい。ありがとうございました。失礼します」
「はい、さようなら。気を付けて帰ってね」

 先生は最後まで穏やかだった。




 帰ろうと下駄箱まで来た。
まさか先生があんなに干渉してくるなんて。見誤っていた。またかい。どこまで見誤ってるんだ私は。

 そして惨めな気分を引きずっていた。
なにかが起きた時、その人の本性が表れる。みたいなことを聞いたことがある。
 皆も凄く悔しいはずなのに、私に優しくして慰めてくれる。
私は八つ当たりして逃げて、ろくでもない奴だ。自分がこんな奴だとは思わなかった。
 ローファーを履きながら、ついてしまいそうになった特大の溜め息を飲み込んだ。

 校門まで来て、気分を変えることにした。
ろくでもない奴と気付けたなら、今後気を付ければいい。
 退部の件も進展はした。先生公認のサボり魔と化せたし、『夏休み明けまで』という期間も考えれば悪くない。
もしかしたら時間が解決してくれるかもしれない。うん、気楽に考えよう。

 ……なんとも情けない解決手段。

 情けないのを自覚して、足取り重く帰宅した。
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