ガルテナ ~私の一番の音楽~

茂庭

文字の大きさ
48 / 81

思い出

しおりを挟む
 帰宅してすぐ部屋着に着替えた。その後、パソコンを立ち上げDAWを起動する。

 小学校六年生のクリスマスの時、貯めたお年玉とお誕生日とクリスマスの合わせ技で、かなりいいDAWを買って貰った。
それから約三年半、ほぼ毎日デスクトップ上の押しやすい場所に配置したDAWのショートカットをダブルクリックしていた。
そんな訳で自室でのDAWの起動はもう習慣化されていた。

 いや待て、私は何をしている。
DAWを起動するということは作曲をするということ。

 五月にいくつかメロディを捕まえておいたことと、皆を大好きになったことで作曲は六月中にサクサク進んでいた。
無意識にその作業の続きをする気だった。

 危ない危ない、辞める人間がリコルリエの曲を作ってどうすんの。
パソコンを落としてベットに倒れ込む。

 ……いや別にいいのか。もともとの趣味だし。
一人なら誰も傷つけないんだから。

 思い直してまたパソコンを立ち上げ、DAWを起動した。




 それから五日後。部活サボりは板についてきた気がする。夕方、自室でDAWを起動していた。

 皆はあれから来なくなった。メッセージも来なくなった。
先生が言ってくれたのかもしれない。正直ありがたい。

 マリにはまだ謝れていなかった。まだ謝った先の想像が出来ないから。
クラスが別で助かった。始業式の日こそマリは別のクラスになったことを絶望していたけど。

 本当は皆にも謝りたい。でもチハルのリアクションがあまりにも予想通りだった。
チハルが「ユカリさんのせいじゃないですよ!」と言って、シオリもそれを否定しない。
サナエさんは読めないけど、あの調子だと謝ったら怒られそうな気がした。

 それで「曲のせいだ」とか「ダメだって分かってたことに巻き込んでしまった」とか言っても絶対分かってもらえない。
それで謝っても意味が無い。シオリも同じ気持ちなのだろうか。

 ダメだ、集中が切れてしまった。DAWを落とし、椅子に座ったまま伸びをする。

 退部届……書こうかな……
夏休み明けまで考えろ、と言われたけど、どうも気持ちがグラついていた。
喉の奥が締め付けられる感覚も引かない。書けばスッキリするかもしれない。
指定はないと言われたし、机の引き出しから適当に紙を見繕ってボールペンの先を近づける。

 ……ペン先が紙に乗らなかった。
磁石が反発するように、近づけられない。

 なんで?

 決まっている。辞めたくないからだ。
コレを提出してしまったら、退部を確定付ける。

 マリと喧嘩してしまった時、「辞める」と言えなかったのは、マリが泣きそうになったからじゃない。
私が辞めたくなかっただけ。

 顔が熱くなる。ペンをぎゅうっと握っていた。
なんなんだ私は。親友を言い訳にしていただけだったのか。
ヘタレで卑怯者、こんな奴いない方がいいに決まってる。

 そう思うと急に退部届を書くことが出来た。
でも傷は深まったような気がする。喉の奥の締め付けがきつくなった。

 退部届は机の引き出しにしまった。
あとはコレを夏休み明けに提出して、全てお終い。




 その後、夕飯を食べ自室に戻る。
DAWを起動する気にもなれず、動画サイトを徘徊していた。けどイマイチ面白くない。
どんな動画もリコルリエの予選動画に劣るように思えてしまう。

 マリが『世界最高の動画』と言ったあの動画。
ここ一週間、見ていなかった。見るのが怖くなってしまった。
撮影が終わった日から穴が開くほど見ていた。
夜寝る前には絶対見ていた。あの動画を見ると凄くいい気分で寝られるから。

 寝る前二時間はモニターを見るな! なんてテレビで言ってたような気もするけど、そう言ったお医者さん? はあの動画の効力を知らない。
当社比で滋養強壮肩こり腰痛精神高揚に効果がある。
寝る前に高揚するのはどうかと思うけど、「リポビタンD飲んでブラックブラックガム噛んでスーッとして寝る」とかいう人もいるみたいだし、多分大丈夫。
 とにかくあの動画からは凄い力が貰える。ノーベル賞とか貰えるかもしれない。

 ……久々に、見てみようかな……

 ヘタレな卑怯者は結構傷ついてる自覚があった。
自分で自分を傷つけるようなことを言って、特になることはなかった。
ただ親友を悲しませただけ。

 慰めて欲しいけど、曲に対する価値観の違う皆から慰められても癒されない。
でもあの動画なら、皆で作った世界なら、違う気がした。

 お気に入りに登録してある動画サイトに遷移する。
怖いけど、一週間ぶりに皆で撮った予選動画を再生した。

 『世界最高の動画』とはよくいった物。ホント、世界最高の動画だなぁ、コレ。

 マリの優しくて透明感がある伸びやかな歌声。ずっと聞いていたい綺麗な歌声。
チハルのギターは煌びやかに曲を彩る。ギターの楽しさが音に込められている。
シオリのベースは堅実。派手さはないけど丁寧に熱を与えてくれる。
サナエさんのドラムでそれらが完全に調和する。普段の様子からは信じられない。

 これ以上の動画なんてある訳がない。完全にお友達補正が入ってて苦笑する。

 これまでのことを一気に思い出す。
四月に出会って、一生懸命練習して、バカみたいな話を沢山した。
六月に予選登録した翌日にはチハルとシオリがジュースを奢ってくれて、プチ打ち上げをしたっけ。
 その時にこの動画のシオリと私が集中力ギリギリでちょっとヤケクソ入ってることをいじられた。
動画だと案外分からなくて面白かったんだよね。

 この動画には、今までの全ての「楽しい」が詰め込まれていた。

 『ずっと楽しかったじゃん!!』
部室でマリに怒鳴りつけられた言葉。

 そうだね、ずっと楽しかった。
ここが私の人生の一番だと思えるほどに。
みんなホントに楽しそう。楽しかったな。こんなに笑ってたのにな。
私が泣かせちゃうなんてね。

 モニターの中の笑顔満開で歌うマリに触れる。

 涙がつうっと頬を伝った。

 泣いてることを自覚すると、涙は止められなくなってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...