ガルテナ ~私の一番の音楽~

茂庭

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お喋り練習

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 文化祭から三日後の放課後、由香里は栞と部室にいた。
栞は文化祭の直後こそ落ち込んでいたけど、その後の打ち上げの時にはいつもと変わらない様子に戻っていて安心していた。

 今は十一月に投稿する予定の動画のベースを録音している。
毎月投稿作戦の音源は少しでもクオリティを上げるべく、動画とは別録りしていた。
演奏の録音は部室で私と奏者の二人きりになって録音する。由香里はパソコンの操作担当だった。




 予定時刻より早くシオリのベースの録音が終わった。

「はいオッケー。お疲れ様ー」

 言いながら録音データの保存とバックアップをとる。

 シオリは安心したように小さく息をつき、ヘッドフォンを外した。
それをパソコンデスク脇の机に、ベースを側のギタースタンドに置くと、パソコンデスクの椅子に座る私に視線を向けた。

「ユカリ」
「なに?」
「ユカリってなんで軽音部と合併OKしたの?」

 無口なシオリにしては珍しく完全な雑談に思えた。

「え、なに急に」
「前から聞いてみたかったの。初めて会った時イヤそうだったよね?」

 いつもと変わらず無表情だけど、声は少し優しいトーンだった。
 私もヘッドフォンを外し首にかけ思案する。
軽音部と合併した理由……あまり褒められたものではないので言いたくはない。下手すれば叱られるかもしれない。
けど、今の自分であれば全霊を注いでいる自信がある。許してもらえる気がしたので正直に言う。

「あー……まぁ今だから言えるけどさ、なんかマリが私の曲を皆に聞いて欲しいって言いだして……」
「ホントにいい友達だね」

 シオリはフフフっと笑った。こういう笑顔は珍しい。可愛い。そして叱られなくて良かった。

「うん……で、その後はなんか楽しくなってきちゃって……」
「分かる分かる」
「シオリは? なんで軽音部に入ったの?」

 シオリの入部動機も気になっていた。
四月に楽器を見たり、誰かの演奏を聴くたびに目を輝かせていたのを思い出す。
最初は「バンドに興味があったんだろうな」とか「高校でなんか新しいこと始めるのもいいよね」くらい思っていたけど、少し違和感があった。
音楽の知識も楽器の経験もなく軽音部に入部する人はあんまりいない気がするから。

 シオリも少しだけ言い辛そうな雰囲気だった。
少しだけ俯いて、視線を逸らしてばつが悪そうに言った。

「チラシ持って立ってたらチハルに勘違いされて『入部ですか!? 入部ですか!?』って熱烈に迫られたの。だから入ったのは偶然。入る気なんて全く無かった」
「そうなの!?」

 驚いた。そんなことは一度も聞いてないし、なによりシオリは無口ではあれ、活動に積極的だったから。

「うん、凄い勢いでさ、ビックリしちゃった」
「はー、チハルが『一番に来てくれた』って喜んでたからよっぽどやる気に溢れてたのかと」

 シオリは立てた右人差し指を下唇の前に置いた。

「あ、コレ内緒ね」
「うん」

 頷くと人差し指を降ろし、少し困ったように笑った。

「変わるキッカケを探してたから『やっちゃえ』って。丁度良かったんだ。喋らない私でも楽器なら鳴らせそうだし」
「喋らない訳じゃなくない? 夏テナの時とか分析してめっちゃ説明してくれたじゃん」
「アレは台本があったみたいなものだから。『喋る』とは少し違う気がする」
「でも今スパっと喋ってるね」
「うん、喋る特訓しようかと思って頑張ってる」
「あぁー、それで」

 納得した。
シオリにしては珍しい雑談。
さらっと言った『変わるキッカケ』と『楽器なら鳴らせそう』。
自分が無口であることを気にしていたんだ。

「付き合ってくれる?」

 シオリはまたばつが悪そうに言った。
そんなのいくらでも協力するに決まっている。

「もちろん。みんな呼んでくる?」

 軽音部はいまここにいない三人がよく喋るタイプなので、特訓にはあの三人の方が向いてる気がした。
特にチハルはシオリと同学年だし、喋りやすいのでは。
 でもシオリは静かに首を横に振った。

「ううん、なんか一対一の方が喋りやすいんだ」
「そっか。文化祭の挨拶を気にしてるんだよね?」

 納得してすぐに分かっていた。
文化祭でのステージ上、パフォーマンスを終えた後の挨拶。
震えるばかりで喋れなかった自分をどうにかしたいと思っているのだろう。

「うん。まさかあんなに混乱するなんて自分でも思わなかった」
「……私もビックリした」

 ステージ上、顔面蒼白で震えながらマイクに視線を落とすシオリは忘れられそうにない。

「あの時助けてくれてありがとね」
「いえいえ。私が行かなければサナエがすぐ行ってたし」

 首を横に振りながら言うとシオリは微笑んだ。

「ホント、仲間に恵まれてるなぁ」
「それは皆だよ」
「そうだといいな」

 また小さく笑って続ける。

「……あのね、私、ユカリのことカッコいいって思ってるんだ」
「え、なんで。相当ヘタレでウジウジしてたこと見せちゃったけど。しかも励ましてもらったし」

 夏の予選敗退の時を思い出す。私はどう考えても最低でカッコ悪かった。
シオリは首を横に振った。

「ううん、『納得するまで。何度でも。勝つまで』って、カッコよかった」
「うわ黒歴史……」

 夏の予選敗退の時のこと。
明らかにおかしな高揚の仕方をしていつもの自分と違っていた。

「この先あんなにカッコいいシーン見ること無いと思う」
「やめてー! もー! なんであんな盛り上がっちゃったんだろ……」

 掘り返されると恥ずかしい。頭を抱えてしまう。

「ふふっ、だからユカリに聞いて欲しい。私もカッコいいこと言わせて」
「カッコいいこと?」

 顔を上げてシオリを見ると笑顔だったけど、目の奥に強い意志を感じた。

「うん、ダイエット宣言みたいなものかな。誰かに言ったら頑張らなきゃいけないヤツ」
「うん」

 シオリは少し間を取った。緊張しているようにも見えた。
そして、いつもより力強く言った。

「見ててね。挨拶くらい軽くこなせるようになる。変わってみせる」

 少し息を吸って、更に続けた。

「私は、私を諦めない」

 とても強い決意。
ダイエット宣言にしてはカッコよすぎる宣言だった。惚れ惚れしてしまう。

「……カッコいい」
「でしょ」

 シオリはたまに見るドヤ顔になった。

「しかも詩的」
「歌詞に使っていいよ」
「マジで?」
「著作権料的なものは十パーセントでいいよ」
「取るんかい!」

 また二人で笑う。
しかし、文化祭での反省は私にもあった。

「つか挨拶は私も相当ダメだったんだよね……」
「いじられてたね」
「うん。マリとサナエにはいずれ復讐する」
「アハハ、あ」

 笑顔が一転、シオリの顔はみるみる青ざめていった。

「え、ちょ、なに? 大丈夫?」
「先一ヶ月分くらい喋ったからもう限界……」

 言いながらフラフラと畳に倒れ込んだ。

「シオリー!!」

 とても驚いて駆け寄ったが、この後すぐ回復した。
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