ガルテナ ~私の一番の音楽~

茂庭

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 翌朝、ガルテナ当日。朝五時半に設定したスマホの目覚ましで起きる。よかった。ちゃんと眠れていた。
いつもは寒いのが嫌で少しベットでダラダラするけど、今日はそういう気分ではなかった。
起き上がり部屋着に着替える。まだ外は暗い。

 準備は昨日の夜のうちに済ませておいた。と言っても私の特別な持ち物はサナエが作ってくれた衣装だけ。リュック一つで済んだ。
キーボードとドラムは会場で用意してもらえるとのこと。

 一階に降りるとお母さんがもう起きていて、朝食の準備をしてくれていた。
好物のフレンチトースト。嬉しくて朝からテンションが上がる。
ガルテナ本選のことはもちろん話してあるので、意図的に作ってくれたんだろう。

 身支度をして六時半少し前、靴を履くといつもはリビングから見送るお母さんが玄関まで見送りに来てくれた。

「行ってらっしゃい」
「行ってきます」

 ちょっと照れ臭いような気もしたけど、頬が緩んだ。

 ドアノブを回し玄関を出ると強烈な寒さ。緩んだ頬が凍りそうなほど。

「さむっ」

 つい言ってしまった独り言を後に、マリの家に向かった。




 マリの家に着いたのでメッセージを送る。

『着いたよ』
『了解!』

 すぐに来た返信の後すぐマリの家の玄関が開いた。
ギグバックを背負ったマリが出てくる。相変わらずご利益のありそうな笑顔をしていた。

「おはよー!」
「おはよう」
「昨日はちゃんと眠れたかね、キーボード君」
「お陰様で。イソジンの効果はどうかね、ボーカル君」
「あーあーあーあーあー。っんフフフフフ」

 マリは朝を意識して控えめの声量で音程と喉の調子の良さをアピールした。そして自分でツボって俯いて笑った。

「ツッコむ前に笑うのやめて」
「朝一でなにやってんの私」

 言いながらも笑いは引いていなかった。
 そんな下らない会話をしながら駅に向かう。




 駅に着くともう皆が待っていた。約束の七時より十五分前に着いたのに。
元旦の時も待たせてしまった。イベントだと張り切るタイプなのだろうか。
 チハルとシオリもギグバックを背負っている。
シオリは四月までベースに振り回されていたのに、もう一端のベーシストに見える立ち姿だった。

「おはよう!」

 一番に言ったのは晴れやかな笑顔のチハルだった。
皆とも朝の挨拶を交わす。

「ビビりは抜けたか?」

 サナエが意地悪なニヤつきで問いかけて来た。

「別にビビってないし」
「うそこけ」

 ガハハと笑われた。
サナエも大荷物でスーツケースを脇に置いていた。

「なんでそんな大荷物なの?」
「衣装になんかあったらマズいから裁縫道具と替えの衣装持ってきた」
「さすが……」

 大雑把そうに見えてドラムと衣装のことについては細やかだ。
自分だけ身軽でなんとなく気まずい。
 そんな私のどうでもいい小心っぷりに気付いていないチハルが言う。

「じゃあ皆! 忘れ物は無いね!?」
「ありません!」

 マリが返事をするとシオリが頷いた。なにやら先生みたいだ。

「じゃあシュッパーツ!!」

 チハルが元気に拳を突き挙げて、皆で駅に向かった。

 電車内は祝日の朝だからか随分空いていた。
ギグバックを背負う三人とスーツケースを引きずる一人がいるのでそれはありがたい。通勤通学の満員電車だったら邪魔になってしまうし。
五人で並んで座って電車に揺られる。皆いつも通りで特別な緊張は無い。

 途中乗り換えも挟んで七時半過ぎ、目的の駅に着いた。会場はここから徒歩五分のコンサートホール。
広く綺麗な歩道を進むと前を歩くチハルが建物を指さしてテンション高く言った。

「あ! アレだね! 会場!」
「おぉ! アレか! でけーな!」

 チハルの隣を歩くサナエもテンションが高かった。
チハルが指さした建物は綺麗で大きな建物だった。遠目に見ても大きい……
昨日の夜からここまでいい感じの気持ちで来られたのに……

「ヤバいビビって来た……」

 心の声が出てしまったかと思ったけど、言ったのは右隣を歩くマリだった。

「「えっ」」

 振り返ったチハルとリアクションが被ってしまう。
今まで動画撮影も文化祭もマリは引っ張る側だったから驚き。マリの右隣を歩くシオリも驚きの視線を向けていた。
不安の反面、引っ張られる側にマリも参加したことがちょっとだけ嬉しかった。

「オイこらボーカル! ポンコツ組に挟まれってっからビビりがうつんだよ! 前来い前!」

 サナエはそう言ってマリの手を引っ張り、前を歩く自分とチハルの間に入れた。
確かにシオリと私はビビりだけど、心外な。そう視線に込めると隣になったシオリも同じような視線を送っていた。

 そして会場の前に着く。皆で並んでいた大きな会場を見上げていた。

「とうとう会場に来てしまった……」

 声に力が込められない。明らかに場違いです、すいませんすいません。と言いながら逃げたい気分になる。
そんな私とは対照的に、チハルはまるで有名なネズミの遊園地にでも来たようにはしゃいでいた。

「写真写真! 皆で写真撮ろ!」
「いいな!」
「いいね!」

 サナエとマリまではしゃいでいた。いや、マリはおかしい。

「え、緊張は?」
「してるよ。でも写真は撮らなきゃ!」
「マジか」

 よく分からないけど、マリは逞しかった。

 会場には八時半集合なので、まだ五十分近くある。皆で写真を撮った。
撮った写真を見るとシオリはいつもの無表情だったけど、私は緊張が頬に表れていた。気持ち悪い笑みを浮かべていた。
サナエに「ポンコツ組で最も写真写りの悪いメンバー」といじられて大笑いされた。晴らすべき恨みがまた一つ増えた。

 十分ほど写真を撮って騒いだ後で会場の中に入る。
会場の外にも参加バンドへの案内の看板が立てられていて迷うことはなかった。

 入ってすぐ受付のお姉さんにチハルが話しかけに行った。
一応私は副部長らしいし、後輩に全部やらせるのもなんなので後から続いた。
受付のお姉さんがテキパキと説明してくれる。

 九時から一バンド十五分のリハーサル。予選順位の下位から順なので、私達は十二時十五分から。
ニ十分前にステージ袖に来るようにとのこと。それまでは自由行動。
本番は十五時から。本番は順番のニ十分程前にスタッフが呼びに行くからそれまで楽屋待機。

 説明が終わるともう一人のスタッフさんが楽屋に案内してくれた。
スタッフさんに続いて廊下を進み階段を上る。
 楽屋の入り口には『リコルリエ様』と書かれた紙が張られていた。中に入ると案内してくれたスタッフさんは戻って行った。

 楽屋は広くは無いけど五人には十分なスペースで綺麗。一辺には大きな鏡があった。
椅子は三人は座れそうなソファのしっかりしたものと、ひじ掛けの無い椅子が四つ。
ギターとベース組がギグバックを降ろす。
サナエはソファにドッカリと座り言った。

「わはは! ここが我らの根城か!」
「根城て」

 上機嫌なサナエにツッコミを入れておく。
チハルはマリとしゃいでいた。

「ねぇねぇ入り口見た!?」
「見た見た! 『リコルリエ様』だって!」
「写真撮ろ!」

 二人は廊下に出ていった。
マリの緊張はもう吹き飛んでいるようだった。信じられない。鋼メンタル組に緊張という文字は無いのだろうか。
シオリが表情から察したようで話しかけてくる。

「もう覚悟を決めた方がいいよ」
「カッコいいこと言うけどさぁ、どうせ足は……」

 見るといつも通りガクガク震えていた。
足から目に視線を移すとシオリはドヤ顔をした。

「いやだからそのドヤ顔ホントになんなの……」
「ねぇねぇ! 皆で写真撮ろうよ!」

 既に廊下に出て写真を撮っていたチハルから呼ばれる。
廊下に出て皆で『リコルリエ様』と書かれた紙の前で写真を撮った。この写真は必要なのだろうか。

 それからまた楽屋に入ってチハルが受付で受けた説明を皆に共有した。
共有したあと、チハルは提案する。

「ねぇ、ちょっとステージ見に行かない?」
「いいな!」

 サナエがすぐに賛成する。
今は九時少し前。私達のリハの番まで三時間以上あるし、丁度いいかもしれない。
皆でステージに向かった。

 綺麗な廊下を通り、客席側に回る。前を歩いていたチハルとサナエが重そうな扉を開ける。
扉を通るとステージ上以外の照明は落とされていて薄暗かった。

「おぉ~!!」

 前を歩くマリが感嘆の声を上げた。
入り口から入ってくる人の邪魔にならないように、入ってすぐ右側の席に一列に並んだ。
全員座らずにホール内を見渡す。

 体育館とは違う。音響も防音も考えられた作り。
赤い椅子がステージに向かって軽い下り坂になって敷き詰められている。
ステージ上でスタッフさんが何人か機材のセッティングをしているように見える。
高さが違うからか、ステージまではるか遠くに感じた。

 文化祭でしかやったことの無い私達がこんなステージでやっていいのかな……
思わず声が漏れてしまう。

「ヤバすぎ……」
「広すぎ……」

 隣のシオリも完全に飲まれていた。
鋼メンタル組はウキウキだった。
チハルがうっとりとした視線をステージに向ける。

「こんなステージで出来るんだね……」
「うん」

 頷いたマリも同じような視線だった。いやホントに緊張してんの?
と言いたかったけど、緊張して欲しい訳ではないので飲み込んでおいた。
 サナエもニヤついてステージ上に視線を向ける。

「ワクワクしてきたな」
「うん、頑張ってきてよかった」

 チハルは言いながら満面の笑顔をサナエに向けた。

「あれ、クリスタルのアミさんじゃない?」

 ステージ上にいる人物を見つけてシオリが言う。
夏テナで優勝したバンドのベーシストさん。チハルはこのベーシストさんのファンらしい。
チハルはすぐに見つけて前のめりになった。

「ホントだ! うわー、遠くから見てもスタイルいいね!」

 言ったあと呻き声を上げた。

「ぐぬぬぬぬ……」

 歯を食いしばっていた。問いかけてみる。

「どうしたの?」
「ホントは駆け寄って握手してサイン貰って抱きしめてキスしたいけど――」
「後半は犯罪」

 言葉の途中でシオリがツッコミを入れた。
チハルはそれを無視して言葉を続ける。

「今アミさんにそんなことしたら顔グチャグチャになりそうだから我慢してるの……」

 それを聞いてサナエがニヤリとする。

「いつもグチャグチャだぞ」
「うそ!?」

 我らの有能な部長は目を丸くした。
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