自殺したガール

駄犬

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 別れの挨拶もなく、俺は彼女との縁はなかったことにするつもりだった。だがしかし、あまりに慮外な申し出を受け、凝然と全身が氷漬けに遭い、簡単な「YES」か「NO」も口に出せなかった。ただちに、もうじき、やがて、あらゆる時間経過の表現が似つかわしくない。俺は過去未来に囚われない感覚の世界に足を踏み入れ、ひたすら思案を続けた。そして、「何故?」といった彼女の興を削ぐような、朴念仁らしい台詞を喉の奥に仕舞い込む。彼女の判断はきわめて不可解である。俺は見事に取るに足らない人間を演じた。そんな人間と連絡先の交換を申し出るなど、企みがなければ荒唐無稽な筋書きに違いない。

 文明社会に根差す以上、他人との関わり合いは決して無視できない。とはいえ、俺と彼女の関係は、行きずりに終わって当然の経緯にある。「何故?」「どうして?」などの疑問が湧いて止まらず、彼女の提案を鵜呑みにする単純な思考は一切育まれていないし、“臭い”ばかりを追って軋轢から敵前逃亡してきた俺は、苦楽を共にする人間関係を作る機会を逸してしまい、腹を割って話すような場が自宅以外になかった。経験則を頼りに彼女の本懐を知ろうとするには、裸になって大通りを闊歩しなければ引き出せない。

 そこまで体を張る気概は勿論、俺にはない。ならばこう考えよう。彼女も日常生活に於いて、陳腐な人間として過ごしており、とくに人とのやり取りに拘りがなく、俺が浴びせた質問の数々に嫌悪感を抱いていなかったとすれば……? 自虐的な思索がよもや、楽天家の影を踏むとは思わず、俺はひとしきり味わった沈潜とした気分を愛しく思うことにした。

「いいですよ」

 異性と連絡先を交換する際に、必ずといっていいほど笑みが泡のように口角へ溜まりがちだ。それは、下卑た想像に駆られて湛える表情ではなく、気受けを取り繕おうとして失敗しただけである。今回の俺は違った。社会人の名刺交換と相違ない、杓子定規な腰の角度で彼女との連絡手段を得る。俺達は共に同じ車両の電車に乗り込むと、経済動物を体現する日本国特有の修羅場が待っており、知らぬ間に吐き出される嘆息が雪だるま式に大きくなる。過度な圧迫感から搾り出される、如何ともし難い不愉快さは、占有率が限界まで達した電車でのみ味わえた。右耳に吐きかけられた深い嘆息を眼下に落としかけた時、俺は我に返った。そこには、彼女が俯き加減にそこに立っており、綺麗なつむじに向かって下卑た倦怠感を落とす気になれなかったのだ。
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