彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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ギニーピッグ2 ④

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 私は先刻から、ある一本の題目に目が惹かれていた。

「ギニーピッグ」

 噂程度でしか聞かないその内容は、絵に描いたようなアンモラルな絵面に溢れており、口頭で説明するより静止画を一枚、見せた方が遥かに手早い。まさか「A」が所有しているとは露も思わず、私は少しだけ動揺していた。世間一般でいえば悪趣味の部類に入り、嬉々として鑑賞するようなものではない。だからといって、生理的嫌悪感による隔たりをもたらす事はするつもりはないし、「A」との関係に変化が訪れるきらいはない。趣味趣向は人それぞれ存在する訳で、烏滸がましくも選別するような事などできない。

「それ、若山くんは知ってる?」

 いつの間にかトイレから出てきていた「A」の質問に肝を奪われた。

「え? あぁ……名前は聞いた事があるよ」

 私の視線を読んだ「A」は、それをテレビ台から取り出して来て、丸テーブルの上に放り投げる。表紙からなかなかに強烈であった。半裸の女性が椅子に括り付けられ、顔にできた痣や、血に塗れた両手などを見るからに、とある最中を捉えた絵面なのだろう。

「先ず初めに、中指の爪に小さな穴を空けるんだ。丁度、針が通るぐらいの大きさだ。その穴に糸を通して、ゆーくりと引っ張る。手首から指の第一関節までは椅子の肘掛けに固定されていて、爪だけが持ち上がっていくんだ。離れていく爪から伸びる無数の血の糸は、健気にも繋ぎ止めようとする絆だろう。やがて爪は直立し、自立もごく僅かまでに迫った。缶詰の蓋を巻き取って、根本だけが残っているのを想像してもらうと、分かりやすいかな。爪の悪あがきに最後は、乳歯を抜くように一気呵成に引き剥がすんだ。すると女の身体は波打って、裸になった指が赤くささくれ立つ。これはまだ、段階としては足首にも届かぬ浅瀬のようなもの。女が口をだらしなく開き、あてどなく視線を揺らめかせる厭世観を見せているが、これから先に待つ事を考えると唸ったよ」

 まるで直ぐ側でその光景を見ていたかのように仔細に言葉として啓示する「A」の様子に私は寒気を覚えた。バツの悪さと相まって、猛烈に喉が渇き、好きでもない牛乳を口に含んだ。この世の飲み物の中で最も劣った味である。舌にまとわりつき、鼻を抜ける臭いは、私が遠い昔に忌避して長らく付き合ってこなかったトラウマじみた記憶を鮮明に掘り起こす。気分が瞬く間に悪くなり、えずく手前までいった。

「大丈夫か?」

 まるで脳を直接、揺らされているかのような目眩も催し、私は只々頭を垂れる他なかった。

「話には続きがあってだな。その女は途中で絶命し、代わりとなる人間を探し始めるんだ。それがギニーピッグの続編になる」

「……」

 座っている事もままならず、布切れのように横倒しになる。

「身近な人間が良いと思って、同僚に約束を取り付けるんだ。休日、暇してないか? ってね。でも、心配だったんだ。よりにもよって天候がすこぶる悪くてさ」

 身体はすっかり言う事を聞かなくなり、帳が落ちた。

「持つべきものは友達だな。やっぱり」
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