彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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ひとごと②

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「はぁはぁ」

 外周を走る一周あたりの時間を一人一人測られ、決められた時間内に走る事が出来なければ、いわずもがな。ボールを蹴る前に画一的な青い顔が雁首揃えて並ぶ。

「……」

 今となっては文句を言う事もなくなり、繰り返し地面に垂らした汗は雑草を枯らし、除草剤を撒くより効果的だった。見上げる空の青さが今は忌々しく、大雨によって練習が流れる事を願う日は少なくない。

「堺、お前いつまでやる気なんだよ」

 日常的に上級生から圧迫を受ける堺の気持ちを俺は理解できなかった。何故そこまでしてサッカー部に拘り、しがみつくのかを。受け流すにはままならない多大なる精神的負荷を受けているはずで、サッカー部顧問のシゴキをもろに受ける身体は悲鳴を上げて当然なはずだ。それにも関わらず、日毎グラウンドに赴く姿に共感ができなかった。

「……」

 喜怒哀楽をかなぐり捨てた虚無の顔は、意思や大義を感じられず、まるで俺達への嫌がらせをする為だけにサッカー部に席を置いているようであった。外的要因によって引き起こされる苦労を誰しも嫌悪はするものの、知恵や行動力が伴わず、口先だけの悲哀が花開く。俺も例外ではなく、数えきれない嘆息を吐き、みみっちい自己憐憫に浸っていた。

 ある日の事だ。堺がサッカー部顧問から頭を叩かれる姿を目撃する。いつまで経っても進歩が見られない堺への叱責であり、部員のほとんとが溜飲を下げて見届けていた。だが、三島は違った。

「これだ……」

 計略と呼んで差し支えない下卑た笑みを口の端に見る。その内訳を尋ねるにも、災いが一体どこへ向かうか瞭然としないまま口答を受けるのは恐れ多く、憚られた。つまり成り行きに身を任せて、三島の動向を窺うのが望ましい。

 著しく風通りの悪い環境に於いて振われる暴力が白日の下に晒される瞬間とは、インターネット特有の暗い好奇心と繋がって、悲喜交々の意見が飛び交いながらも、風穴を開ける即効性があった。閉鎖的空間で築かれる覆しようがない力関係の改善に大いに助けとなり、身体に負った生傷を慰める。

「普通は有り得ないんだよ。お前みたい奴は身体のどこかに欠陥があるとしか思えない」

 堺がサッカー部顧問から執拗な言葉による暴力を受けている間、三島は携帯電話のカメラを向けながら、物足りないと言いたげに腕を回す。

「聞いてんのか?」

 反応を示さない堺の態度を見かねて、サッカー部顧問が一段と近付く。すると三島は、鼻息を荒くして携帯電話の画面に注視した。校舎の裏手で密かに行われる逢引を、三島に葛城、俺を含めた三人で覗き見ている。野次を飛ばしかねない横隔膜の広がりを二人から感じ、俺はそのムラっけにやられていた。
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