彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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秘密の遊び⑤

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 無遅刻無欠席を貫くつもりでいた生徒の悔恨は明くる日、目の下に眠気を湛えて登校するまでに至り、徒然と机に突っ伏して始業の時間を待った。徐々に増えていくクラスメイトの数は、賑わいとなって教室を満たし、ふいに壁掛け時計に目を向ければ、談笑は暗礁に乗り上げた。

「席に座れー」

 時間を遵守する担任教師の決まり切った台詞から始まる、学校での一日は、今にも嘆息が漏れ聞こえてきそうな気怠さが花曇りの顔に滲み出る。

「流行り病か?」

 田所に続き、欠席者が立て続けに出ると、病欠を意識せざるを得ないが、生徒は違った。「遊び」に参加した者、つまり田所と宮地が教室に姿を現さないことから、不詳の理由で登校を忌避したのだと考えるのが適当であった。生徒は、出し抜けに発起人へ視線を飛ばす。きっと、思案に耽る姿を想定していのだろう。あっけらかんとした表情で机に落書きしている太平楽な様を目にすると、目蓋が大きく持ち上がって嫌悪感をあけすけにした。だが、わずかな疑念を頼りに発起人を糾弾したところで、正当性は得られるのか。甚だ疑問が浮かび、「火のないところに煙は立たず」という言葉を盾にすることでしか、発起人への猜疑心を口にできない。

 滞りなく終える朝礼を横目に、生徒は無力感に苛まれていた。授業に身が入らないのはいつものことだ。窓の外の景色にしばしば目を向けるのも、いつものことだ。放課後を知らせるチャイムの音が昨日より早く感じたのさえ、いつものことである。

「そう、そう、ああ。それは家に行ってから。楽しいって! 保証する」

 安い営業トークが図らずも生徒の耳に入り、肌は粟立つ。そこはかとない卑しさは風俗街の気風そのものであり、まじまじと視線を送るのは憚られた。そばだてる肩を行きずりの壁に見立てて、発起人の口先を盗み見る。

「行こうか」

 恙無く結ばれた契約を片手に、教室を後にする発起人を中心とした三人の背中を生徒は追いかける。郊外の住宅街で人波に紛れるのは難しい。悪戯好きな歩調の微笑ましさを惜しげもなく辺りに曝しつつ前進を続けた。慣れていない道沿いながら、記憶に新しいその道程に動悸が激しくなっていく。発起人が企画する、「秘密の遊び」は件のアパートにて行われており、二階の一室へ吸い込まれていく様子を外から見守った。

 あの日置かれた状況の危うさを見込んで、通りの歩行者と大差ない手厚い間合いを保つ。海面のブイを眺めるような遠い目は、戸口が開くのと合わせて凝視へ変わった。一人目の挑戦者は、甘い誘惑に唆された生徒と同じ新参者である。

「……」

 なるべく音を立てないように忍び足を徹底した歩幅は、カタツムリに比肩する。それもそのはずだ。「遊び」の説明を受けた生徒が思わず顔を背け、忽ち心を閉ざしたように、新参者が嬉々として悪戯に赴くことは想像できない。行方をくらませた理由がここにあると、決めてかかった生徒の欝勃たる眼差しは、新参者に訪れる「とある瞬間」を捉えようと瞬きすら惜しんだ。
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