彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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秘密の遊び⑥

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 だが、思っていた以上に新参者は臆病者であった。カタツムリに比肩する遅々とした歩みは鑑賞に耐えかね、そのうち獲物に狙われた動物の凝然とした警戒心へと様変わりし、今にも野次を飛ばしてしまいそうな鬱憤が吹き溜まる。生徒は苦虫を噛み潰して、どうにか静観を守った。暫くすると、新参者は「石館」と書かれた表札を掲げる玄関の前に辿り着く。住宅街ならではの閑静な雰囲気が生徒の凝視を手助けすると、風も止んで雑音は消え去った。

「~~」

「遊び」の内容を踏まえると声を出すことはご法度にあたり、朧げながら聞こえてくる新山ものの声に生徒が唖然としたのも無理からぬ話だ。あれほど物音を出すことを嫌った歩行は瞬く間に瓦解し、絵に描いたような本末転倒ぷりに困惑は尽きない、あろうことか、玄関の扉に耳を当てて、部屋のなかを探るような仕草まで見せる。「遊び」の経験者でなくとも、苦言を与えられるはずだ。

「何やってんだよ……」

 悪態に油がのり始め、不満たらしめる頭は例によって前へ落ち、本分を怠った。バツの悪さに気付いたときには既に遅かった。

「!」

 素面とは思えない間抜けな感嘆符だ。枚挙に暇がない瞬きの速さが図々しさに拍車をかける。もぬけの殻となった現場をどう収拾をつけるべきか。

「……」

 硬く腕を組み、しきりに記憶を前後させると、一人の人間が間欠的な動きを繰り返す。脱出マジックを駆使しなければなし得ない消滅の仕方だ。それでも、ここへ来たわけを洗い直せば、順当な消え方なのである。

「コレ、やばくね?」

 宝箱が牙を剥いたような虚の突かれ方をし、呆気にとられたものの、しっかりとその理由は把捉できた。ただ、気炎を吐いて犯人に対するほどの義憤も、義務付けられた仕事もない為、生徒自身が当の一室を訪ねる謂れはない。子どもの探偵ごっこは打ち切る段階に来たと身を引く構えにあり、希代の殺人鬼として誉れ高く縄を掛けられるときが必ずや来て、生徒はそれを仔細顔で見届ける。踵を返し、来た道を引き返そうとした矢先、

「あれ、遠山?」

 魔女の一撃をもらったかのように、生徒は凝然と固まり、突飛に姓を呼ばれたことへの驚きを露見させた。

「なんだよ。そんなびっくりしなくても……」

 血相を変えた生徒の顔を見た、同学年の知人はその反応を失礼なものとして眉根を寄せる。

「ああ、やあ」

 手遅れではあったが、体裁を整えようと生徒は軽い挨拶を拵える。おまけとばかりに吊り上げた口角は、無理が祟って引き攣った。

「遠山の家って、こっちじゃないよな?」

 目敏い知人の言及に苦い顔をする生徒は、愚鈍な頭の回転に胸を張るには頼りない以下の理由を吐いた。

「いや、通りががかっただけ、だよ」

 脈略や正当性を度外視した不自然な口吻を知人はひたすら疑問に思うしかない。

「はぁ?」

 しかし、その虚飾を翻すような口の上手さや処世術は身に付けておらず、生徒は威風堂々とにべもなく歩き出した。そこには別れの挨拶もないのだから、二人に惜別はない。不必要に交わった足跡だけが残る。
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