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道化のガイダンス④
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「どうぞ」
正装したホテルマンが、優雅な足取りでワゴンを押して入室してきた。徐に手を出せば厳しく払い除けられそうな身の処し方をしており、私はホテルマンの先導をするよりも座席へ腰を下ろし、しずしずと料理が運ばれてくるのを待ったほうがいい。ホテルマンはテーブルの前まで来ると、銀の椀に包まれた皿を二枚、ワゴンから取り出し、私と彼女の前に置いた。
「此方が……」
長ったらしい料理名など私の耳に一切、入ってこなかった。今はただ、目の前で湯気を燻らせて匂いを放つデミグラスソースに塗れた丸々と太ったハンバーグの見てくれに目が奪われて仕方ない。彼女も私と変わりなく、興味の矛先を眼下のハンバーグへ向けており、ホテルマンの接客業など眼中になかった。私は不意に魔が差して一瞥する。そこには、僻地からご足労なさった田舎者が物珍しい料理を前に舞い上がった様子を詳らかに捉える、蔑視を多分に込められた睥睨が切れ長の目尻から看取できた。
「ごゆっくりどうぞ」
甲斐性がない客への対応に嫌気が差したように、ホテルマンの身のこなしはテキパキと無駄がなく、それでいて怒気と思しき足音を部屋に残して退出していった。
「本当に美味しそう」
齧り付いてしまいたいと前のめりになりながらも、私より先に手を出す無礼さを戒めている。あくまでも、金銭を得る為にその身を生業にしている彼女の生来に根差す品性が垣間見得た。これ以上、足踏みをさせるのも悪いと思い、私は以下の言葉をかける。
「頂きましょう」
フォークとナイフをあやなして、ハンバーグを先ず半分に割った。虹色に光る脂がトクトクと溢れ出し、芳しさと見目を華やかに彩る。私はそこから更に、四分割するとその一欠片をひょいと口へ運ぶ。少し苦味もあるデミグラスソースが舌を刺激かつ、上品な赤ワインによって奥深く仕立てられた複雑怪奇にまとめ上げられた諸々の調味料が鼻を抜ける。
「こんなの食べたことない!」
興奮気味にそう言う彼女の感想に私も同意する。味わったことがないソースの味に度肝を抜かれ、ホロホロと崩れる肉の甘みにひたすら咀嚼が楽しかった。この料理を前に言葉を交わすのは不躾な振る舞いにあたると思い、両手を無言で動かし続けた。
「ご馳走様でした」
首尾よく食事を終えると、私は席から立ち上がって、シャワールームと思しき隅の部屋に向かう。
「あっ」
彼女はすっとんきょうな声を上げ、夢から覚めたようにさめざめとした雰囲気を全身に纏った。そんな背景を背中に受けつつ、私はカラスの行水さながらに全身を洗い終えて、さっさと彼女のいる部屋に戻った。しかし、ハンバーグを食した残骸がテーブルにあるだけで彼女の姿が見当たらない。私は、隣にある寝室に足を向ける。するた、ベッドの上で携帯を弄りくつろぐ彼女がそこには居て、驚いたような顔を浮かべる。
正装したホテルマンが、優雅な足取りでワゴンを押して入室してきた。徐に手を出せば厳しく払い除けられそうな身の処し方をしており、私はホテルマンの先導をするよりも座席へ腰を下ろし、しずしずと料理が運ばれてくるのを待ったほうがいい。ホテルマンはテーブルの前まで来ると、銀の椀に包まれた皿を二枚、ワゴンから取り出し、私と彼女の前に置いた。
「此方が……」
長ったらしい料理名など私の耳に一切、入ってこなかった。今はただ、目の前で湯気を燻らせて匂いを放つデミグラスソースに塗れた丸々と太ったハンバーグの見てくれに目が奪われて仕方ない。彼女も私と変わりなく、興味の矛先を眼下のハンバーグへ向けており、ホテルマンの接客業など眼中になかった。私は不意に魔が差して一瞥する。そこには、僻地からご足労なさった田舎者が物珍しい料理を前に舞い上がった様子を詳らかに捉える、蔑視を多分に込められた睥睨が切れ長の目尻から看取できた。
「ごゆっくりどうぞ」
甲斐性がない客への対応に嫌気が差したように、ホテルマンの身のこなしはテキパキと無駄がなく、それでいて怒気と思しき足音を部屋に残して退出していった。
「本当に美味しそう」
齧り付いてしまいたいと前のめりになりながらも、私より先に手を出す無礼さを戒めている。あくまでも、金銭を得る為にその身を生業にしている彼女の生来に根差す品性が垣間見得た。これ以上、足踏みをさせるのも悪いと思い、私は以下の言葉をかける。
「頂きましょう」
フォークとナイフをあやなして、ハンバーグを先ず半分に割った。虹色に光る脂がトクトクと溢れ出し、芳しさと見目を華やかに彩る。私はそこから更に、四分割するとその一欠片をひょいと口へ運ぶ。少し苦味もあるデミグラスソースが舌を刺激かつ、上品な赤ワインによって奥深く仕立てられた複雑怪奇にまとめ上げられた諸々の調味料が鼻を抜ける。
「こんなの食べたことない!」
興奮気味にそう言う彼女の感想に私も同意する。味わったことがないソースの味に度肝を抜かれ、ホロホロと崩れる肉の甘みにひたすら咀嚼が楽しかった。この料理を前に言葉を交わすのは不躾な振る舞いにあたると思い、両手を無言で動かし続けた。
「ご馳走様でした」
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「あっ」
彼女はすっとんきょうな声を上げ、夢から覚めたようにさめざめとした雰囲気を全身に纏った。そんな背景を背中に受けつつ、私はカラスの行水さながらに全身を洗い終えて、さっさと彼女のいる部屋に戻った。しかし、ハンバーグを食した残骸がテーブルにあるだけで彼女の姿が見当たらない。私は、隣にある寝室に足を向ける。するた、ベッドの上で携帯を弄りくつろぐ彼女がそこには居て、驚いたような顔を浮かべる。
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