彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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シーラカンス①

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 地平や海上に肘をつく太陽の憂いに合わせて、夕食の準備に追われた換気扇がせかせかと働き始める。そんな折に、何処からともなく赤茶けたラッパの音色が聞こえだし、買い物袋をぶら下げた主婦の財布を緩まそうと誘う。情景として耳を傾けて止まない偉大な役者ではあったものの、おいそれと軽自動車の暖簾を潜ろうと思えないのは、衛生状態や味についての疑心があり、カップラーメンで済ませた方が経済的とさえ思わせる。とはいえ、路肩に止められた屋台から香ってくる匂いは腹の虫を騒がせ、足元から伸びる影を引っ張り、思わず振り向いてしまう。

 それは頭の隅にあって、本来掘り起こされることがないと思われた、まことしやかな会話が電気信号にも通ずる早さで駆け巡り、名刺を渡すのに即した全身黒の装いを空目する。

「こんなクソ暑い日にラーメンを食いたいなんて正気ですか? 先輩」

 貫禄すら伺える腹回りの男は、とめどなく流れる額の汗をハンカチで拭き取りつつ、会社の先輩である細身の男の提案について疑問を呈した。

「それがつるつるいけちゃうんだよなぁ。それが!」

 だが、そんな疑問など一考する価値がないと即座に返し、極めて主観的な感想を述べた。それだけには留まらず、細身の男はつらつらと自身が好みとする、とある“ラーメン”の味を語り始めた。

「スープは澄んだ琥珀色をしていてな。レンゲで掬って口に運ぶまでの湯気でヤラレちゃうんだよなぁ」

「はぁ」

 真上から降り注ぐ太陽の日差しを睨みながら、ほとんど嘆息に近い相槌を打った。

「あのスープを再現するには水、水が大事なんだ」

「水ですか?」

「そうなんだよ……」

 含みのある言い回しをする細身の男の誘水に思わず顔を背けたが、会社の立場を鑑みて呆れたように尋ねる。

「どんな水を使ってるんですか?」

 すると、細身の男は嬉々として目を輝かせ、舌を弾ませた。

「鼻白むのはよしてくれ。これは本当の話なんだが……」

 曰く付きの怪談でも話すような調子であまりに突飛な内容を語る。

「長寿の水と呼ばれる水を使ってるんだ。世捨て人が恨み節の一つを添えて井戸へ寿命を投げ捨てた水さ。井戸の水を飲んだ者は、本来の寿命より長らえるらしい」

 尾鰭の付いた伝来だとしても、聞いて心地の良い話ではないことは明白だ。

「古めかしい屋台でね。名前は……」

 それは朱色に染まる景色の中で、郷愁を誘う風采をしており、上記の言い伝えを語るのに相応しい匂いを発していた。この食欲は匂いに煮やされ浮かぶ灰汁のようなものだ。恥ずべき外聞などかなぐり捨てて、潮溜まりへ飛び込むように暖簾をくぐる。

「イラッシャイ」

 瞼の贅肉で埋もれた眼は、触覚を有した昆虫のような体裁である。ひときわ大きい頭は、私を知覚したようで、しっかりと此方を向いて頭を下げた。
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