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変身⑰
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事も無げに車のアクセルペダルが踏み込まれ、背もたれに身体を張り付かせた。余計な口を挟み、長髪の男から睥睨されるのはまだいい。居心地の悪さに託けて無粋な質問をして、少女からも睨まれてしまうと、車内での立場は危うくなり、迂闊なことは言えなかった。
「♪」
背後から鼻歌のようなものが聞こえて来て、想像しているよりも悪い結果にはならないのではないか。そんな気持ちも幾ばくか湧きかけたが、都合のいい解釈だと一蹴されて然るべき、踏ん張りが利かない楽観的思考であった。何故なら、長髪の男が愉快そうにハンドルをあやなす姿を横目にすると、悪い予感がこんこんと肌に纏わり付き、決して遊戯に繰り出すような健全さが伴っていないと説得されてしまったのだ。
先刻の賑わいは立ち枯れて、人気が見る間になくなった。地名も定かではない住宅街に入り込んだようだ。しかしながら、長髪の男には土地勘があるようで、幾度も横道に逸れながら、全く憂慮を感じさせないアクセルとブレーキの使い方で住宅街を駆っていく。直裁に目的を尋ねて、思いも寄らない一撃を貰う恐れから、軽々に口を開く気にはなれなかった。きわめて保身的な彼の身のこなしは、首尾一貫しており、その尻込みを自己批判的に内省するようなことはしない。
アスファルトの地面とは打って変わって、車体が小刻みに上下する砂利の敷かれた駐車場に黒いワゴン車が侵入する。そこは本来、近隣住民が一ヶ月の契約料金を支払って利用する場所であり、部外者であろう我々が、躊躇いなく足を踏み入れて停車すれば、盗人猛々しい振る舞いによって背中に汗が流れた。
「ムササビちゃん、後ろに取ってほしいもんがあるんだ」
以前から交流があることを匂わせる親しげなやりとりが直ぐそばで行われ、彼は少しだけ一安心したのも束の間、少女が後ろを向いて無防備な背中を晒したのを見計らい、右手に工具らしき物を握り締めた長髪の男が運転席と助手席を分ける僅かな空間に身体を滑り込ませる。まるで蛇のように身体を操って少女の背中に迫る様は、これから起きようとする事件を明朗に語り、硬質な工具が頭部の頂点に向かって振り下ろされた。
「ん」
言葉にならない声が少女の口から発せられ、抵抗しようとする両手の蠢きは、二度目の殴打によって打ち砕かれた。
「たすっ、け」
辛うじて聞き取れる彼女の訴えを聞いた彼は、助手席から弾き出されるようにして外へ出る。白刃が目の前で怪光を放ったかのような鋭い目眩に襲われて、彼は泡を吹きかけたが、不穏に揺れる黒いワゴン車を目にした瞬間、不満に腫れた腹が割腹する過去の鬱憤が去来した。さほど珍しくもない母子家庭にあった彼の日常は、経済的に困窮しつつも、笑顔が絶えない家庭であった。しかしある日、母親が連れてきた新たな恋人の存在が、歯車を大きく狂わせた。
「♪」
背後から鼻歌のようなものが聞こえて来て、想像しているよりも悪い結果にはならないのではないか。そんな気持ちも幾ばくか湧きかけたが、都合のいい解釈だと一蹴されて然るべき、踏ん張りが利かない楽観的思考であった。何故なら、長髪の男が愉快そうにハンドルをあやなす姿を横目にすると、悪い予感がこんこんと肌に纏わり付き、決して遊戯に繰り出すような健全さが伴っていないと説得されてしまったのだ。
先刻の賑わいは立ち枯れて、人気が見る間になくなった。地名も定かではない住宅街に入り込んだようだ。しかしながら、長髪の男には土地勘があるようで、幾度も横道に逸れながら、全く憂慮を感じさせないアクセルとブレーキの使い方で住宅街を駆っていく。直裁に目的を尋ねて、思いも寄らない一撃を貰う恐れから、軽々に口を開く気にはなれなかった。きわめて保身的な彼の身のこなしは、首尾一貫しており、その尻込みを自己批判的に内省するようなことはしない。
アスファルトの地面とは打って変わって、車体が小刻みに上下する砂利の敷かれた駐車場に黒いワゴン車が侵入する。そこは本来、近隣住民が一ヶ月の契約料金を支払って利用する場所であり、部外者であろう我々が、躊躇いなく足を踏み入れて停車すれば、盗人猛々しい振る舞いによって背中に汗が流れた。
「ムササビちゃん、後ろに取ってほしいもんがあるんだ」
以前から交流があることを匂わせる親しげなやりとりが直ぐそばで行われ、彼は少しだけ一安心したのも束の間、少女が後ろを向いて無防備な背中を晒したのを見計らい、右手に工具らしき物を握り締めた長髪の男が運転席と助手席を分ける僅かな空間に身体を滑り込ませる。まるで蛇のように身体を操って少女の背中に迫る様は、これから起きようとする事件を明朗に語り、硬質な工具が頭部の頂点に向かって振り下ろされた。
「ん」
言葉にならない声が少女の口から発せられ、抵抗しようとする両手の蠢きは、二度目の殴打によって打ち砕かれた。
「たすっ、け」
辛うじて聞き取れる彼女の訴えを聞いた彼は、助手席から弾き出されるようにして外へ出る。白刃が目の前で怪光を放ったかのような鋭い目眩に襲われて、彼は泡を吹きかけたが、不穏に揺れる黒いワゴン車を目にした瞬間、不満に腫れた腹が割腹する過去の鬱憤が去来した。さほど珍しくもない母子家庭にあった彼の日常は、経済的に困窮しつつも、笑顔が絶えない家庭であった。しかしある日、母親が連れてきた新たな恋人の存在が、歯車を大きく狂わせた。
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