8 / 16
狂気と蠢く影の源泉
八方塞がり
しおりを挟む
「誰かぁ……」
魔の手を逃れた者の声が、渡り廊下の反対側、つまり吹っ飛ばされて校舎に放り込まれた数少ない生徒の呼び声が地を這って届く。
「生きている奴がいる!」
三樹は躊躇いなく階段を降りていき、自慢の脚力で行って戻る算段が出来ているようだった。
「思い切りのいい奴だ」
皮肉のこもっていない、誠実な評価を鈴見は三樹に与える。汚れの少ない上履きの立派なゴム底が廊下の床を捉え、ふくらはぎに筋肉が彫刻された。三樹が向ける足先には、まんぐり返しの輩や、くたびれたオットセイ男。ままならないといった様子で床に倒れている生徒達の中で、茶髪の少年が仁王立ち、折れた歯を舌で転がして吐き出した。蜘蛛の糸のような赤い血が口から引いて、顎にかかる。
「大丈夫か?!」
すかさず問う三樹の良心に、茶髪の少年が真っ先に反応した。
「おれ? おれは大丈夫だけど」
茶髪の少年は鉛のような息を吐き、転がるオットセイ男を指差した。
「?」
その注進に三樹が目を凝らすと、オットセイ男の陰からあの胴間声が上がる。
「たすけ、」
三樹はオットセイ男の元へ駆け寄って、おずおずと首を伸ばす。眼下に捉えたのは、ひしゃげた傘のように四肢があらぬ方向へ曲がった身体の奇抜さであり、総毛立つ身体の悪寒に尻もちをつく。
「あーらら。ソイツはもうダメだね」
茶髪の少年はそう言いきり、オットセイ男の体躯に巻き込まれたツキのなさに別れを告げる。
「ここにいると危ない。上に行くぞ」
先導役を買って出た茶髪の少年に倣い、三樹共々、一斉に階段の方へ走り出す。それぞれがの怪我の事情を汲み取って、三樹は最後尾に立って集団をコントロールする。
「驚いた」
淡々と感嘆符もなく、感情の起伏の一切を表さず出し抜けに言われれば、返答は決まってこうなる。
「なにが?」
茶髪の少年は踊り場の鈴見を見上げて言った。
「いや、五体満足でよかったね」
身を案じて発したとは思えない間に合わせの言葉が、茶髪の少年の足を止める。すると、オットセイ男がいの一番に背中を押した。
「早くいこうよ、長親」
「あ? あぁ」
皆は救助を見越して、黙々と階段を登っていく。足に一抹の疲労を覚える、五つ目の階段に差し掛かったところで、茶髪の少年もとい長親が切り出した。
「わざわざ一番上までいく必要ないだろ」
飛行機雲を求め、揃って上ばかり見ていた集団は、窓の外に張り付いた霧を一瞥し、なくなくその意見を受け入れた。屋上に出たとして、救助の目が届くはずがなく、外界に存在する未確認の生物の餌になるのがオチだ。ならば、校内で出来るだけ、時間を潰した方が安全である。
伽藍の教室に入り、朝方まで誰かが座っていたであろう、机にそれぞれ着席した。閉じ込められたといって過言ではないこの状況下で、軽薄に会話を交わす者は一人もおらず、もて余した静けさは、病院の待合室の辛気臭さを想起させる。
「はぁ」
そこかしこでひとしおに上がる湿った嘆息は、お互いに抱える認識の確認であり、命の行方について、無言でやり取りしている。誰もが薄暗い一寸先の将来に憂慮していれば一人、口を開いて言った。
「もう、九人しかいないんだね」
今髪を切ったなら、血が滲むかもしれない。それほど神経が過敏になっていて、無闇に吐かれた言葉はより鋭い緊張をもたらした。だが、長親は平静に反証する。
「いや、まだ体育館に人は残ってる」
鈴見たちは、一陣を見送ったあとに渡り廊下を踏破した二陣であり、長親たちはその後の三陣。次々と触手の被害に遭う姿を見れば、体育館に留まる人間がいてもおかしくはない。
魔の手を逃れた者の声が、渡り廊下の反対側、つまり吹っ飛ばされて校舎に放り込まれた数少ない生徒の呼び声が地を這って届く。
「生きている奴がいる!」
三樹は躊躇いなく階段を降りていき、自慢の脚力で行って戻る算段が出来ているようだった。
「思い切りのいい奴だ」
皮肉のこもっていない、誠実な評価を鈴見は三樹に与える。汚れの少ない上履きの立派なゴム底が廊下の床を捉え、ふくらはぎに筋肉が彫刻された。三樹が向ける足先には、まんぐり返しの輩や、くたびれたオットセイ男。ままならないといった様子で床に倒れている生徒達の中で、茶髪の少年が仁王立ち、折れた歯を舌で転がして吐き出した。蜘蛛の糸のような赤い血が口から引いて、顎にかかる。
「大丈夫か?!」
すかさず問う三樹の良心に、茶髪の少年が真っ先に反応した。
「おれ? おれは大丈夫だけど」
茶髪の少年は鉛のような息を吐き、転がるオットセイ男を指差した。
「?」
その注進に三樹が目を凝らすと、オットセイ男の陰からあの胴間声が上がる。
「たすけ、」
三樹はオットセイ男の元へ駆け寄って、おずおずと首を伸ばす。眼下に捉えたのは、ひしゃげた傘のように四肢があらぬ方向へ曲がった身体の奇抜さであり、総毛立つ身体の悪寒に尻もちをつく。
「あーらら。ソイツはもうダメだね」
茶髪の少年はそう言いきり、オットセイ男の体躯に巻き込まれたツキのなさに別れを告げる。
「ここにいると危ない。上に行くぞ」
先導役を買って出た茶髪の少年に倣い、三樹共々、一斉に階段の方へ走り出す。それぞれがの怪我の事情を汲み取って、三樹は最後尾に立って集団をコントロールする。
「驚いた」
淡々と感嘆符もなく、感情の起伏の一切を表さず出し抜けに言われれば、返答は決まってこうなる。
「なにが?」
茶髪の少年は踊り場の鈴見を見上げて言った。
「いや、五体満足でよかったね」
身を案じて発したとは思えない間に合わせの言葉が、茶髪の少年の足を止める。すると、オットセイ男がいの一番に背中を押した。
「早くいこうよ、長親」
「あ? あぁ」
皆は救助を見越して、黙々と階段を登っていく。足に一抹の疲労を覚える、五つ目の階段に差し掛かったところで、茶髪の少年もとい長親が切り出した。
「わざわざ一番上までいく必要ないだろ」
飛行機雲を求め、揃って上ばかり見ていた集団は、窓の外に張り付いた霧を一瞥し、なくなくその意見を受け入れた。屋上に出たとして、救助の目が届くはずがなく、外界に存在する未確認の生物の餌になるのがオチだ。ならば、校内で出来るだけ、時間を潰した方が安全である。
伽藍の教室に入り、朝方まで誰かが座っていたであろう、机にそれぞれ着席した。閉じ込められたといって過言ではないこの状況下で、軽薄に会話を交わす者は一人もおらず、もて余した静けさは、病院の待合室の辛気臭さを想起させる。
「はぁ」
そこかしこでひとしおに上がる湿った嘆息は、お互いに抱える認識の確認であり、命の行方について、無言でやり取りしている。誰もが薄暗い一寸先の将来に憂慮していれば一人、口を開いて言った。
「もう、九人しかいないんだね」
今髪を切ったなら、血が滲むかもしれない。それほど神経が過敏になっていて、無闇に吐かれた言葉はより鋭い緊張をもたらした。だが、長親は平静に反証する。
「いや、まだ体育館に人は残ってる」
鈴見たちは、一陣を見送ったあとに渡り廊下を踏破した二陣であり、長親たちはその後の三陣。次々と触手の被害に遭う姿を見れば、体育館に留まる人間がいてもおかしくはない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?
鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。
先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)
本野汐梨 Honno Siori
ホラー
あなたの身近にも訪れるかもしれない恐怖を集めました。
全て一話完結ですのでどこから読んでもらっても構いません。
短くて詳しい概要がよくわからないと思われるかもしれません。しかし、その分、なぜ本文の様な恐怖の事象が起こったのか、あなた自身で考えてみてください。
たくさんの短いお話の中から、是非お気に入りの恐怖を見つけてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる