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第二部
第三柱ウァサゴ
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つらつらと綴られたそれは、とある者に対しての言及であり、先刻に見た文章の構成と瓜二つとくれば、自然と答えは出た。
「第三柱のウァサゴ」
バエルは、二人だけでは飽き足らず、次なる悪魔の召喚に気炎を吐くつもりなのだ。ベレトが俺を召喚したことが、回り回ってバエルの思惑と合致し、口を揃えて貴重な存在だと公言するであろう「召喚士」の有無に左右されず、召喚に挑める。アイから漸次的に、俺の動向は耳に届いていただろうし、魔術に関する扱いへの疑問が晴れたからこそ、召喚を持ち出すに至った。
「貸せ」
ベレトが俺から紙を奪い取り、目を上下に忙しく動かす。
「二人、足りませんよ」
召喚に際して、人数は無視できない。恐らく最低でも五人の人間は必要とされ、世界を繋ぐ門は形成するには事足りない。
「そことここに居るじゃないか」
顎を使うバエルの指示に従い、視線を行き来させる。不安げなアイの姿とフードを頭に被り徹底した韜晦を授かる人物が、今回の召喚の担い手のようだ。
「準備は万端のようですね……」
俺がそう言う傍らで、ベレトが独り爪を噛み、たった一枚の紙を熟読玩味している。自分より位が高い存在が次から次へと増えていく不安から、今にも悄然とし出し、ぶつぶつと念仏めいた文句を垂れてもおかしくない雰囲気がある。
ふと床に目を落とすと、既に魔法陣と思しき白線が引かれており、召喚に資するものは全て揃っていた。文字を何度も往復し、能力の詳細を頭に入れるベレトの用心深い性格を見透かしたバエルは、チクリと釘を刺すように言う。
「ベレト。理解したかい?」
その返事の代わりに、紙を俺に押しつけて魔法陣の直ぐ外側に立ち、もういつ始めても構わないと態度で表した。
「じゃあ、レラジェはそこに」
俺はバエルが指差す先に立つと、まさに異世界に呼び出されたあの日の光景を思い出す。今度は異世界の住民の一人として、奇異な眼差しを受ける側に回る。異世界に来てから不思議な経験は尽きないが、これに比肩する奇妙な感覚はないだろう。
「強くイメージするんだ。紙に書かれた文字を立体的に。その存在があたかも目の前に居るかのように」
序列は上から数えて三番目に位置し、地獄の君主として軍団を率いたとされている。具体的な姿形は記されておらず、過去と未来を見通す千里眼のような力を備え、秘められた真実の探究および失われた真実を際限なく浮き彫りにする。女性の愛を扇情するとされ、行動の全ては真実に基づき、嘘偽りがないらしい。
目蓋を下ろし、滅多にない没我へ取り組む姿勢は、腹の底に溜まった便に退去を求めたあの日の悪戦苦闘と遜色なく、俺は門が開いて何者かが顔を出す瞬間を強く想像した。それは、こめかみの血管が隆起するほどの力みとなり、拳は癇癪玉を握り込んだ。すると、仄かな温かみを足元に覚え、やおら薄目を開ける。
「!」
白線が発光し、幾何学に描かれた模様が立体的に立ち上がる神秘的な光景を目にした。その物珍しさから触れて確かめてみたかったが、砂上の楼閣のようにもろく崩れゆく様が頭に浮かび、俺はグッと耐え忍んだ。不思議な現象はそれだけには留まらない。白い帯状の線が魔法陣を中心に輪っかとなって広がり、部屋の壁にぶつかると煙のように消える。心拍を想起させるリズムでその輪っかは何度も形成されて、煙になるのを繰り返す。徐々にその間隔は短くなっていき、煙になって消える間に次の輪っかがぶつかりだす。
髪を翻すほどの突風で目を閉じた矢先、不意に呼ばれるのだ。
「中……村?」
決して呼ばれるはずがない名前を耳にし、魔法陣の真ん中で座り込む郷愁へ、俺は唖然とした。まるでこの世に生まれてきてはならない、忌み子を見るかのような面持ちで向き合うと、
「日浦」
異世界に相応しくない名前を互いに呼び合った。
「第三柱のウァサゴ」
バエルは、二人だけでは飽き足らず、次なる悪魔の召喚に気炎を吐くつもりなのだ。ベレトが俺を召喚したことが、回り回ってバエルの思惑と合致し、口を揃えて貴重な存在だと公言するであろう「召喚士」の有無に左右されず、召喚に挑める。アイから漸次的に、俺の動向は耳に届いていただろうし、魔術に関する扱いへの疑問が晴れたからこそ、召喚を持ち出すに至った。
「貸せ」
ベレトが俺から紙を奪い取り、目を上下に忙しく動かす。
「二人、足りませんよ」
召喚に際して、人数は無視できない。恐らく最低でも五人の人間は必要とされ、世界を繋ぐ門は形成するには事足りない。
「そことここに居るじゃないか」
顎を使うバエルの指示に従い、視線を行き来させる。不安げなアイの姿とフードを頭に被り徹底した韜晦を授かる人物が、今回の召喚の担い手のようだ。
「準備は万端のようですね……」
俺がそう言う傍らで、ベレトが独り爪を噛み、たった一枚の紙を熟読玩味している。自分より位が高い存在が次から次へと増えていく不安から、今にも悄然とし出し、ぶつぶつと念仏めいた文句を垂れてもおかしくない雰囲気がある。
ふと床に目を落とすと、既に魔法陣と思しき白線が引かれており、召喚に資するものは全て揃っていた。文字を何度も往復し、能力の詳細を頭に入れるベレトの用心深い性格を見透かしたバエルは、チクリと釘を刺すように言う。
「ベレト。理解したかい?」
その返事の代わりに、紙を俺に押しつけて魔法陣の直ぐ外側に立ち、もういつ始めても構わないと態度で表した。
「じゃあ、レラジェはそこに」
俺はバエルが指差す先に立つと、まさに異世界に呼び出されたあの日の光景を思い出す。今度は異世界の住民の一人として、奇異な眼差しを受ける側に回る。異世界に来てから不思議な経験は尽きないが、これに比肩する奇妙な感覚はないだろう。
「強くイメージするんだ。紙に書かれた文字を立体的に。その存在があたかも目の前に居るかのように」
序列は上から数えて三番目に位置し、地獄の君主として軍団を率いたとされている。具体的な姿形は記されておらず、過去と未来を見通す千里眼のような力を備え、秘められた真実の探究および失われた真実を際限なく浮き彫りにする。女性の愛を扇情するとされ、行動の全ては真実に基づき、嘘偽りがないらしい。
目蓋を下ろし、滅多にない没我へ取り組む姿勢は、腹の底に溜まった便に退去を求めたあの日の悪戦苦闘と遜色なく、俺は門が開いて何者かが顔を出す瞬間を強く想像した。それは、こめかみの血管が隆起するほどの力みとなり、拳は癇癪玉を握り込んだ。すると、仄かな温かみを足元に覚え、やおら薄目を開ける。
「!」
白線が発光し、幾何学に描かれた模様が立体的に立ち上がる神秘的な光景を目にした。その物珍しさから触れて確かめてみたかったが、砂上の楼閣のようにもろく崩れゆく様が頭に浮かび、俺はグッと耐え忍んだ。不思議な現象はそれだけには留まらない。白い帯状の線が魔法陣を中心に輪っかとなって広がり、部屋の壁にぶつかると煙のように消える。心拍を想起させるリズムでその輪っかは何度も形成されて、煙になるのを繰り返す。徐々にその間隔は短くなっていき、煙になって消える間に次の輪っかがぶつかりだす。
髪を翻すほどの突風で目を閉じた矢先、不意に呼ばれるのだ。
「中……村?」
決して呼ばれるはずがない名前を耳にし、魔法陣の真ん中で座り込む郷愁へ、俺は唖然とした。まるでこの世に生まれてきてはならない、忌み子を見るかのような面持ちで向き合うと、
「日浦」
異世界に相応しくない名前を互いに呼び合った。
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