87 / 149
第四部
屋敷の守護者
しおりを挟む
悪賢く儲けようとしている身体に気怠さが巻き付き、「窃盗」という甘い汁が苦々しく感じた。一番手前の部屋のドアノブに手を掛け、部屋に足を踏み入れる。目敏く室内を見回すが、家宝が物の影に隠れるような死角はなく、この部屋が日常的に使われている形跡が窺えない。それはつまり、公爵ですら屋敷を持て余していることが語るに落ち、篤実な心掛けで部屋を見て回る徒労とも言うべき時間がこれから待っていることを告げた。
「つぎつぎ」
おれを急かすようにビーマンが背中を押す。「物」盗む為に屋敷へ侵入したはずが、不備がないかを調べる作業員めいた仔細な目の使い方をしている。足運びは徐々に粗野になっていき、踏み潰すように廊下を歩き、屋敷の中央と思しき辺りまでくると、階下に続く階段と鉢合わせた。木目調の階段に合わせて、壁に彫られた模様も自然物を意識したものになっている。細部まで手が行き届く屋敷の作りは、ひとえに位の高い人間が暮らすのに相応しい。一生縁のない光景である。それは数える間もない。ほんの一時の感傷だった。おれ達がこれから向かう廊下の奥から、出し抜けに声を掛けられたのは。
「罪深いよなぁ。公爵の家に勝手に上がり込むなんてさぁ」
殊更に目を奪われていた訳ではない。五感を鋭く保ちながら、内省をしていたつもりだ。しかし、ローブを着た如何にも魔術師風の坊主頭が、呆れたように頭を掻いて目の前にいることから、おれ達はみごとに見落としたのだ。
「魔術師さんですか?」
ビーマンは毅然とした態度でおれを差し置き、一歩前へ出る。その背中の翼下に、おれはすかさず隠れて、不穏な雲行きから身を守ろうとした。だが、直下に気付かされる。独り立ちできぬ人間が無謀にも盗みを働こうとする浅ましさに。
「これを見れば当然だろう?」
魔術師はこれ見よがしにローブを翻し、人を見下す立場にあると鼻に掛けた顔と所作によって語った。
「……そうか。なら」
階段の踊り場で浮遊していたランプ代わりの布を、ビーマンは魔術師の前に仔細顔をしながら晒す。
「?!」
ビーマンの意図した通りに魔術師は顎を落とし、おれ達がどれだけ訝しい存在であるかを瞳の揺らぎから捉えた。
「これを見れば分かるよな?」
売り言葉に買い言葉で返すビーマンは、魔術師の動転具合を滑稽な姿と貶めて、「魔術」が扱える事に胸を張る矮小な矜持へ舌を出す。“魔術師”という肩書きが如何に胡乱であるかを懇切丁寧に体現するおれ達は、衝突し合うことが宿命付けられた関係にあり、迸る怒りの矛先が此方に向いたのも無理からぬ話だ。
「背信者め」
他人を誹る言葉としてはあまりに脆弱で寄る辺がない。仮に装飾が追いつかず、とっさに吐き出せたのが「背信者め」ならば、取るに足らない。
「はいはい」
先に口火を切ったのはビーマンであった。一息で魔術師の懐に飛び込むには、瞬間移動めいた力の発露が求められ、いくら魔術といえど夢の中でしか実現できない事象になる。ビーマンと魔術師の間には、目に見える形で警戒心が間合いとなって現れており、ビーマンが走り出すのを見て行動を起こす余裕が介在した。
「つぎつぎ」
おれを急かすようにビーマンが背中を押す。「物」盗む為に屋敷へ侵入したはずが、不備がないかを調べる作業員めいた仔細な目の使い方をしている。足運びは徐々に粗野になっていき、踏み潰すように廊下を歩き、屋敷の中央と思しき辺りまでくると、階下に続く階段と鉢合わせた。木目調の階段に合わせて、壁に彫られた模様も自然物を意識したものになっている。細部まで手が行き届く屋敷の作りは、ひとえに位の高い人間が暮らすのに相応しい。一生縁のない光景である。それは数える間もない。ほんの一時の感傷だった。おれ達がこれから向かう廊下の奥から、出し抜けに声を掛けられたのは。
「罪深いよなぁ。公爵の家に勝手に上がり込むなんてさぁ」
殊更に目を奪われていた訳ではない。五感を鋭く保ちながら、内省をしていたつもりだ。しかし、ローブを着た如何にも魔術師風の坊主頭が、呆れたように頭を掻いて目の前にいることから、おれ達はみごとに見落としたのだ。
「魔術師さんですか?」
ビーマンは毅然とした態度でおれを差し置き、一歩前へ出る。その背中の翼下に、おれはすかさず隠れて、不穏な雲行きから身を守ろうとした。だが、直下に気付かされる。独り立ちできぬ人間が無謀にも盗みを働こうとする浅ましさに。
「これを見れば当然だろう?」
魔術師はこれ見よがしにローブを翻し、人を見下す立場にあると鼻に掛けた顔と所作によって語った。
「……そうか。なら」
階段の踊り場で浮遊していたランプ代わりの布を、ビーマンは魔術師の前に仔細顔をしながら晒す。
「?!」
ビーマンの意図した通りに魔術師は顎を落とし、おれ達がどれだけ訝しい存在であるかを瞳の揺らぎから捉えた。
「これを見れば分かるよな?」
売り言葉に買い言葉で返すビーマンは、魔術師の動転具合を滑稽な姿と貶めて、「魔術」が扱える事に胸を張る矮小な矜持へ舌を出す。“魔術師”という肩書きが如何に胡乱であるかを懇切丁寧に体現するおれ達は、衝突し合うことが宿命付けられた関係にあり、迸る怒りの矛先が此方に向いたのも無理からぬ話だ。
「背信者め」
他人を誹る言葉としてはあまりに脆弱で寄る辺がない。仮に装飾が追いつかず、とっさに吐き出せたのが「背信者め」ならば、取るに足らない。
「はいはい」
先に口火を切ったのはビーマンであった。一息で魔術師の懐に飛び込むには、瞬間移動めいた力の発露が求められ、いくら魔術といえど夢の中でしか実現できない事象になる。ビーマンと魔術師の間には、目に見える形で警戒心が間合いとなって現れており、ビーマンが走り出すのを見て行動を起こす余裕が介在した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる