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第四部
カラクリ
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魔術師は尻を火で炙られたかのように、拙速に手の平を床につく。欝勃と走り出したビーマンの後ろ姿は、一人で全てを解決する器量に即し、横槍などの首を突っ込む行為は尽く無粋に思え、おれは仁王立つ。齷齪と手足を動かし前進するビーマンの背中が離れていくのは当然のことながら、妙に違和感があった。周囲の床や壁、その動作によって流れていく速度が噛み合っていないかのような、不自然さ。おれが後ろに下がっていなければ成立しない速度感があり、思わず前へ踏み出そうとした。すると、絨毯に足を取られて盛大に前がかりに倒れた。これは錯覚ではない。実際に床が伸びているのだ。顔は上げると、侵入者を撥ね付ける為に動く屋敷の意思によって、おれとビーマンの接点を断つように壁が立ちはだかる。
「ビーマン!」
壁を叩くと、そこにあるはずの空洞による響きが感じられず、まるで地面を叩いているかのような硬さがあった。
「クソッ」
おれはビーマンの知恵を借りて、絨毯の切れ端に炎を付けてランタン代わりにする。夜目に慣れてきたとはいえ、歩いてきた廊下を後退しようと振り向いた矢先、見知らぬ壁が何食わぬ顔で鎮座し、四方の壁が再現する袋小路の中で、目蓋の裏めいた闇には敵わなかったのだ。まんまと分断を図られたおれが今するべきことは、窃盗などに現を抜かして悠然と過ごすのではなく、屋敷を抜け出す為の行動を起こし、屋敷の外にてビーマンとの合流を目指す。これだけである。
「つまり……」
鳥籠さながらにおれを閉じ込める壁へ手をついて、来し方の窓ガラスと同様の破壊を試みると、組み上げられた石の壁に亀裂が無造作に走り、握り込んだそばから瓦礫として脆く崩れ出す。おれを孤立無縁に追いやった四方の壁が道を開け、奥行きを感じさせる空気の流れが頬を掠める。特別な屋敷の仕掛けに肝を潰され、思わず息を飲んだが、力の扱いに疎いおれにすらこの状況を打破できたなら、ビーマンへの過度な心配に足を取られることもないし、外へ出るのは容易い。そう考えが至ったのも束の間、逃げ出す上で欠かせない歩き始めに、おれは再び足を踏み外す。そこにあるはずの床には、扉が口を開けて待っており、おれは急転直下に臓器を持ち上げられながら、無様に落ちていく。あまりの突飛な出来事に、受け身を取ることもままならず、水を含んだ土砂が降ったような耳障りの悪い音を立てる。
「ツぅっ……」
下手な防御姿勢がもたらす、腰や腕の痛みによって、口は歪み息が漏れた。風景を切り取るはずの窓ガラスは、足元にある絵画のすぐそばにあり、機能美を度外視した奇天烈な審美眼によって地上に横たわっている。人生に於ける万難が初めから取り上げられた、小石ほどの障害しか残っていない人間が思考する美しさの価値基準は、街にいる有象無象のソレとは似ても似つかない。複雑怪奇といって差し支えない部屋模様におれは、天井に備え付けられた奇矯な扉を途方もなく見上げた。
ぷらぷらと抜けかかった歯のように蝶番からぶら下がる扉は、今のおれならタッチして帰ってくることも容易にできるだろう。だが、あの扉の先で見る景色に虚を突かれる心配が先立ち、軽薄にも飛び上がることができなかった。
「……」
「ビーマン!」
壁を叩くと、そこにあるはずの空洞による響きが感じられず、まるで地面を叩いているかのような硬さがあった。
「クソッ」
おれはビーマンの知恵を借りて、絨毯の切れ端に炎を付けてランタン代わりにする。夜目に慣れてきたとはいえ、歩いてきた廊下を後退しようと振り向いた矢先、見知らぬ壁が何食わぬ顔で鎮座し、四方の壁が再現する袋小路の中で、目蓋の裏めいた闇には敵わなかったのだ。まんまと分断を図られたおれが今するべきことは、窃盗などに現を抜かして悠然と過ごすのではなく、屋敷を抜け出す為の行動を起こし、屋敷の外にてビーマンとの合流を目指す。これだけである。
「つまり……」
鳥籠さながらにおれを閉じ込める壁へ手をついて、来し方の窓ガラスと同様の破壊を試みると、組み上げられた石の壁に亀裂が無造作に走り、握り込んだそばから瓦礫として脆く崩れ出す。おれを孤立無縁に追いやった四方の壁が道を開け、奥行きを感じさせる空気の流れが頬を掠める。特別な屋敷の仕掛けに肝を潰され、思わず息を飲んだが、力の扱いに疎いおれにすらこの状況を打破できたなら、ビーマンへの過度な心配に足を取られることもないし、外へ出るのは容易い。そう考えが至ったのも束の間、逃げ出す上で欠かせない歩き始めに、おれは再び足を踏み外す。そこにあるはずの床には、扉が口を開けて待っており、おれは急転直下に臓器を持ち上げられながら、無様に落ちていく。あまりの突飛な出来事に、受け身を取ることもままならず、水を含んだ土砂が降ったような耳障りの悪い音を立てる。
「ツぅっ……」
下手な防御姿勢がもたらす、腰や腕の痛みによって、口は歪み息が漏れた。風景を切り取るはずの窓ガラスは、足元にある絵画のすぐそばにあり、機能美を度外視した奇天烈な審美眼によって地上に横たわっている。人生に於ける万難が初めから取り上げられた、小石ほどの障害しか残っていない人間が思考する美しさの価値基準は、街にいる有象無象のソレとは似ても似つかない。複雑怪奇といって差し支えない部屋模様におれは、天井に備え付けられた奇矯な扉を途方もなく見上げた。
ぷらぷらと抜けかかった歯のように蝶番からぶら下がる扉は、今のおれならタッチして帰ってくることも容易にできるだろう。だが、あの扉の先で見る景色に虚を突かれる心配が先立ち、軽薄にも飛び上がることができなかった。
「……」
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