5 / 24
期せずして吉兆
しおりを挟む
弁当に手を付けようとした矢先、携帯電話が鳴った。夜の深い時間を狙った不躾な呼び出し音は、身持ちの劣った私でさえ、眉根をひそめる。ひいては、見知らぬ携帯番号が画面上に表示されたとなれば、益々煙たく思い、恐る恐る着信音に応えた。
「もしもし……」
名乗る相手の素性が割れていないのだ。私からわざわざ名前を明かしてやる謂れはない。
「小林です」
私は寸暇に背筋を正した。渡した名刺は往々にしてゴミ袋の中に消えるか、路上へ置き去りにされるかのどちらかに偏る。記載した電話番号に掛けてくる殊勝な人間とはなかなか出会う事はない。だからこそ、私は肝を潰され、少々声を上擦らせてしまう。
「あっ、はい! 高谷です」
「病院で渡された名刺に書かれた番号に電話を差し上げたのですが……」
「間違いないです。小林さんに名刺を渡させてもらいました。この度はわざわざお電話ありがとうございます」
誠意を払って小林一葉の対応に気炎を吐く。
「取材の件なんですが、都合の良い時間を教えてもらえますか」
探究心に裏付けされた質問は、羽虫がたかるような嫌悪感を抱かれて、邪魔立てするなと言わんばかりに遠ざけられるものだ。時折、取材に積極的な人間はいるが、とかく自己顕示欲や承認欲求を満たしたいという、宣伝の一環としての心持ちがほとんどだ。事故の被害者がこれほどまでに能動的に働きかけてくるのは物珍しい。
「いえいえ、小林さんの都合に合わせますので、言って頂けたら」
私は床に転がっていたチラシと、テーブルの上に置いていたペンを片手に用意した。
「それじゃあ、今週の日曜日。時刻は十四時辺りでいかがでしょうか」
「えぇ、構いません」
私達は滞りなく、取材の約束を取り付ける。ただしこれらは、あくまでも口約束に過ぎず、その日の機嫌如何で放り出される事はままある。しかし今回、「小林一葉」への取材は恙無く行われる予感があった。
「場所はまた追々、連絡させてもらいます」
まるで過去に取材が受けた事があるかのような淀みない「小林一葉」の言葉運びに私は助けられた。
「はい、失礼します」
通話が切れる音を聞き、携帯電話を床に置く。
「ふぅー……」
熱に浮かされた私の赤ら顔に反して、コンビニ弁当はすっかり冷めて、歪んだ容器が今や干ばつめいた味気なさを湛えている。再び温め直すのも億劫に思い、蓋を開けてデミグラスソースの掛かったハンバーグを箸で割る。湯気は上がらず、伽藍の空気を吐いた。それを、舌の上に乗せれば、臍を曲げた食材の沈潜とした気分が喉を通った。
「……温め直すか」
事故の背景を赤の他人がずけずけと被害者へ質問をするのは憚られる。心的外傷も留意すると言葉は選んで当然だし、友好的な雰囲気を築きながら、絆すように引き出すのが適当だ。そしてその土台となる取材の場所選びとして、面談じみた圧迫感の排除や周囲の雰囲気を総合すると、「喫茶店」が人から話を訊く上で最も適した場所だといえる。
「もしもし……」
名乗る相手の素性が割れていないのだ。私からわざわざ名前を明かしてやる謂れはない。
「小林です」
私は寸暇に背筋を正した。渡した名刺は往々にしてゴミ袋の中に消えるか、路上へ置き去りにされるかのどちらかに偏る。記載した電話番号に掛けてくる殊勝な人間とはなかなか出会う事はない。だからこそ、私は肝を潰され、少々声を上擦らせてしまう。
「あっ、はい! 高谷です」
「病院で渡された名刺に書かれた番号に電話を差し上げたのですが……」
「間違いないです。小林さんに名刺を渡させてもらいました。この度はわざわざお電話ありがとうございます」
誠意を払って小林一葉の対応に気炎を吐く。
「取材の件なんですが、都合の良い時間を教えてもらえますか」
探究心に裏付けされた質問は、羽虫がたかるような嫌悪感を抱かれて、邪魔立てするなと言わんばかりに遠ざけられるものだ。時折、取材に積極的な人間はいるが、とかく自己顕示欲や承認欲求を満たしたいという、宣伝の一環としての心持ちがほとんどだ。事故の被害者がこれほどまでに能動的に働きかけてくるのは物珍しい。
「いえいえ、小林さんの都合に合わせますので、言って頂けたら」
私は床に転がっていたチラシと、テーブルの上に置いていたペンを片手に用意した。
「それじゃあ、今週の日曜日。時刻は十四時辺りでいかがでしょうか」
「えぇ、構いません」
私達は滞りなく、取材の約束を取り付ける。ただしこれらは、あくまでも口約束に過ぎず、その日の機嫌如何で放り出される事はままある。しかし今回、「小林一葉」への取材は恙無く行われる予感があった。
「場所はまた追々、連絡させてもらいます」
まるで過去に取材が受けた事があるかのような淀みない「小林一葉」の言葉運びに私は助けられた。
「はい、失礼します」
通話が切れる音を聞き、携帯電話を床に置く。
「ふぅー……」
熱に浮かされた私の赤ら顔に反して、コンビニ弁当はすっかり冷めて、歪んだ容器が今や干ばつめいた味気なさを湛えている。再び温め直すのも億劫に思い、蓋を開けてデミグラスソースの掛かったハンバーグを箸で割る。湯気は上がらず、伽藍の空気を吐いた。それを、舌の上に乗せれば、臍を曲げた食材の沈潜とした気分が喉を通った。
「……温め直すか」
事故の背景を赤の他人がずけずけと被害者へ質問をするのは憚られる。心的外傷も留意すると言葉は選んで当然だし、友好的な雰囲気を築きながら、絆すように引き出すのが適当だ。そしてその土台となる取材の場所選びとして、面談じみた圧迫感の排除や周囲の雰囲気を総合すると、「喫茶店」が人から話を訊く上で最も適した場所だといえる。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ワシの子を産んでくれんか
KOU/Vami
ライト文芸
妻に先立たれ、息子まで亡くした老人は、息子の妻である若い未亡人と二人きりで古い家に残された。
「まだ若い、アンタは出て行って生き直せ」――そう言い続けるのは、彼女の未来を守りたい善意であり、同時に、自分の寂しさが露見するのを恐れる防波堤でもあった。
しかし彼女は去らない。義父を一人にできないという情と、家に残る最後の温もりを手放せない心が、彼女の足を止めていた。
昼はいつも通り、義父と嫁として食卓を囲む。けれど夜になると、喪失の闇と孤独が、二人の境界を静かに溶かしていく。
ある夜を境に、彼女は“何事もない”顔で日々を回し始め、老人だけが遺影を直視できなくなる。
救いのような笑顔と、罪のような温もり。
二人はやがて、外の世界から少しずつ音を失い、互いだけを必要とする狭い家の中へ沈んでいく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる