吸血鬼は唇に紅を差す

駄犬

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愛だ恋だの語りたい

食欲

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 杓子定規ながら、離れ小島に橋を渡したかのような充足感から額から汗が流れた。

「親御さんはどうだった?」

「問題なかったです」

 自然に会話が転がり出し、僕は足元の縁石を軽やかに躱した。舐めるように風景と懇ろになっていた僕の歩幅が、華澄由子と歩くことによって、どれだけ狭かったかを実感する。風を切って闊歩する清々しさは、起き抜けの快便を凌ぐ。

「彼は襲った子を自殺に追い込んだり、行方不明者の肩書を与えるなどして、吸血行為を有耶無耶にしてきた」

「隠すぐらいなら、ホームレスを襲った方が手っ取り早いし、第三者の僕に見られる本末転倒ぶりに涙ぐましい腐心が浅ましく思えますよ」

「でも、人が賞味期限を気にして買い物をするように、彼の選り好みを否定する気にはなれないかな」

「吸血行為は食事ということですか」

「彼からすれば、そうなんじゃない? 狙ってるのは女ばかりだから」

「……」

 瀬戸海斗の達観しているようにも感じた雰囲気は、吸血鬼という骨格からくる差別意識の表れだったとするなら、僕が奴に抱いた感情を翻さなければならない。

「それじゃ。また後で」

 朝が早い華澄由子に合わせたおかげか、学生服を着た生徒とほとんどすれ違う事なく学校の正門まで辿り着けた。何故だろうか。刹那的に判断を下してきたつもりでも、行きつく先は初めから決まっていて、「そうか」と頷くだけの結論に辿り着くような気がしてならない。教室で点呼に答える僕だけが瀬戸海斗の欠席に納得したように。

「欠席の連絡はなかったんだよなぁ。誰か知ってる奴いるか?」

「バスケ部に顔出してたよな」

「私は本屋で見た気がするよ」

「というか、最後にアイツと会ったの誰だ」

 雲を掴むような話し合いを横目に、僕の存在を疎ましく思い、勃然として色をなす瀬戸海斗の姿が目に浮かぶ。

 教室での時間は、海辺で波の音を聞いているかのような穏やかさがあった。入れ替わり立ち替わり、教鞭を振るう教職者には申し訳ないが、僕は授業の最中、一切手を動かさなかった。椅子に座っているだけのデクノボウと化し、放課後のチャイムを合図に動き出す姿は学習者の風上にも置けない。教師が僕に愛想を尽かして叱咤叱責の類いを放棄するのも頷ける。こんな手合いだが、襟を正して面と向かう必要のある相手はいる。登校は勿論、下校時にも僕の身を案じて側にいることを約束してくれた華澄由子には頭が上がらない。

 学校の正門を人と待ち合わせる為の目印にする時がくるとは凡そ思わなかった。教室で徒然なる時間を潰すために作った隠れ蓑の群れは、放課後になれば離散して互いに干渉を避ける。僕はそれが心地よく感じていて、不便に思うことは一切なかった。しかしこうして、誰かと会うために時間を使うことを思いがけず楽しんでいる自分がいた。

「幸太くん、帰ろっか」

 世間話を投げ合いながら帰路を進む僕たちに、瀬戸海斗の急襲に怯える気配は微塵もない。夕食の買い物にスーパーに立ち寄るなどするといよいよもって、自分が保護下にあることを失念してしまいそうだ。スーパーの惣菜や弁当に手を惑うほどの魅力はないが、適度に品定めするのが性だろう。しかし、目の前の華澄由子にその気はない。流れるように買い物カゴに品物を入れていき、その場に留まってまで判断を濁らせる素振りを見せないのだ。瀬戸海斗と同じ、「吸血鬼」である華澄由子は吸血行為について、食事だと比喩した。味覚による刺激を期待していない華澄由子がそのように弁舌する訳は、血を由来とする吸血鬼ならではの発想か。

「いつも親子丼とプリンを買ってますね」

「え?」

 不意に自分の好物を他人に指摘された者の驚きは、殊更に守ってきた墨守や慣例ではない為に起こったことであり、癖ともいうべき無自覚の発露だった。
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