吸血鬼は唇に紅を差す

駄犬

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愛だ恋だの語りたい

刻々と

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「そうだね。今、気付いたよ」

 華澄由子は、自分がどれだけ食欲に関して疎いことに苦笑した。ただ僕は、不思議に思わなかった。数日間、華澄由子の荒涼たる私生活を目の前で見てきたからだ。

 華澄由子は時間の潰し方は決まり切っていて、スマートフォンの液晶は動画投稿サイトが常に表示されている。時折、着信が来たとしても、業務連絡らしき敬語の往来をこなすだけで、親しげに会話をする機会は僕が見ている限り皆無だ。だからこそ、看過できない事柄を前にした華澄由子が、不慣れな注進に臨もうと大きく息を吸い込む音に、僕は身構えさせられる。

「やっぱり、私に血を吸われた方がいいと思うんだよ」

 おずおずと、僕の機嫌に阿るようにして述懐した。身の安全どころか衣食住すらおんぶに抱っこの状態にある僕にとことん恭しく接する華澄由子の提案を、より明確にするための梅雨払いをする。

「どうしてですか?」

 すると、待ってましたと言わんばかりに華澄由子が滔々と語り出す。

「この状況を打破するには結局、私に血を吸われることで、」

 ならば、何より先にすべきことがある。それは、瀬戸海斗が路上で女性を襲い、行方をくらませていることを警察に連絡し、直ちに捜査を促すことであった。僕は不義理を承知で話の腰を折った。

「警察に連絡しましょうよ。話はそれからじゃないかな」

「……」

 報道機関が事件を取り上げる際、加害者の職業や年齢、性別と共にある一つの事項が設けられた。それは「吸血鬼」であるかどうかである。吸血鬼は顔の骨格が違っており、口の中を覗けば一目で人間との差異に気付ける。それは歯の数だ。より正確に知るには、レントゲンを用いて神経を見るのが早い。歯の神経の異様が発達にしていて、吸血行為に伴う脳への快楽物質をもたらす器官の要衝となっている。つまるところ、瀬戸海斗が捕まって報道の煽りを受けるのは近親者に留まらないということだ。華澄由子は僕の訴えに答えを窮したまま言及を避けようとする。この奇妙な共同生活は、互いに都合の悪い事実から目を逸らさなければなし得ない。

「あれってお前の姉ちゃん? 昨日、一緒に帰ってるの見たけど」

 目まぐるしい連日の変化は、学校生活にも影響を与え始めていた。僕は、家族との付き合いを面映く思う思春期特有の青々しい反応を見せるつもりはなかった。

「嗚呼、そうだよ」

「なんで姉ちゃんと一緒に帰ってるの?」

 抱いて当然の疑問に僕は臆面もなく答える。

「最近、行方不明者が出たり物騒な事件が多いだろう? 自衛のために一緒に帰ってるんだ」

 嘲笑すれば不謹慎だと野次られてもおかしくない、微妙な線引きにあるこの話題を楽しめないと見るや否や、瞬時に踵を返す。

「昨日の日本代表の試合見た?」

 そのトンボ帰りに示しを合わす群れの卑陋な動きに口角が引き攣ったが、清濁併せ飲む器量を行きずりながら拵えた。最後の授業に備えて、トイレへ行こうと席を立つ。教室を出るまでの道中で、全く節点のなかった女子生徒に呼び止められる。

「あの、私と一緒に帰りませんか? 今日」
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