吸血鬼は唇に紅を差す

駄犬

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死なば諸共

幕開け

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「年齢は十四歳、中学生の女の子でございます」

 照明による演出も施されていない無機的な舞台上で、タキシードを羽織った男が、少女と呼んで差し支えない幼なげな顔をする女性を傅けている。口には猿轡がはめられて、か細い首を縛り付ける鎖が動線となって男の手元まで伸びていた。抵抗する力が一寸も伺えない、くたびれた身体の弱々しさは目も当てられない。

 よしんばアングラな小劇団の演目だとしても、未成熟な四肢に垢抜けない顔立ちを慮ると、著しく倫理観に欠けた露悪的な劇だと言わざるを得ない。

「食べるならやはり、太腿ですかね。血がたっぷりと味わえる」

 この舞台を観劇する客たちは一様にマスクを着けて素性を隠している。それでも視界を確保する穴から、少女を舐め回すかのような嫌らしい炯々たる眼差しが覗く。

「では、先ず無難なところから」

 そう言ってタキシードの男は少女の手を取ると、刃物のように右手を尖らせて、振り下ろす。まるで魚の首を落とすかのような軽々しさで少女の手首が裂かれ、床に落下した片手はゴトリと鈍い音を鳴らした。猿轡に真っ向から挑む少女の絶叫が、くぐもった声となって舞台に広がる。痛みを体現する身体の悶えに男は容赦しなかった。まるでよそ見をする犬のリードを引っ張るかのように少女の首に繋がった鎖を手繰り寄せて動きを制する。

「ちょっと、動きすぎかな?」

 慈悲のカケラもないタキシードの男の振る舞いを手前にした客たちに嫌悪感を抱く者はおらず、あろうことか拍手する者がいた。タキシードの男は自立した少女の手を拾い上げ、客に向かって無造作に投げ捨てる。すると客たちは、さながら地面に落ちた飴に群がる蟻のように、少女の手を求めてやまない。狂喜乱舞と形容していい、この地獄絵図はビルの地下一階、五十名程度の収容が見込める小劇場にて行われている。アマチュアバンドや暗黒舞踏などの小規模な活動を行う者たちにとっての、数少ない舞台の一つであった。

 嗜虐的な熱気は留まることを知らず、タキシードの男は更なる仕打ちを少女に課した。手首から肩までの前腕と上腕が切り分けられ、次々と客たちの狂気の坩堝に投げ込まれていく。にわかには信じ難い光景は、壁を一枚隔てて聞けば、熱狂的なファンによる演奏者への鼓舞だ。それから十分と満たぬうちに、少女の身体は舞台から姿を消した。

 あの狂騒に身を投じていたとは思えない、不貞腐れた顔をする男が一人、帰路を歩いている。

「何が早い者勝ちだよ」

 路傍の花を蹴り飛ばす稚気な振る舞いも、夜の帳が下りた今なら、不首尾に終わった仕事への憤りだと見て取れる。だが、男の背後に迫る彼だけは、違った。

「随分、気落ちしてますね。お兄さん」

 丸みを帯びていた背中を直立させ、男は眉間をひそめる。そして、食ってかかる勢いで背後の声に応えようとした男は、後頭部に遠慮会釈ない殴打を受けて卒倒ぎみに地面へ倒れた。脱力した成人男性を軽々と肩に担ぎ、家屋の屋根に飛び乗る彼の首筋には、赤い二つの点があった。
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