吸血鬼は唇に紅を差す

駄犬

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死なば諸共

美食倶楽部「あめりあ」

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 ほとんど入居者のいない時代錯誤な団地の横に、廃墟同然の空き家がある。辺りには街灯もろくに置かれておらず、裏道のような雰囲気に人も寄り付かない。それは、彼が男を運び込むのに一向に気を揉む必要がない環境であった。

 壁紙は無造作に剥がれ落ち、廊下を土足で歩くのに躊躇がいらないほど、荒れ果てた家の中を慣れた足取りで彼は迷いなく居間へ向かう。

 居間の床にはブルーシートが敷かれており、これ以上汚さぬようにと配慮されている。男をその上に転がすと、手足に結束バンドを巻いた。あまりにも雑然とした手捌きをきっかけに男を目覚める。

「……なんだ、ここ」

 落ち着きなく視線を飛ばし、現状を把握しようと男は努める。

「話を訊かせてもらうよ、吸血鬼さん」

 彼の一言に男が目を丸くした直後、背後にいる二人目の存在に気付いて、混乱を極めた。

「おいおい。なんで」

 言葉が上手く吐き出せない男の動揺は、全くもって不思議ではない。

「藍原くん、ジュース買ってきたけど」

「話を訊きたいから、今はパスで」

 藍原とバーテンダーが、拐った男を眼前に親しげに会話を交わす奇妙な光景からして、小首を傾げざるを得ない。

「おい、後ろの奴。分かってんだろう。こんな拘束で捕らえ続けられる訳がないと」

 男は憎しみめいた強い敵意をバーテンダーに向けた。

「でも、分かってるでしょう? それを解いたらもっと痛い目に遭うと」

 売り言葉に買い言葉を返すバーテンダーに男は冷や汗を流す。

「何がしたいんだよ、お前ら」

 至極真っ当な男の疑問に藍原は言下に答える。

「美食倶楽部、通称「あめりあ」について訊かせて欲しいんだ」

 もはや理解に及ばないと言いたげな顔をする男の反応は、藍原の目的が凡そ見えてこないことに起因する。だが、少し頭を働かせれば幾つも出てくるはずの事柄を棚に上げた、吸血鬼だからこその疑問であることに間違いない。

「あめりあを主催する奴の名前を教えろ」

 虚偽や沈黙による言い逃れを許さない藍原の断固たる睨みが、男が答えに窮する威圧感となってのしかかる。

「倶楽部で素性に関わるやりとりは禁じられていて、名前を聞いたり、言うような機会はない。というか……俺じゃなくていいだろ!」

 どうして自分が廃墟の居間で横臥しなければならないのか。憤りをそのまま吐き出した。

「だって、貴方みたい末端じゃないと勘付かれるでしょう?」

 路傍の花を蹴り上げて不満を吐露した自分の姿を顧みて、男は卑屈に笑った。

「なら、見当違いだったな。末端の俺にお前らが欲するような情報は降りてこない」

「名前、教えてくれます?」

 脈略を無視した藍原の独善的な弁舌に、男はほとほと呆れ果てて、何の躊躇いもなく答える。

「亀井だ」

「亀井さん、貴方には「あめりあ」にこれまで以上に深く関わって欲しい」

 透けて見える藍原の思惑を亀井は見逃さなかった。

「お前も馬鹿だねぇ。俺が素直に従わなかったら、さっき言った勘付かれることに繋がるんじゃないのか?」

 主導権はあくまでも自分にあると言葉の端々から感じ取れる。だが藍原は意に介さず、倒れたままの亀井の顔付近へ腰を下ろす。

「じゃあ今から、忠誠心とやらを芽生えさせるための方法をいくつか提示しますよ」

 藍原は人差し指を立てて、亀井に勧告を始めた。

「一つ目は、僕らにとって亀井さんの命なんて簡単に奪えること。二つ目は、貴方たちが参加している美食倶楽部の存在のせいでアルファ隊が動き出す可能性があること」

 亀井は、「アルファ隊」の言葉を聞くと忽ち、小刻みに呼吸を繰り返し、辛うじて平静を保とうと試みていた。

「はっきり云います。僕たちが動いて済むのなら、絶対にその方がいいんだ」

「……」

 亀井は思索に耽るような素振りを見せて、それ以上、何も言わなかった。
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