吸血鬼は唇に紅を差す

駄犬

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死なば諸共

砂上の楼閣

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 埠頭の貸し倉庫は四半世紀、人の出入りがなく、潮風にさらされた南京錠は錆び付いて幾久しい。海の底で眠っていたかのような風体は、梶井喜久を殺害した犯人の引き渡し場所としてお誂え向きだった。鈴木は、約束の時間より一時間早く、貸し倉庫に来て逸る気持ちとの折り合いに勤しんでいた。

(これで問題の一つは解決する。ヨシヨシ。神田の件も万屋に頼んだ方がいいか?)

 悩みの種が一挙に消え去るかもしれない。そんな期待に鈴木の小鼻が膨らみ、厳しく組んだはずの腕にも綻びが伺えた。悩ましさに焦がれて眠ることもままならず、棺桶めいたベッドの息詰まる感覚から解放される。他に例えようがない清らかな気持ちから、鈴木はそぞろに口笛を吹き出す。場末の倉庫には似つかわしくない幸福感を全身で表現する一方で、壁を一枚隔てた外界では、万屋と女が約束の時間と睨み合いながら待機していた。

 万屋が犯人に利用されているという仮定を顧みない鈴木の脇の甘さは、たった一人で引き渡し場所へ来ていることから表れており、「不用心」を絵に描いた。

「吸血鬼同士だからって、一切の危害を疑わないのはどういった神経なの?」

「何なんだろうね。おれにもさっぱり。感謝こそすれ、理解はしたくないね」

 突いては返す餅つきのように万屋と女が代わる代わる蔑称した。それから時間と懇ろになりながら、約束の時間を迎える。

「じゃあ一応」

 万屋が女の腰に手を回すと、毛布のように身体がしな垂れて、気の置けない脱力感を見せた。万屋は中腰になり、なるべく負担となるような体勢を取らせずに女を肩へ担ぐ。それは、鈴木の油断を誘うための体裁であり、出し抜くには最も効果的な方法なのだと、口裏を合わせてこの場に臨んでいた。

 トラックの出入りを見越した倉庫の前面はシャッターとなっており、申し訳程度に備え付けられた扉のみみっちさから分かる通り、設計の段階で人の通り抜ける機会をあまり想定していない。肩に人を担いで出入りすることなど以ての外で、肥満とは縁遠い身体を半身に構えながら、倉庫の中へ入った。

「さすが、万屋。仕事が恐ろしく早い」

 万屋を拍手で出迎える鈴木に、寝首を掻かれる手前の主君の儚さと重なって見えた。

「おれの鼻は特別、利くからな」

 鈴木が出した依頼をこなすのに切った張ったの大立ち回りは必要ないと、得意げな顔を虚飾して万屋は答えた。

「評判通りだよ」

 肩に担いだ女を鈴木へ差し出すために、やおら床へ下ろす。赤児を風呂に入れる父親の不慣れな手つきと空目してしまうほどの、ぎこちなく女の身体を慮る手捌きは、鈴木が以前より抱いていた疑心をみごとに釣り上げてしまう。

「随分と人間側に肩入れするんだな」

 狸寝入りに身をやつす女の身体が一気に汗ばんだ。

「紳士なだけだろう?」

 軽薄な口ぶりで取り繕った行きずりの紳士像は、鋭い一瞥の受け皿にするには些か深さが足りない。

「梶井に対して辛辣な意見を持っていそうだったよな」

 生じ自分から始めてしまった仮初の姿勢を度外視して切り返そうとすると、己の落ち度を翻し首をかぶくしかなかった。

「後ろ暗いことをしているのに、背後を簡単に取られる梶井の甘さに辟易としただけだ」

 今にもすったもんだ始めてしまいそうな万屋の反抗的な態度に買って出る鈴木の身体は前傾した。

「詳しいじゃないか。まるでコイツと話し合ったみたいに」

 横臥する女を指差して、底の浅い企みに目が据わった。
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