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死なば諸共
あるすとあいかい
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「……」
瞬く間に干上がった口内で、舌が水気を求めて身悶える。癇癪を起こしたヒルに比類した騒々しさから、ついに女は目を開けた。鈴木はその変化に勘付き、目敏く目を落とした。隙と呼ぶにはあまりにも刹那的な動きではあったものの、万屋が勢いよく飛び出すのに一役買った。鈴木は上下に視線を反復させる。女は立ち上がるよりも、足元を狙って姿勢を低く保つのがこの場に於いて適切だと判断し、屈んだまま這い寄る。これが鈴木の意識の散漫を誘い、どっちつかずな対処に追われた。
万屋の右拳を左腕で受け流せば、女に足首を掴まれる。
「糞!」
後ろへ飛び退くことさえ出来ない短い間の出来事に鈴木は正常な思考を走らせることが出来なかった。万屋は鈴木の右足を、木の枝でも蹴るかのように躊躇なく振り抜いた。見事にくの字に曲がり、関節が一つ増える。
「っ?!」
その異様な光景は鈴木から血の気を奪い、先刻まであった敵対の意欲が剥落する。片足では立っていられなくなり、地面へ尻餅をつく。動かぬようにと足首を掴んでいた女は、手を離して立ち上がる。
「くぅ」
今にも頬を濡らし出して命乞いをしてもおかしくない嗚咽が聞こえてくる。万屋は一つ息を吐き、惨事へ追いやった自分の行いを呑み込んだ。そして、本来の目的をこなすべく、身体を抱えて丸まった鈴木の傍らに寄り添う。
「おまえ、吸血鬼に顔が広いよね?」
「……」
苦痛を必死に紛らわす鈴木は、返事を返さない。それでも、万屋は続けた。
「肩の辺りまで伸びた黒髪に、銀縁の眼鏡。身長はおよそ百六十センチ。お前なら、見下ろせる程度だ」
女は地面に倒れた後も、意識があったようで、華澄由子の特徴をつらつらと列挙する万屋の伝聞は恙無い。鈴木は、いとも容易く華澄由子を思い浮かべて解釈に齟齬がないことを一人、悟る。
(あの人に関わってからロクなことがない!)
その悪態は正しい。藍原一派やアルファ隊、加えて目の前の二人が「あめりあ」を中心にして集まってきているという事実により、鈴木は今現在、憂き目にあっているのだ。
「この黙りようだと語るに落ちたな」
万屋が鈴木の髪を引っ張り上げ、そっぽを向いていた顔を無理矢理、向き直させる。
「口の閉じ方からして、身内は堅いな」
万屋は次々と鈴木と華澄由子の関係を洗っていく。女はその様子を静観しながら、果たすべき相手の素性に耳を傾けた。
「……やめたほうがいい」
「は?」
「どうせ、成功なんてしない」
「孤立するぞ、お前」
村八分を平然と宣言する鈴木の憎たらしい微笑は、自身が助からないことを前提とした自傷じみた挑発だ。
「そんな生き急ぐなよ。別に取って食おうとは思っていない」
万屋はそんな鈴木を見透かした上で、協力を仰ごうと唆す。
「あくまでも個人的な因縁なんだ。誰々を敵に回すなんていった、副次的な問題に発展させるつもりはない」
「どの口が言ってんだ?」
折られた足の責任の所在を問うように鈴木は万屋を睨んだ。
「それは、おまえの態度が裏返っただけ」
万屋は口八丁手八丁で鈴木の詰問をかわす。
「いずれにしても、ボクは話さない」
「別に構わないですよ。きっと、「あるすとあいかい」と言えば、おまえが信じて止まない吸血鬼同士の繋がりが浮き彫りになる」
それは、周りに悟られずに意思の疎通を図るために吸血鬼が作った共通言語であり、挨拶だった。
瞬く間に干上がった口内で、舌が水気を求めて身悶える。癇癪を起こしたヒルに比類した騒々しさから、ついに女は目を開けた。鈴木はその変化に勘付き、目敏く目を落とした。隙と呼ぶにはあまりにも刹那的な動きではあったものの、万屋が勢いよく飛び出すのに一役買った。鈴木は上下に視線を反復させる。女は立ち上がるよりも、足元を狙って姿勢を低く保つのがこの場に於いて適切だと判断し、屈んだまま這い寄る。これが鈴木の意識の散漫を誘い、どっちつかずな対処に追われた。
万屋の右拳を左腕で受け流せば、女に足首を掴まれる。
「糞!」
後ろへ飛び退くことさえ出来ない短い間の出来事に鈴木は正常な思考を走らせることが出来なかった。万屋は鈴木の右足を、木の枝でも蹴るかのように躊躇なく振り抜いた。見事にくの字に曲がり、関節が一つ増える。
「っ?!」
その異様な光景は鈴木から血の気を奪い、先刻まであった敵対の意欲が剥落する。片足では立っていられなくなり、地面へ尻餅をつく。動かぬようにと足首を掴んでいた女は、手を離して立ち上がる。
「くぅ」
今にも頬を濡らし出して命乞いをしてもおかしくない嗚咽が聞こえてくる。万屋は一つ息を吐き、惨事へ追いやった自分の行いを呑み込んだ。そして、本来の目的をこなすべく、身体を抱えて丸まった鈴木の傍らに寄り添う。
「おまえ、吸血鬼に顔が広いよね?」
「……」
苦痛を必死に紛らわす鈴木は、返事を返さない。それでも、万屋は続けた。
「肩の辺りまで伸びた黒髪に、銀縁の眼鏡。身長はおよそ百六十センチ。お前なら、見下ろせる程度だ」
女は地面に倒れた後も、意識があったようで、華澄由子の特徴をつらつらと列挙する万屋の伝聞は恙無い。鈴木は、いとも容易く華澄由子を思い浮かべて解釈に齟齬がないことを一人、悟る。
(あの人に関わってからロクなことがない!)
その悪態は正しい。藍原一派やアルファ隊、加えて目の前の二人が「あめりあ」を中心にして集まってきているという事実により、鈴木は今現在、憂き目にあっているのだ。
「この黙りようだと語るに落ちたな」
万屋が鈴木の髪を引っ張り上げ、そっぽを向いていた顔を無理矢理、向き直させる。
「口の閉じ方からして、身内は堅いな」
万屋は次々と鈴木と華澄由子の関係を洗っていく。女はその様子を静観しながら、果たすべき相手の素性に耳を傾けた。
「……やめたほうがいい」
「は?」
「どうせ、成功なんてしない」
「孤立するぞ、お前」
村八分を平然と宣言する鈴木の憎たらしい微笑は、自身が助からないことを前提とした自傷じみた挑発だ。
「そんな生き急ぐなよ。別に取って食おうとは思っていない」
万屋はそんな鈴木を見透かした上で、協力を仰ごうと唆す。
「あくまでも個人的な因縁なんだ。誰々を敵に回すなんていった、副次的な問題に発展させるつもりはない」
「どの口が言ってんだ?」
折られた足の責任の所在を問うように鈴木は万屋を睨んだ。
「それは、おまえの態度が裏返っただけ」
万屋は口八丁手八丁で鈴木の詰問をかわす。
「いずれにしても、ボクは話さない」
「別に構わないですよ。きっと、「あるすとあいかい」と言えば、おまえが信じて止まない吸血鬼同士の繋がりが浮き彫りになる」
それは、周りに悟られずに意思の疎通を図るために吸血鬼が作った共通言語であり、挨拶だった。
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