祓い屋トミノの奇譚録

駄犬

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祓い屋トミノの狐憑き

なかなかどうして

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 最悪の事態を想定していたし、この程度の分断は心構えのうちだ。しかし、俺と背丈を同じくする、人型の黒い塊が目の前に現れて近付いてくる光景の奇怪さに肝を潰された。

「どうして、この仕事を手伝うかなー」

 赤の他人との会話なら成立し得ない、突飛な語りかけと声の調子からして、俺を象った黒い分身のようである。

「……」

「どうして俺が現れたのか。考えてみて欲しい」

 俺の分身は腕を組み、小首を傾げてわざとらしい思索に耽る。

「知らしめる為に、俺は存在するんだよ。潜在する感情や気持ちを代弁する。それが俺の役目なんだ。だから、もう一度問おう。この仕事をどうして手伝う」

 子が親を選べないような不可避の事柄に於いて、嘆き悲しむことはあっても、あらゆる選択を放棄してきた俺が後悔という言葉を口にするには、些か歴史が浅すぎる。トミノさんと行動を共にする選択も、過去として消化出来ていない。現在進行形なのだ。俺は炎の壁を一瞥する。

「まだまだ足りないな」

 俺の分身が過去の選択について執拗に訊いてくるのは、俺が未だにトミノさんの仕事を手伝う事に関して、半信半疑の所があるからだろう。

「当たり前だ。あの人の生死なんて、結局はどうでもいいんだから」

 どちらが口を開いて言葉を発しているのか、もはや区別の付けようがない。

「それよりも、だ。三咲、三咲だ」

 極めて攻撃的な声色を拵えて、幼馴染への強い憤りを湛える。

「三咲が何だ?」

「せっかく助けてやったのに、残ったのは火傷の跡ぐらいだ。自分から言うのも厚かましいけどさ、俺は……」

 最後には口ごもり、恨めしそうに業を煮やす。二目と見られない醜悪さを体現する己の分身とは、月夜の暗がりを選んで浮上し、目蓋の裏でその都度、顔を合わせる切っても切り離せない関係にある。心根と呼んで然るべき体現者が、俺を跳ねっ返り者として貶める。ただ、

「見返りが欲しかったわけじゃないだろう?」

 本来、建前と本音がぶつかり合えば、建前は一方的に食われ、泡を吹くまで問い詰められる姿が眼に浮かぶが、俺は全くもって目の前の分身に身をつまされる気分にならなかった。

「彼女が変わらず笑顔で人と関わる姿が見られれば、俺はそれで充分だ」

「……そんなの詭弁だ」

「試してみるか?」

 俺は、トミノから予備で貰っていたライターをポケットから取り出すと、投げて渡した。

「お前が選べ」

 俺の分身はライターをまんじりと見つめ、
赤裸々に本音らしきものを列挙する鳴りを潜めた。

「……」

 あれはいわば真理だが、律してしまえば、無意識下に属する影も形もない感情の切れ端だ。ライターに火が灯り、俺の分身は悟るのである。

「消えるべきは、俺だったか」

 火は頤をねぶり、味見が終わると頭部を丸呑みした。そして、涎が垂れるように身体へ燃え広がり、見慣れた黒い液体へ瓦解する。
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