情動

駄犬

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不釣り合い

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「そう? なら、良かった」

 私の自惚れた発言に対して、彼女は冷めた目付きで諌めるような語気を操った。阿るように繕った言葉を、一目で看破するかのような慧眼が彼女には備わっているような気がしてならず、私は肝を冷やす。身の処し方は、先刻に顧みたはずだが、やはり人間というのは見栄を張りたがるものだ。人語を操る以上、口先は確かに存在し、良し悪しに関わらず口を突いて出るのは人間らしさの証明である。しかし、彼女の前で軽薄な振る舞いをすれば、忽ち唾を付けられ、白眼視を受けるだろう。仔細に気を払って彼女と相対する。有象無象の男共が、情事の後に陰部を切り取られて尚、文句を一つも言わずに勲章として胸に刻んだのは、彼女への敬意に違いない。

「シャワー、先にどうぞ」

 機知に富んだ知識を衒学的に披露するような器量も、談笑に耽る和やかさも彼女は私に対して凡そ期待していないようだ。その判断は酷く正しい。凡そ、俗世間にも興味を持たず、あらゆる娯楽に対して冷眼を装う詰まらぬ男だ。もし仮に、会話を引き出す為の相槌を打てたとしても、表層をなでるかの如き薄っぺらさが露呈し、壁を相手に話しているのと変わらない手応えのなさを覚えるはずだ。ほんの数分で私の素性をほぼ看破した眼力には驚かされるばかりである。そして、早々に本分たる情事への誘導を促す手際には頭が上がらない。私は素直に彼女の言うことに従って、浴室に走ろうとした。

「そこの右手にあるの」

 一瞬だ。部屋の間取りを把握していない為、私は右足を踏み出す前に彼女を一瞥した。そこに会話などない。だが、彼女は人差し指を使って、向かうべき方向を指し示す。

 顔の形や背の高さ、外聞は人の数だけ存在し、よりどりみどりだ。しかし、内部の構造は神の采配によって決定され、人間が営みを享受する上で無視できない臓器の位置は、厳格に定められている。ならば、食物の消化を終えた排泄物の受け皿となる腸が、下腹部に折り重なって待ち受けるのは道理だろう。しかし、私はそのことに関して、一つ文句を言いたい。幼少期から悩まされている“便秘”という症状のせいで、細身の体に似つかわしくない下腹の膨らみが、折に際して耳目を集めてきた。人間という種を生み出す際に手を貸した神様がいるのならば、私は盛大に睥睨し、こう叫ぶだろう。

「この腹の膨らみの責任をとれ!」

 戯言に相違ない。熱いシャワーを頭から浴び、備品のボディソープで匂いを纏う。肌と肌が密着するのに、不快感を催す要因は取り払わなければならない。私は念入りに隅から隅まで洗体を施し、浴室から出ると久方ぶりに新品のタオルで水滴を拭き取った。今世に於いて、バスローブを着るような機会に恵まれてこなかった私は、洗面所に設置された鏡の前で何度も羽織り直しながら、睨めっこを繰り返した。どうも釈然としない感覚に苛まれ、結果、私は絶望的にバスローブが似合わない人間だと気付かされた。
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