勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗

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エリシエル×ユリウス外伝

当て馬令嬢は幼馴染に愛される。8

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私が組み敷かれた寝台の直ぐ傍で。
ヴォルクの屋敷でも顔を合わせていたメイド頭、エレニー=フォルクロスという女性が、妖艶な容姿に似合う微笑を浮かべ静かに佇んでいた。彼女の纏め上げた紫紺の髪が、窓から差す白光に照らされ複雑な色合いを見せている。
首元まで詰まったお仕着せには皺一つ無く、整然としていた。

「貴様、何故ここにいる!いつ入った!」

突如として現れた彼女に向かい、ユリウスが鋭い声を放つ。
同時にぱっと私の上から飛び退き、エレニーと対峙した。

自らの背と左腕で私を隠すように立ちはだかるユリウスの姿に、まるで自分を庇ってくれているのかと錯覚を起こしそうになる。そんな筈、あるわけ無いのに。

胸に少しの痛みを感じながら、私は寝台から半身を起こしてユリウスの肩越しにエレニーを見た。
普段から独特の空気を放っているレグナガルド家のメイド頭は、いつもと同じく悠然と、凜とした表情でそこに立っている。すらりとした体躯は直立不動で、薄い唇には緩みが無い。
彼女から、どこか普通の人間とは違う、人々に傅かれる王族にすら似た威厳を感じた。

「答えろ!どうやってここへ入った!」

ユリウスの続けざまの質問を、エレニーはふっと軽い微笑みでいなした。
私ですら氷色の瞳に見据えられば一瞬身が竦むというのに、彼女はまるで子供の癇癪を見ている風な余裕さだ。

それに、ユリウスは人払いをしたと言っていた。なのに彼女はいつの間にかここにいた。
扉を開いて入ってきたなら、必ず私かユリウスのどちらかが気付いたはず。
ならばどうやって、エレニーは私達の前に現れたのだろう。
昔から底知れない人だとは思っていたけれど、こんな芸当が出来るとは。
ああでも、もしかすると……。

「……恐らく、こうなるだろうとは予想しておりましたが。幾ら哀れな境遇だとしても、これは流石に、見過ごせませんね」

ヴォルクですら頭の上がらないメイドは、頭飾りの房を揺らし、緩慢な溜息を吐いた。
それからにっこりと、美しい顔に極上の微笑をのせて告げる。

彼女の言葉の意味がわからなくて、どういうことだろうかと頭に疑問符が湧く。普段からつかみ所の無い女性だけれど、幼少の頃から知っているだけあって、私はエレニーに対しユリウスほど警戒心を抱いていなかった。
だって彼女は、私にでさえ『公平』であった人なのだ。
プロシュベール家にこれまで仕えてきた数多の使用人の中には誰一人としていなかった、私を『エリシエル』として扱ってくれたただ一人の大人。
家族でも、友人でも無く、ただ対等な『人』として接してくれた人。
だからこそ断らなかった。このエレニー=フォルクロスからの無茶ともいえる、願いを。

「エレニー?」

ユリウスの背中から、顔を少し前に出して彼女の名を呼んだ。すると切れ長な紫紺の瞳がふっと和らぐ。
一度だけ私を見た目は再びユリウスへ戻ると、彼の動向を窺うようにすうと細められた。

「何を言っている…!昔から奇妙な女だと思ってはいたが、お前の過去の素性はどれだけ調べようが出てこない。お前一体、何者だ!?」

ユリウスが訝しみながらエレニーに問う。今度は厳しさではなく探るような空気を滲ませて。

「良い機会だと……思ったのです。ヴォルク坊ちゃまにも、エリィ嬢にユリウス、貴方がた二人のためにも。ですが、子供の頃から頑なだった貴方がたには、少々の手助けが必要なようですので」

彼女はしなやかな片手をそっと胸元に当てると、私達に向かって恭しくお辞儀をした。片側に流されている前髪が、さらりと流れていくのが見える。

「手助けって?どういう意味なの、エレニー。それに、貴女がさっき言ってた哀れな境遇って誰の事……」

ゆっくりと元の位置に戻っていくエレニーの顔を見つめながら言えば、彼女の着るお仕着せのスカートがふわりと揺れた。空気を吸い込んだ生地が膨らみ、長い裾がはためく。

なんで―――?風なんて―――どこからも吹いていないのに。

高い窓から差し込んだ光に照らされた彼女は、まるで舞台に立つ女優のように見えた。

「ユリウス様は、レンティエル伯について、どこまでお調べになりましたか」

「なん……だと」

私の目の前にあるユリウスの背中が、ぴくりと反応を見せる。緊張の中に、細い針を刺したような変化は、たちどころに彼の身体から怒気を立ち上らせていく。
私から見えるユリウスの左手が、激情を堪えるようにぐっと強く握り締められていた。

な、何……?ユリウスの様子が、何だかおかしい……?
レンティエル伯が一体何だっていうの?

「何事も、片目だけでは広くを見渡す事が出来ません。ですから、貴方にお見せしましょう。なぜ、このような事態になったのか。なぜ……貴方がお生まれになったのか、すべてを」

エレニーが、片腕をすっと前に突き出す。
彼女が伸ばした腕の袖口の隙間から、美しい銀の腕輪らしきものが見えた。

「お前……!」

「悲劇の結末となる前に、お二人に最後の仕上げと参りましょう……貴方がた二人の心を、運命を、守るために」

彼女のかざす手が淡い光に包まれる。そこから線状に光が伸びて、部屋の隅々を照らした。
放射状に伸びていく光線は、夜明けに似た不思議な色合いだった。

「エリィっ!」

ユリウスが後ろ手に、私の手首を掴む。肩越しに見えた彼の氷色の瞳には、焦りが浮かんでいた。

え――?

「エリィ嬢、貴女にはユリウス様がこれまでとってきた行動の意味を、お見せしましょう」

ユリウスと二人光に包まれながら、エレニーの声が頭に響く。
行動の意味。
彼女は一体、何を言っているんだろう。
見せるとは、どういう意味なんだろう。

それを考える間も無く、私の―――私達の意識は、夜明けと同じ色の光に包まれていった。
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