勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗

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エリシエル×ユリウス外伝

当て馬令嬢は幼馴染に愛される。1

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 ―――何がどうして、何処から情報が漏れたのか。

 数刻前に居た場所を思い出しながら、私は脳内で銀色の幼馴染みを散々罵倒していた。
 けれどそれは、今がこの上なく忌々しい状況だからだと言う他ない。

 あんのヘタレヴォルクっ!
 まさか告げ口したんじゃないでしょうねっ!?

 沸騰した頭の中で、苛立ち紛れにそう思う。

 そこまで人でなしだとは思っていないが、それにしてもバレるのが早すぎる。
 となれば、誰かが漏らしたと考えるのが妥当だろう。

「ユリウス!ユリウスってば!離しなさいと言ってるでしょうっ!?」

 怒りを込めた私の声が、広い回廊に大きく響く。筆頭貴族の名に恥じぬ豪奢で繊細な造りの此処は、西王国イゼルマールでも一、二の規模を誇る我がプロシュベール家廷内だ。

 だというのに、私は我が家である筈の場所で、ありえない扱いを受けていた。

 真紅の絨毯は今や遙か視線の下にあり、身体は前屈状態で揺られている。手も足も宙空にあり、じたばたもがいても逃げられる気配は無い。
 腹部に感じるのは見た目からは想像出来ないくらいしっかりした肩と、回された腕の感触。
 腰の辺りでは、憎らしい位に『担ぎ手』の白金の髪が輝いていた。

 ―――そう。
 ヴォルクが銀色の幼馴染なら、コイツは『金色』。

 私の派手すぎる濃い金髪とは違い、純白が太陽の光を吸い込んだかのように淡く輝く、白金しろかね

 私の、幼馴染。

 かつては私の天使だった、残酷な男だ。

 人の事をまるで荷物か何かの様に肩に担ぎ上げたまま、私の幼馴染ことユリウス=レンティエルが回廊を大股で通り過ぎ、ついには私の自室まで入ってしまった。
 幼い頃に入り浸っていたせいか、勝手知ったるといった風なのが余計癪に障る。

 ドサリと大きな音を立てて寝台に放り投げられ、私の身体は弾んだように敷布の上へと落ちた。その拍子に彼より濃い金色をした私の髪が、風に舞って寝台に散らばる。

「何すんのよっ!?いくら幼馴染といえど、やって良い事と悪い事の区別もつかないのっ!?」

 いくら幼馴染とはいえ、この扱いは何なのか。
 仮にも公爵であるプロシュベール公爵令嬢への行いとしてとても正当とは思えない。

 私は怒りを込めてユリウスをキツく睨みつけた。

「……幼馴染というか。僕は君の、婚約者だよね?」

 声を張り上げる私の言葉など完全に無視して、まるで愉快な事でもあるようにユリウスが綺麗な唇で弧を描く。彼の美しい白金の髪が僅かに揺れて、小さな光を撒き散らした。

 見下ろす薄氷色はくひょういろの瞳は、冷た過ぎて突き刺すようだ。

 繊細な造りだけは青年天使像が如く美しいのに、性格はこの上無いほど意地悪で捻れ曲がっている。
 そんな綺麗な幼馴染が、私はこの上なく苦手だった。

 なのに、これが私の婚約者だなんて。
 親同士が決めた政略結婚といえど、こんな人を物同然に扱うような男、いくら顔が綺麗でも絶対御免だ。

「アンタ馬鹿じゃないの!そんなのお父様が決めただけの事よ!アタシは承諾してないわっ!」

 鼻息荒く言えば、ユリウスはすっと眉を顰め、美しい顔を不機嫌そうに歪めてみせた。

「……その蓮っ葉な物言いは、君には似合わないと何度言えばわかるのかな」

 不快だ、という感情を全面に押し出して、ユリウスがじっと私を見据える。
 肌に痛みすら感じそうな突き刺す視線に晒されながら、私はそれでも負けじと彼をにらみ返した。

「アンタに指図される言われは無いわ。たかが、仮の婚約者に」

 皮肉を込めて返せば、彼の瞳が一層細く眇められた。そして、薄い唇の口角が僅かに上がる。

「へぇ……まだ、そんな事言ってるんだ?エリィも大概強情だね」

 くくっと、小さく笑みを零したユリウスが私へ片手を伸ばす。

 彼の薄氷色の瞳は、楽し気に歪んでいた。

「触んないでっ!」

 ぱしんと乾いた音を立ててその手を振り払うと、彼の笑みが一層深く冷たい空気を纏う。白と薄金を持つ彼の色の中に、仄暗い闇が混じり込んだ。

 その様に瞼がぐっと押し上げられて、視線を外そうにも外せない。
 ああ、まただ―――と脳が既視感と危険を訴える。

 またこの瞳。

 既にもう見慣れた暗い翳りを伴った視線に、背筋が強張る。

 顔に似合わない尊大な態度より、並べられる意地の悪い言葉より、何より私が苦手としている彼のこの瞳。
 透き通った氷の色を映した瞳に時折映る仄暗い光は、私の肌をざわめかせ、心を震わせ足元を掬わんとしているようだった。

「ねえエリィ?君は僕という婚約者がありながら、いつヴォルクと付き合っていたのかな?それも、深く愛し合っていたんだって……?」

 綺麗な顔を歪ませて、暗い光を宿したユリウスが私に迫る。
 彼の薄氷色の瞳は、今や深海の底のように濃い色に染まっていた。唇から紡がれた言葉は毒を纏い過ぎていて、その意味さえも届かない。

 ギシリと僅かな音を立てて、彼が肩膝を乗せた寝台が戦慄く。

 ……やはりバレている。

 私がヴォルクの元恋人を装って、レグナガルド邸へ行った話が。

 全てはレグナガルド家メイド頭、エレニー=フォルクロスによる『当て馬計画』だったのだが、プロシュベール令嬢が既婚の幼馴染みの元に押しかけるなど、端から見れば醜聞以外の何物でも無いだろう。

 しかし、この話が漏れる筈は無かったのだ。
 レグナガルド邸に居る全使用人もエレニーの計画については周知の事実であったし、他言しないようにとの通達も勿論してある。騎士の家系の屋敷に務めているということもあって皆総じて口が硬い事は、幼馴染みである私自身も知っている。

 ……なのに、どうしてユリウスに話が漏れたのだろう。

 焦る頭で目まぐるしく考えつつも、身近に迫る身の危険にずりずりと後退りをする。
 寝台に片膝をついたユリウスの顔が、今まさに私の目の前に迫っていた。

 昏い微笑を浮かべた彼の繊細な顔が、ぐっと目前に近付いて、かっと頬が熱くなる。
 敷布の上についた掌を、ぎゅっと強く握り込んだ。

「寄らないでっ!!」

 叫んだ私の目尻に、熱い雫がじわりと浮かぶ。

 筆頭貴族の令嬢という事もあり、ある程度の護身術は身につけている筈なのに、それでもユリウスの纏う空気に圧倒されていた。喉から絞り出した声でしか、彼を制止する術が浮かばない。

 けれど何よりも、一番愚かなのは。
 こんな事までされているのに彼を突き飛ばせない、鬱陶しい自分の『心』だ。
 彼が向けてくる瞳が苦手だと思うのに、嫌いきれない。懐かしく愛しい思い出がそれを許してくれない。

 私が一番、馬鹿なのだ。

「……エリィ、泣かないで」

 ふっと表情を緩めたユリウスが、指先だけで私の目尻を拭い、くすりと笑う。

 かつて誰より大好きだった幼馴染の笑顔が、私は今ひたすらに恐くて、苦手で、そしてどうしようも無く―――切なかった。
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