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File.10
偽物
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魔族と魔改造兵の混成部隊が王都に攻め込んできて、僕とマリーは人の波に逆らわず安全な区域まで退避して来ました。
怯える民衆は一様に不安そうな表情で、小さな子供は泣いている者もいた。
「スキアさん、これからどうするんですか……?」
「クックッ……そうですねぇ。ここもいずれは敵に見つけられる可能性がありますから、戦える者は街に出て迎え撃った方がいいでしょう」
戦いを重ねていけば、貴女の魔眼も早く目を覚ますかもしれませんからね。
とは言わず、静かに立ち上がった。
「あっ、あたしも行きます!」
「おや、そうですか。では僕はサポートに周りますよ。これも僕の授業の一環だと思ってください」
非常事態でこの提案は少し不自然だとは思ったが、ものは言い様。彼女が納得すればいいのだ。
「でも、帝のスキアさんが戦ったほうが確実なんじゃ……」
「クックックッ……何も心配することはありませんよ。貴女は必ず、僕が守りますから」
好意を抱かれているからこそ、こういう台詞は効く。孤児院出身で愛情に飢えていて、おまけに多感な時期というのも御し易い要因だろう。
彼女の頬にそっと手を触れて放った言葉で、マリーの顔に朱が差した。その後、眩しい笑顔を向けてくる。
「わかりましたっ!頑張りますよ~!」
「いい子です。さて、行きましょうか」
僕は、彼女のこの笑顔が死ぬほど嫌いだ。嫌でも思い出してしまう。亡くしたあの人に、似すぎている。
だからこそ、マリーは必要だ。その目も顔も、僕の目的には。
魔族の気配を辿って、物々しい雰囲気の街路に出た。既に何人か死んでいる。
「ククク……魔族が5人、そして魔改造兵が一人ですか」
「あの、あれも全部あたしがやっつけなきゃなんですか……?」
「いえ、流石に数が多すぎますね。マリーさんは魔族の人数を減らして貰えればそれで十分ですよ」
サポートを買って出たとはいえ、彼女が殺られては意味がない。この勢力相手なら、いつも通り僕の補佐をさせていたほうが良いだろう。初期の提案がこうも簡単に覆ってしまうと、思わず溜息が漏れてしまう。
魔装具【骸】を出現させて手に取ると、死体を踏み付ける魔族に容赦なく刃を滑らせた。
──スパァッ!!
胴を切り裂かれた一人を見て、残りの魔族が一斉に此方を向く。だがもう遅い。
「なんだテメェは……っ」
「名乗るほどの者ではありませんよ」
二人、三人と速やかに無力化し、残った魔改造兵が放つ風の魔法を、マリーの魔法が相殺した。
「援護します!」
「上出来です」
弾けて相殺されていく魔法の中を駆け、残り一人となった魔改造兵に刃を叩き付けた。
──ガキィン!!
受け止める瞬間まで魔改造兵の手には無かった筈の槍が、骸の刃と火花を散らす。
「おお、随分と強い方が来てしまった。恐ろしいですね」
「ククッ……そんな事思ってはいないでしょう」
槍を押すように弾くと、構え直して互いに間合いを測るように睨み合う。
相手の男は、不健康そうな痩せた中年。上質に見えるタキシードも、くたびれて台無しである。しかし、隈の濃い双眸から滲む殺意は間違いなく本物。人間が素材の魔改造兵にしては、良い出来だ。
眼の前の男は、僕とマリーを交互に見て不敵に笑う。
「あなたは相当な手練れとお見受けしますが、そこのお嬢さんは取るに足らない……ならば」
視線がマリーを捉えたその瞬間、男の槍の穂先に風が渦巻いて彼女に迫る。
「きゃっ!」
「ククッ、分かりやす過ぎます」
──ゴォッ!
マリーの前に出て風を打ち消すと、そのまま男の方へ肉薄する。
僕のスピードに対応し切れなかったのか、横一閃の斬撃は男の服と腹の皮を浅く斬りつつも、最後までは振り切れ無かった。
「僕の大切な生徒を傷付けようとするなんて、許せませんねぇ」
「これはいけない。やはり卑怯なマネはするものではないですな」
槍の扱い難い間合いから離れずに骸を振るい、攻撃に転じさせない。それでも小賢しく此方の太刀筋を見切って防いでくるので、決定打には欠ける。
後方で魔法の詠唱に入ったマリーを確認すると、狙いがズレないように骸を思い切り男の槍の柄へ叩き込んだ。
──ガギィイッ!!
「……かの者へ、影を結びて不動となれ!【シャドウ・ソウィング】!!」
発動した魔法は男の足元へ陣を構築し、そこから黒い糸が彼の手足へ幾重にも纏わり付いた。
「なんとっ……!」
「終わりですね」
──ズバァアッ!!
無防備になった男目掛けて、右袈裟から骸の刃を走らせた。血飛沫を上げて倒れる男を見ることなく、マリーの元へ歩いていく。
「お疲れ様です!あの、迷惑かけてしまってごめんなさいっ!助けてくれてありがとうございます!」
「いえ、気にしないでください。貴女を守るのも、僕の役目ですから。ククク……それより、マリーさんが補助として発動した魔法はとても良い選択でしたよ」
「そ、そうですか?えへへ……」
軽く頭を撫でると、くすぐったそうに目を細めたマリーを見て、また心がざわめいた。あの人とは全くの無関係だというのに、生き写しのように似ている。
それより、あの男だ。
深い傷を付けたとは言え、魔核を真っ二つにしたわけではない。魔改造兵なら、そろそろ本性を表す頃だろう。
視線をそちらへ向けると、男がくぐもった声でゆっくりと起き上がっていた。
「はぁぁぁあ、やはりヒトのままではままならない、はっはっはっ……なんと素晴らしい力だろうか」
ドス黒い魔力に包まれていくなかで、男は不気味に嗤う。血に塗れた身体を隠すように広がるそれは、生々しい水音を奏でて男のシルエットを変貌させていく。
「出ましたね。マリーさん、ここからは僕一人に任せてください。手出しは無用です」
「わ、わかりました!気を付けてくださいね」
どれ程の出来栄えか、測らせて貰うとしましょう。ああ、楽しみだ。
彼を包んでいた黒い魔力が弾けると、顔周りの体毛が伸び、雄々しい山羊の角を生やし、体格も筋肉が倍以上に肥大した姿に変貌した男が立っている。
指は付け根から先まで硬質化しており、握り拳は蹄のようだった。
「魔改造兵、製造No.008【シェーブル】と申します……ふっふっ、今日でお別れする相手に名乗るとは、我ながら紳士だ」
「クックックッ、紳士……ですか。面白い事を言いますね」
「では、遠慮なくッ」
地面を蹴っただけでそこは罅割れ、突風のように迫るシェーブルの槍を躱す。だがその直後に方向転換をして僕の身体を角で掬い上げてきた。
「何……っ」
「空中ならば身動きは取れないでしょう!はぁッ!!」
──ガキィイッ!!
咄嗟に峰で槍の一突きを反らしたものの、立て続けに突き出される刺突が肩や脇腹を切り裂き、ダメ押しのように高く吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
「最愛の教え子さんの前で、無惨に消し飛ばしてあげますよ!」
「スキアさんッ!!」
槍の穂先に展開された赤い魔法陣から、凄まじい熱量の火球が膨れ上がる。
骸の刃をそこへ向けると、闇属性を含んだ水属性魔法を発動した。
「深淵の海流よ。悉くを呑み込み、永遠の渦へ沈め【ディネ・オプスキュリオ】」
青い陣と黒い紋が合わさった魔法陣が展開されると、シェーブルの周囲へ深い蒼色の渦潮が現れる。
──ドドドドドドドドッ!
槍の穂先に溜まっていた火球諸共呑み込み、渦中で爆発しながらも旋風のように高く昇っていく。
「やはりこの程度ですか。魔改造兵もまだまだ改良の余地がありそうですね」
巻き上げられたシェーブルが地面に叩きつけられ、その体には瘴気が全身を這い回り、黒い粒子となって消えていく。
「スキアさん!やりましたねっ。この人、どうなってしまうんですか?」
「クククッ……さぁ?見ての通り消えていくだけか、何か仕掛けがあるか……そんなところでしょうね」
「と、とにかく勝てて良かった!カッコ良かったです」
マリーはまた、此方に笑顔を向けてきた。
そんな彼女に懐かしさと悲しみ、僅かな怒りが湧いてきて、それを押し殺して踵を返す。
「さて、今度こそ魔族と戦って経験を積んでもらいたいところですね。行きますよ」
「はいっ!」
まだ街を侵攻する魔族はたくさんいる。そいつ等との戦闘経験の中で、早く魔眼を目覚めさせたいものだ。
魔族と魔改造兵の混成部隊が王都に攻め込んできて、僕とマリーは人の波に逆らわず安全な区域まで退避して来ました。
怯える民衆は一様に不安そうな表情で、小さな子供は泣いている者もいた。
「スキアさん、これからどうするんですか……?」
「クックッ……そうですねぇ。ここもいずれは敵に見つけられる可能性がありますから、戦える者は街に出て迎え撃った方がいいでしょう」
戦いを重ねていけば、貴女の魔眼も早く目を覚ますかもしれませんからね。
とは言わず、静かに立ち上がった。
「あっ、あたしも行きます!」
「おや、そうですか。では僕はサポートに周りますよ。これも僕の授業の一環だと思ってください」
非常事態でこの提案は少し不自然だとは思ったが、ものは言い様。彼女が納得すればいいのだ。
「でも、帝のスキアさんが戦ったほうが確実なんじゃ……」
「クックックッ……何も心配することはありませんよ。貴女は必ず、僕が守りますから」
好意を抱かれているからこそ、こういう台詞は効く。孤児院出身で愛情に飢えていて、おまけに多感な時期というのも御し易い要因だろう。
彼女の頬にそっと手を触れて放った言葉で、マリーの顔に朱が差した。その後、眩しい笑顔を向けてくる。
「わかりましたっ!頑張りますよ~!」
「いい子です。さて、行きましょうか」
僕は、彼女のこの笑顔が死ぬほど嫌いだ。嫌でも思い出してしまう。亡くしたあの人に、似すぎている。
だからこそ、マリーは必要だ。その目も顔も、僕の目的には。
魔族の気配を辿って、物々しい雰囲気の街路に出た。既に何人か死んでいる。
「ククク……魔族が5人、そして魔改造兵が一人ですか」
「あの、あれも全部あたしがやっつけなきゃなんですか……?」
「いえ、流石に数が多すぎますね。マリーさんは魔族の人数を減らして貰えればそれで十分ですよ」
サポートを買って出たとはいえ、彼女が殺られては意味がない。この勢力相手なら、いつも通り僕の補佐をさせていたほうが良いだろう。初期の提案がこうも簡単に覆ってしまうと、思わず溜息が漏れてしまう。
魔装具【骸】を出現させて手に取ると、死体を踏み付ける魔族に容赦なく刃を滑らせた。
──スパァッ!!
胴を切り裂かれた一人を見て、残りの魔族が一斉に此方を向く。だがもう遅い。
「なんだテメェは……っ」
「名乗るほどの者ではありませんよ」
二人、三人と速やかに無力化し、残った魔改造兵が放つ風の魔法を、マリーの魔法が相殺した。
「援護します!」
「上出来です」
弾けて相殺されていく魔法の中を駆け、残り一人となった魔改造兵に刃を叩き付けた。
──ガキィン!!
受け止める瞬間まで魔改造兵の手には無かった筈の槍が、骸の刃と火花を散らす。
「おお、随分と強い方が来てしまった。恐ろしいですね」
「ククッ……そんな事思ってはいないでしょう」
槍を押すように弾くと、構え直して互いに間合いを測るように睨み合う。
相手の男は、不健康そうな痩せた中年。上質に見えるタキシードも、くたびれて台無しである。しかし、隈の濃い双眸から滲む殺意は間違いなく本物。人間が素材の魔改造兵にしては、良い出来だ。
眼の前の男は、僕とマリーを交互に見て不敵に笑う。
「あなたは相当な手練れとお見受けしますが、そこのお嬢さんは取るに足らない……ならば」
視線がマリーを捉えたその瞬間、男の槍の穂先に風が渦巻いて彼女に迫る。
「きゃっ!」
「ククッ、分かりやす過ぎます」
──ゴォッ!
マリーの前に出て風を打ち消すと、そのまま男の方へ肉薄する。
僕のスピードに対応し切れなかったのか、横一閃の斬撃は男の服と腹の皮を浅く斬りつつも、最後までは振り切れ無かった。
「僕の大切な生徒を傷付けようとするなんて、許せませんねぇ」
「これはいけない。やはり卑怯なマネはするものではないですな」
槍の扱い難い間合いから離れずに骸を振るい、攻撃に転じさせない。それでも小賢しく此方の太刀筋を見切って防いでくるので、決定打には欠ける。
後方で魔法の詠唱に入ったマリーを確認すると、狙いがズレないように骸を思い切り男の槍の柄へ叩き込んだ。
──ガギィイッ!!
「……かの者へ、影を結びて不動となれ!【シャドウ・ソウィング】!!」
発動した魔法は男の足元へ陣を構築し、そこから黒い糸が彼の手足へ幾重にも纏わり付いた。
「なんとっ……!」
「終わりですね」
──ズバァアッ!!
無防備になった男目掛けて、右袈裟から骸の刃を走らせた。血飛沫を上げて倒れる男を見ることなく、マリーの元へ歩いていく。
「お疲れ様です!あの、迷惑かけてしまってごめんなさいっ!助けてくれてありがとうございます!」
「いえ、気にしないでください。貴女を守るのも、僕の役目ですから。ククク……それより、マリーさんが補助として発動した魔法はとても良い選択でしたよ」
「そ、そうですか?えへへ……」
軽く頭を撫でると、くすぐったそうに目を細めたマリーを見て、また心がざわめいた。あの人とは全くの無関係だというのに、生き写しのように似ている。
それより、あの男だ。
深い傷を付けたとは言え、魔核を真っ二つにしたわけではない。魔改造兵なら、そろそろ本性を表す頃だろう。
視線をそちらへ向けると、男がくぐもった声でゆっくりと起き上がっていた。
「はぁぁぁあ、やはりヒトのままではままならない、はっはっはっ……なんと素晴らしい力だろうか」
ドス黒い魔力に包まれていくなかで、男は不気味に嗤う。血に塗れた身体を隠すように広がるそれは、生々しい水音を奏でて男のシルエットを変貌させていく。
「出ましたね。マリーさん、ここからは僕一人に任せてください。手出しは無用です」
「わ、わかりました!気を付けてくださいね」
どれ程の出来栄えか、測らせて貰うとしましょう。ああ、楽しみだ。
彼を包んでいた黒い魔力が弾けると、顔周りの体毛が伸び、雄々しい山羊の角を生やし、体格も筋肉が倍以上に肥大した姿に変貌した男が立っている。
指は付け根から先まで硬質化しており、握り拳は蹄のようだった。
「魔改造兵、製造No.008【シェーブル】と申します……ふっふっ、今日でお別れする相手に名乗るとは、我ながら紳士だ」
「クックックッ、紳士……ですか。面白い事を言いますね」
「では、遠慮なくッ」
地面を蹴っただけでそこは罅割れ、突風のように迫るシェーブルの槍を躱す。だがその直後に方向転換をして僕の身体を角で掬い上げてきた。
「何……っ」
「空中ならば身動きは取れないでしょう!はぁッ!!」
──ガキィイッ!!
咄嗟に峰で槍の一突きを反らしたものの、立て続けに突き出される刺突が肩や脇腹を切り裂き、ダメ押しのように高く吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
「最愛の教え子さんの前で、無惨に消し飛ばしてあげますよ!」
「スキアさんッ!!」
槍の穂先に展開された赤い魔法陣から、凄まじい熱量の火球が膨れ上がる。
骸の刃をそこへ向けると、闇属性を含んだ水属性魔法を発動した。
「深淵の海流よ。悉くを呑み込み、永遠の渦へ沈め【ディネ・オプスキュリオ】」
青い陣と黒い紋が合わさった魔法陣が展開されると、シェーブルの周囲へ深い蒼色の渦潮が現れる。
──ドドドドドドドドッ!
槍の穂先に溜まっていた火球諸共呑み込み、渦中で爆発しながらも旋風のように高く昇っていく。
「やはりこの程度ですか。魔改造兵もまだまだ改良の余地がありそうですね」
巻き上げられたシェーブルが地面に叩きつけられ、その体には瘴気が全身を這い回り、黒い粒子となって消えていく。
「スキアさん!やりましたねっ。この人、どうなってしまうんですか?」
「クククッ……さぁ?見ての通り消えていくだけか、何か仕掛けがあるか……そんなところでしょうね」
「と、とにかく勝てて良かった!カッコ良かったです」
マリーはまた、此方に笑顔を向けてきた。
そんな彼女に懐かしさと悲しみ、僅かな怒りが湧いてきて、それを押し殺して踵を返す。
「さて、今度こそ魔族と戦って経験を積んでもらいたいところですね。行きますよ」
「はいっ!」
まだ街を侵攻する魔族はたくさんいる。そいつ等との戦闘経験の中で、早く魔眼を目覚めさせたいものだ。
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