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第27話『心境の変化』
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季節は陽光柔らかい春から新緑の初夏へと移っていた。
この頃になると、クオンの家に日参していたレヴィンもたまに行けない日があった。気持ちとしては毎日行きたい。だが、丘の上の屋敷の主人として、避けられないことがあった。
上流階級である富豪や貴族との面会や夜会だった。
丘の上の屋敷の主人になる者は、宮廷に出入りしていた貴族だということは知れ渡っている。実のところレイトンに送られてしまうような貴族は力を削がれているが、彼らは深い事情を知らない。
宮廷や王都の大貴族と人脈を作りたいがため、交流を持ちたがった。ゆえに、昼夜問わず面会の申し出が入る。
モーリスに聞いたことだが、先代も先々代もこの街の上流階級との付き合いは大事にしていたという。
レイトンの街に来て、四か月。レヴィンはずっと病気療養中ということで、面会を断り続けていた。だが、さすがにモーリスもこのままではよくないと言い出し、夜会に出てくれと懇願してきた。
レヴィンが丘の上の屋敷を行ったり来たりしているのを、目敏く見ている貴族がいた。あの若い男は誰なのかと詮索されているのだという。それが一家だけではなくなったらしい。仕方なしに街の有力貴族の夜会に顔を出した。
レヴィンはロムウェルという姓を名乗り、身分を偽っていた。王族だと騒がれたくなかったためで、宮廷に縁がある貴族ということにしていた。
存在しない偽りの家名であっても、王族のだれそれの親戚の血筋だなどといえば、いくらでも誤魔化せた。廃れた貴族も多くあるため、把握することは王家であっても困難だからだ。
レヴィンはそれを利用して弱小貴族を装っていたが、この街の上流階級の者たちは「丘の上の屋敷の主人であること」が重要だったようで、王都での階級は気にしていないようだった。
そのためか、一度元気な姿を見せてしまうと後の祭りで、次々と夜会案内状と面会申し出願いが届くようになった。日中に面会しなければならない日は、クオンの家には行けなかった。
だが、昼間の面会はまだいい。相手はほとんど富豪の商人である。扱っている商品の話などを聞けばいいだけだ。憂鬱なのは貴族の催す夜会の方だった。
若いうえに身分も上々となれば、当然、閨の誘いも受ける。容姿に群がってくる女たちは色香を纏って、レヴィンにすり寄って来た。その舐めるような視線が気持ち悪く、近くで香水の香りを嗅ぐと無性にクオンに会いたくなった。彼女たちの自尊心を傷つけないように断るのも疲れた。
それでも逃げずに夜会に出ているのは、クオンの働きぶりを見たからだった。
トレイの村以外にも二つの村に行った。皆、クオンが来ると喜んでいた。人に喜ばれる仕事をし、皆のためならば薄利でも構わないとする彼が眩しかった。自分もクオンに認めてもらえるようになりたいと思うようになった。
そのためには、まずは屋敷の主人として果たすべきことをやろうと決意した。だが夜会の後は心が折れそうだった。
女の色香を近くで嗅いだ翌日は、早くクオンに会いたくて、いないことがわかっていながら街の開門一番、出かけた。本日も然り。ただし、今日は「来るなら朝から来い」と言われていた。クオンが朝から来いという日は大抵、薬草茶を売りに離れた村に行くときだった。
しかし今日は違う。川に魚釣りをしに行くのだ。レヴィンは魚を釣ったことがない。
空が白む前から起きると、モーリスもすでに起きており、出かける前に鞄を渡された。
夜会で寝不足のはずなのに、頭は冴え、心は躍っていた。屋敷を出ると、清涼な朝の空気を胸いっぱいに吸った。
今日も楽しい一日になりそうだった。
この頃になると、クオンの家に日参していたレヴィンもたまに行けない日があった。気持ちとしては毎日行きたい。だが、丘の上の屋敷の主人として、避けられないことがあった。
上流階級である富豪や貴族との面会や夜会だった。
丘の上の屋敷の主人になる者は、宮廷に出入りしていた貴族だということは知れ渡っている。実のところレイトンに送られてしまうような貴族は力を削がれているが、彼らは深い事情を知らない。
宮廷や王都の大貴族と人脈を作りたいがため、交流を持ちたがった。ゆえに、昼夜問わず面会の申し出が入る。
モーリスに聞いたことだが、先代も先々代もこの街の上流階級との付き合いは大事にしていたという。
レイトンの街に来て、四か月。レヴィンはずっと病気療養中ということで、面会を断り続けていた。だが、さすがにモーリスもこのままではよくないと言い出し、夜会に出てくれと懇願してきた。
レヴィンが丘の上の屋敷を行ったり来たりしているのを、目敏く見ている貴族がいた。あの若い男は誰なのかと詮索されているのだという。それが一家だけではなくなったらしい。仕方なしに街の有力貴族の夜会に顔を出した。
レヴィンはロムウェルという姓を名乗り、身分を偽っていた。王族だと騒がれたくなかったためで、宮廷に縁がある貴族ということにしていた。
存在しない偽りの家名であっても、王族のだれそれの親戚の血筋だなどといえば、いくらでも誤魔化せた。廃れた貴族も多くあるため、把握することは王家であっても困難だからだ。
レヴィンはそれを利用して弱小貴族を装っていたが、この街の上流階級の者たちは「丘の上の屋敷の主人であること」が重要だったようで、王都での階級は気にしていないようだった。
そのためか、一度元気な姿を見せてしまうと後の祭りで、次々と夜会案内状と面会申し出願いが届くようになった。日中に面会しなければならない日は、クオンの家には行けなかった。
だが、昼間の面会はまだいい。相手はほとんど富豪の商人である。扱っている商品の話などを聞けばいいだけだ。憂鬱なのは貴族の催す夜会の方だった。
若いうえに身分も上々となれば、当然、閨の誘いも受ける。容姿に群がってくる女たちは色香を纏って、レヴィンにすり寄って来た。その舐めるような視線が気持ち悪く、近くで香水の香りを嗅ぐと無性にクオンに会いたくなった。彼女たちの自尊心を傷つけないように断るのも疲れた。
それでも逃げずに夜会に出ているのは、クオンの働きぶりを見たからだった。
トレイの村以外にも二つの村に行った。皆、クオンが来ると喜んでいた。人に喜ばれる仕事をし、皆のためならば薄利でも構わないとする彼が眩しかった。自分もクオンに認めてもらえるようになりたいと思うようになった。
そのためには、まずは屋敷の主人として果たすべきことをやろうと決意した。だが夜会の後は心が折れそうだった。
女の色香を近くで嗅いだ翌日は、早くクオンに会いたくて、いないことがわかっていながら街の開門一番、出かけた。本日も然り。ただし、今日は「来るなら朝から来い」と言われていた。クオンが朝から来いという日は大抵、薬草茶を売りに離れた村に行くときだった。
しかし今日は違う。川に魚釣りをしに行くのだ。レヴィンは魚を釣ったことがない。
空が白む前から起きると、モーリスもすでに起きており、出かける前に鞄を渡された。
夜会で寝不足のはずなのに、頭は冴え、心は躍っていた。屋敷を出ると、清涼な朝の空気を胸いっぱいに吸った。
今日も楽しい一日になりそうだった。
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