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第2章 街での暮らし②『勝ち抜き戦』

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 厨房にも馴染んだある日、いつものように昼食後の食器洗いをしていると、調理人たちが騒いでいた。

「勝ち抜き戦、やってるらしいぞ!」
「まじで!? 見に行くぞ!」
「俺は当番だから行けねえわあ」

 落胆したのは一人。明らかに悔しそうである。
 なんのことだろう、と思ったら近くにいた料理長が教えてくれた。

「隊員達が一対一で模擬戦をやるんだ。勝ち抜いたやつは、最後に隊長に相手をしてもらえるからな。皆、本気でやるから見応えあるぞ」
 
 実力が出る試合らしい。
 誰が強いのか見るのも面白そうだが、何よりイリアスが戦っているところを見たいと海人は思った。
 
 うずうずしていると、料理長が観に行っていいぞ、と言ってくれた。
 
 厨房を離れ、隊員達の練兵場である広場に行くと、ひとつの試合に決着がついたところだった。
 歓声が飛んでおり、緊張感たっぷりの試合というより、お祭り騒ぎだ。
 しかし戦っている当人たちは真剣である。
 
 剣技のみかと思いきや、魔法も使っていいらしい。
 試合開始直後に魔法を繰り出す者もいた。
 
 魔法が飛んできて、慌てたところを剣で弾かれる者もいれば、魔法をかわされる者もいた。
 
 離れたところから見ていると、ダグラスが海人に気づき、手招きしてくれた。
 イリアスも隣にいる。二人は隊員たちと距離を置いたところで立って見ていた。

 海人が来ると、ダグラスは地面に座った。海人もつられて座るが、イリアスは立ったままだった。

「厨房はいいのか?」

 試合から目を離さず、イリアスが言った。

「うん。料理長が見に行っていいって。勝ち抜き戦だって聞いた」

 海人が言うと、ダグラスが、

「もうすぐ王都魔獣討伐の派遣隊員を決めないといけねえからな。これで若い奴の実力見てんだよ」
 と言った。

 ある時期になると魔獣は人里を襲い始めると、グレンが言っていたのを思い出す。
 
 魔獣討伐は、魔獣が人里を襲う前に森に入り、退治するそうだ。
 特に王都周辺は入念に行われるが、王都の警備を薄くすることもできないため、各地に支援要請がくるという。

 リンデの街の辺境警備隊も御多分に洩れなかった。

「まったくなあ。うちなんて少ない人数でやってんだから、王都も見逃してくれりゃいいのによ。ひとりでも欠けたら、すげえ痛手なんだからな」

 ダグラスが愚痴を零した。

「そう言うな。私が言うのもなんだが、ここの者達は練度が高い。易々とやられることはない」
「そうですがね。少数精鋭だからこそ、出したくないんじゃありませんか」
「私が行ってもいいが」
「隊長は来るなって近衛騎士団から言われてるでしょう。それに騎士団に引き抜かれでもしたら困りますんで」
「それはないから安心しろ」

 隊長と副官のやり取りを側で聞きながら、いろいろあるんだなあと海人は思っていた。
 すると、ひときわ歓声が起こった。
 
 見るとシモンが出てきた。野次が飛ぶ。

「はは、あいつ愛されてんなあ」

 ダグラスが笑った。
 入隊してまだ二年のシモンは、若手中の若手だ。

 よく先輩たちに小突かれたり、いじられたりしているが、可愛がられているのは見てわかる。
 そんな先輩たちをシモンも嫌がっていない。

「シモンー! がんばれー!」

 海人も声を張り上げると、シモンは笑って手を振ってくれた。
 だが、対戦相手に向きなおったときには、笑顔が消えていた。
 
 相手はシモンより一回り年上に見える。
 勝敗は剣を落とすか、急所を押えられたら負けだ。

 攻撃は剣でも魔法でもどちらでもかまわないが、魔法が出るのは最初だけで、そこから先は剣だけの試合だった。
不思議に思って訊いてみると、

「魔法を出すには、霊脈に干渉する時間が必要だからな。集中せねばならん。その時間を作らせないためにも、剣で攻める。接近戦で魔法を使うことなんて、ほとんどねえんだよ」

と、ダグラスが教えてくれている間に、シモンが相手の剣を弾き、懐に飛び込んでいた。

 どよめきが起こる。シモンの剣先は相手の喉元に迫っていた。
 さほど時間もかからずに決着はついた。

 何度か打ち合っていたが、試合は彼が一方的に押していた。

「もしかして、シモンって強いんですか?」
「まあな。ああ見えて十五歳で近衛騎士団に入ったくらいだ。実力はかなりのものだ」

 ダグラスが腕組みして言った。

(十五歳って、中三じゃないか!)

 海人は驚いた。
 シモンがやったぞー! と海人に手を振ってきたので、振り返した。

「だったら、なんでシモンはここにいるんですか?」

 当然の疑問に、ダグラスは肩を震わせた。

「あいつはなあ、隊長を追っかけて来たんだよ。二年くらい前だったか。王都魔獣討伐にな、隊長が参加したんだ。そんとき、隊長の強さに惚れ込んで、近衛騎士団辞めて来ちまったんだよ」

 馬鹿だよな、と大笑いする。
 仲間のところに戻っていったシモンは、小突かれまくっていた。
 
 ダグラスが言うには、地方を守る警備隊は近衛騎士団に比べて地位は低い。
 
 近衛騎士団は騎士の花形だった。
 ゆえに、多くの人たちはまず近衛騎士団への入団を目指す。

 入団試験も厳しいらしく、各地の警備隊で力をつけてから入団試験を受ける者もいるそうだ。
 
 その騎士団をたった一年で辞めたのがシモンである。

「あんときゃ、騎士団の奴らに恨み言を言われたな。将来有望な若者を取っちまったわけだからな。それ以降、王都魔獣討伐に隊長は不参加ってことになってんだ。シモンみたいな奴がまた出たら困るからな」

 そうやって笑うダグラスもその昔、近衛騎士団にいたことがあり、王宮の警備をしていたという。
 彼もまた花形の騎士団を辞めているのだが、ダグラスは元々リンデの出身であり、故郷に戻ってきたらしい。
 二十年以上も前の話だそうだ。
 
 海人はそんな過去がシモンにあったとは思わなかった。
 だがその気持ちもわかる気がする。
 
 圧倒的な強さに憧れを持つのは、人間誰しもあることだ。
 しかしそこで行動に移せるかどうかは人による。

 ダグラスの話だと、シモンは十六歳かそこらでイリアスを追ってリンデの街までやって来たのだ。
 辺境警備隊に入れるかどうかもわからないのに、その行動力はすごいと海人は素直に感心した。
 
 その後も試合は順調に進み、それからシモンが二回出たところで、彼の優勝が決まった。
 
 歓声が沸き起っている中、イリアスが進み出た。
 とたん、歓声が止み、静かになる。
 
 皆がイリアスに注目していた。
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