異世界美貌の騎士様は、キスで魔力をもっていく

第3章 王都への道①『出発』

　ルンダの森にカイトが落ちて来て四か月。
　シモンはカイトの護衛として、敬愛する上官と共に王宮に向けて出発した。
　
　季節は夏になっていた。

　話を聞かされたのは二週間前である。シモンは大喜びで引き受けた。
　
　リンデの街を出て、整備された街道を進む。
　
　カイトは一人で馬に乗っていた。
　
　これも三か月半、毎日練習した成果だ。時には走らせ、時には休ませる。
　カイトの馬術はまだ未熟なので、落馬しないよう、ゆっくり進む。
　まどろっこしいが、カイトは自分で馬に乗れることがうれしいようで、その顔を見ると教えた甲斐があった。
　
　王都までは一週間ほどかかると見込まれていた。
　
　カイトは完全に旅行気分のようだったが、シモンはそこまで気を緩めてはいない。
　護衛という任務だ。
　隊長が自分を選んでくれた理由は、単にカイトの素性を知っていて、仲がいいからというわけではない。

　勝ち抜き戦では隊長にまったく歯が立たなかった風魔法だが、実は防御には適した魔法である。

　王都への道は整備されているとはいえ、街や人里を離れると魔獣が出やすい。
　彼らには縄張りがあって、そこに踏み込まれるのを嫌うのだ。

　魔獣は放っておくと縄張りを広げようとするので、定期的に人の領域だとわからせるために討伐する必要があった。
　魔獣も馬鹿ではないので、痛い目を見ると引き返す。

　そうやって魔獣と人里との折り合いをつけているわけだが、それでも人は魔獣にとって食糧であり、縄張りを侵す侵略者だ。人を見れば襲って来る。
　
　魔獣に襲われたら、隊長が前線で戦い、自分がカイトを守ることになっていた。
　
　それについて、シモンは少々不服だった。
　できるなら前線に出たかったが、魔獣に囲まれでもしたら、さばき切れるかはわからない。

　隊長も目の前の魔獣を逃すことはなくても、隙すきをついて横から襲われることを考慮したのだろう。
　それを考えると、カイトを無事に王宮に連れて行くという護衛の仕事をするからには、隊長の言うことをきくのが一番である。

　もとより、不満そうな顔をしては見せたが、心酔している隊長に逆らうつもりなど更々なかった。
　
　晴れ渡った空の下、心地よい馬蹄ばていを聞きながらリンデの街を出発して数刻。
　
　ついに魔獣が現れた。
　
　一頭の猪型魔獣モンテが、行く手を阻はばむように林道に出てきた。

　獰猛どうもうそうな赤い瞳がこちらを見ている。

　馬が怯えたように足踏みした。いなしながら、カイトに視線を走らせると、馬上で固まっていた。

「カイト」

　呼びかけ、シモンは馬から下りる。ハッとしたようにカイトも馬から下りた。

　隊長は魔獣が出たら、馬から下りるようカイトに言っていた。
　馬が怯えて暴れたら制御できなくなるからだ。

　しかし隊長は馬から下りずにモンテと対峙した。
　隊長の愛馬は不思議と怖がっていない。

　カイトを守るため、シモンが防御魔法を展開しようとした矢先、モンテは隊長の火炎魔法の餌食えじきになっていた。

　あまりの早さにシモンは驚きを隠せなかった。
　
　騎乗した人間に突進してきたモンテは最初、飛んできた炎を横に跳んで避けたが、着地したところにさらにもう一発、火炎が飛んできたのだ。
　避けられなかったモンテは一声も上げることなく消炭けしずみとなった。
　これのどこがすごいのかといえば、ただの火の魔法でモンテを炭にすることなどできないのだ。

　火力が強いということは、それだけ多くの魔力が必要になる。魔力が多くなれば、霊脈に干渉する力も大きくなるので、より精神を集中させねばならない。
　常人ならば、多少の時間がかかるものだった。
　
　それをあっさりやってのけたのが隊長である。シモンが目を輝かせ、感嘆かんたんの声を上げようとしたとき、

「あーっ！」

　突然、カイトが叫んだ。

「どうした⁉」

　シモンが慌てて声をかけると、海人はわなわなと震えていた。

「イリアス……なんてことするんだ」

　恐怖で震えたのかと思いきや、セリフがおかしい。しかも気のせいか、怒りを感じる。

　馬首を返した隊長に、カイトはキッと睨にらみつけた。

「これじゃ食べられないじゃないかっ！」

　食べようと思ったのか！

　シモンは心中、派手に突っ込んだ。炭になったモンテを指して海人が怒る。

「モンテの肉はどこもおいしいって知ってるだろ！　しかも今の時季は手に入りにくいって料理長もロイの店でも言ってた！」

　さすが厨房に出入りしているだけのことはある。この世界の食糧事情についてずいぶん詳しくなったようだ。

「ああ……せっかくの食材が」

　嘆き落ち込む海人にシモンは苦笑いした。

「まあまあ、食用にしたって持っていけないだろ」
「近くの町で売ればいい」
　
　なんてたくましい。

　海人は口を尖とがらせながら言った。

「次からは、食べられるように退治してください」

　隊長は予想もしなかった怒られ方をして、珍しく戸惑いながら、うなずいた。

「……わかった。気をつける」
「そうしてください」

　カイトにはなんだかんだ甘い上官である。
　
　隊員たちの前では感情を出さず、常に無表情だが、カイトの前ではわずかだが表情が動く。
　シモンは楽しげに二人を見ながら、馬に乗った。

　隊長の後にカイトが続く。
　
　馬を歩かせながら、シモンは先ほどのモンテが仕留められた場面を思い返していた。

　あのとき、火炎は二つ放たれた。
　ひとつはモンテが避けたわけだが、では避けられた炎はいったいどこへいった？

　近くの木に当たった形跡はなかった。
　つまり避けたあとに炎を打ち消す魔法を放ちながら、もう一発、火炎魔法を放ったことになる。
　あの短時間で高魔力の魔法を三つ顕現けんげんさせたのだ。

　シモンは唾を飲んだ。

　自分が敬愛する上官の底知れない能力に、畏怖いふを覚えた。