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第4章 いにしえの因果⑧『イル』
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耳まで赤くなったのがわかる。
海人がグラスを見ながら小さくうなずいたとき、王太子の挨拶が始まった。
「ここにいる皆はすでに知っていようが、アフロディーテと同じ世界からやってきた者がいるので紹介しよう」
王太子が海人を見た。
イリアスから前に行くように背中を押される。海人は緊張しながら、王太子の傍に寄った。
「彼はフジワラカイト。サウスリー領主の息子である、イリアス=ウィル=サラディールに保護されてやってきた」
王太子はイリアスをノルマンテの名では呼ばなかった。
「アフロディーテと会わせたかったが……また遅刻か。あの遅刻癖はなんとかならんのか」
王太子が大仰に肩をすくめると、笑いが起きた。
「彼が来たことは我が国にとって僥倖となるだろう。神の采配に乾杯しよう」
王太子がグラスを掲げると、皆が一斉にグラスを上げた。そして全員が飲んだので、海人も見様見真似でグラスに口をつけた。
飲むふりだったが、唇についた果実酒が思いの外、良い香りで甘かった。
これで挨拶は終わりだった。
王太子は、楽しんでくれ、と言って海人を開放した。
急いでイリアスの元に戻る。作法が何もわからないので、心細かった。
会場には二十名いるかいないかくらいである。
イリアスは挨拶に来る人に応えながら、海人に紹介してくれたが、まったく覚えられない。とりあえず愛想笑いをしていた。
挨拶の波が途切れるとチャンスとばかりにテーブルの皿に手を伸ばすが、食べ始めるとまた誰かがやってきて、なかなか満足に口にできない。
お腹空いた、食べたい、食べたい、とやきもきしていたとき、イリアスがふっと入口の方を見た。
注視しているので、海人も視線をやったが、誰もいなかった。
イリアスがそのまま動かないので、どうしたのか訊こうとしたとき、白いローブを着た人が現れた。
およそ、そのローブは夜会に適しているとはいえず、着飾った人々の間では不作法に思えた。しかもフードを被ったままの恰好である。
パーティーに参加するのが初めての海人も、さすがにそれが場違いだというのはわかった。だが本人は全く気にした様子もなく、口元に笑みを浮かべて、足早に寄ってきた。
「イル! イルだろう⁉」
イリアスが手にしていたグラスを置く。と、同時に勢いよく彼に抱き着いた。
海人は目を見張った。
「うわあ! ほんとにイルだ! 何年ぶり⁉ すっごい、いい男になっててびっくりしたよ!」
年の頃は三十代前半くらいか、子供のようにはしゃいでいる。
「七年ぶりだ。あなたも相変わらずのようだ」
会場に入ってから、誰に対しても敬語だったイリアスがいつもの口ぶりに戻っていた。
海人が呆気にとられていると、白いローブを着たその人は海人を見て、かぶっていたフードを取った。
弾んだ声で言う。
「もしかして、きみが⁉」
海人がグラスを見ながら小さくうなずいたとき、王太子の挨拶が始まった。
「ここにいる皆はすでに知っていようが、アフロディーテと同じ世界からやってきた者がいるので紹介しよう」
王太子が海人を見た。
イリアスから前に行くように背中を押される。海人は緊張しながら、王太子の傍に寄った。
「彼はフジワラカイト。サウスリー領主の息子である、イリアス=ウィル=サラディールに保護されてやってきた」
王太子はイリアスをノルマンテの名では呼ばなかった。
「アフロディーテと会わせたかったが……また遅刻か。あの遅刻癖はなんとかならんのか」
王太子が大仰に肩をすくめると、笑いが起きた。
「彼が来たことは我が国にとって僥倖となるだろう。神の采配に乾杯しよう」
王太子がグラスを掲げると、皆が一斉にグラスを上げた。そして全員が飲んだので、海人も見様見真似でグラスに口をつけた。
飲むふりだったが、唇についた果実酒が思いの外、良い香りで甘かった。
これで挨拶は終わりだった。
王太子は、楽しんでくれ、と言って海人を開放した。
急いでイリアスの元に戻る。作法が何もわからないので、心細かった。
会場には二十名いるかいないかくらいである。
イリアスは挨拶に来る人に応えながら、海人に紹介してくれたが、まったく覚えられない。とりあえず愛想笑いをしていた。
挨拶の波が途切れるとチャンスとばかりにテーブルの皿に手を伸ばすが、食べ始めるとまた誰かがやってきて、なかなか満足に口にできない。
お腹空いた、食べたい、食べたい、とやきもきしていたとき、イリアスがふっと入口の方を見た。
注視しているので、海人も視線をやったが、誰もいなかった。
イリアスがそのまま動かないので、どうしたのか訊こうとしたとき、白いローブを着た人が現れた。
およそ、そのローブは夜会に適しているとはいえず、着飾った人々の間では不作法に思えた。しかもフードを被ったままの恰好である。
パーティーに参加するのが初めての海人も、さすがにそれが場違いだというのはわかった。だが本人は全く気にした様子もなく、口元に笑みを浮かべて、足早に寄ってきた。
「イル! イルだろう⁉」
イリアスが手にしていたグラスを置く。と、同時に勢いよく彼に抱き着いた。
海人は目を見張った。
「うわあ! ほんとにイルだ! 何年ぶり⁉ すっごい、いい男になっててびっくりしたよ!」
年の頃は三十代前半くらいか、子供のようにはしゃいでいる。
「七年ぶりだ。あなたも相変わらずのようだ」
会場に入ってから、誰に対しても敬語だったイリアスがいつもの口ぶりに戻っていた。
海人が呆気にとられていると、白いローブを着たその人は海人を見て、かぶっていたフードを取った。
弾んだ声で言う。
「もしかして、きみが⁉」
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