99 / 117
後日譚⑦『馬車の紋章』
しおりを挟む
驚き暴れる馬を御者が必死で宥めている。
イリアスの後ろについて海人も近づいた頃には馬が落ち着き始めていた。
海人は馬車の装飾を見た。紋章が付いている。乗っているのは貴族だろうか。
イリアスは御者に声をかけた。
「怪我はないか」
「は、はい。いったい何が……」
御者は二十代半ばくらいの若い男だった。
何が起こったのか理解できていない顔だ。寒空の中、汗をぬぐう仕草をしている。
「驚かせてすまない。魔獣がこちらの馬車を襲おうとしていたので、魔法を使った」
「魔獣が……! そうでしたか。警備隊の方ですよね。危ないところをありがとうございました」
辺境警備隊の隊服を見ながら、頭を下げる。彼はイリアスのことを知らないようだ。
海人は意外に思った。リンデの街の商業街では、よく「サラディール様」と声をかけられているので、知らぬ者はいないと思っていた。
イリアスは特に気にした様子はなく、馬車の紋章に目をやった。
「ルヴェン家か。中の方は?」
御者はハッとしたように慌てた。
「そうだ! お嬢様‼」
馬を制御するのに精一杯で、中の人のことを忘れていたらしい。おっちょこちょいだ。
御者台を降り、馬車の扉を開ける。
「大丈夫ですか⁉」
御者が問うと、中からか細い声がしたが、何を言ったのかは聞こえなかった。
貴族の令嬢のようだ。海人は気になってのぞき込もうとしたら、無言でイリアスに止められた。
海人は首をすくめて、大人しくイリアスの影に隠れた。
令嬢の声を聞いた御者がイリアスに顔を向ける。
「お嬢様がお礼を言いたいそうです」
そして御者が手をひき、令嬢が顔を出そうとしたとき、イリアスが制止した。
「礼には及ばない。それに出ない方がいいだろう。魔獣はまだ近くいる。早々にリンデに入ることだ」
警備隊からの忠告に御者が震えた。令嬢の手を離し、中にいるようにお願いしている。
彼女も承知したようだった。イリアスは御者に言った。
「街まで送ろう」
「ほんとうですか⁉」
うなずきながら、部下の方へ振り返る。
「リカルド、ビッキー。頼む」
いつの間にかビッキーも近くに来ていた。
よほど怖かったのだろう、御者は何度も頭を下げた。
馬を取って来た二人は、リカルドが先導し、ビッキーが背後を守る形で街に向かった。
貴族の馬車を見送ったあと、シモンが荷馬車とイリアスの愛馬を連れてきた。
仕留めたダンピは食用魔獣らしい。荷馬車に乗せて持って帰るというので、海人も手伝った。
白い魔獣はペンギンのような体形で、ふっくらと丸っこい。大型犬くらいの大きさだ。
可愛く見えるが、やはり魔獣だと思ったのは、口からのぞく牙の鋭さを見たときだった。
食材を荷台に乗せながら、シモンが言った。
「ダンピって、こっちにけっこういたんですね。ルンダの森ではほとんど見かけませんから、意外でした」
「そのようだな。私も知らなかった」
四頭のダンピを乗せ終わると、イリアスは自らが作った土壁の後始末をした。
水の魔法を使って、土を洗い流す。それもまた見事だったようで、シモンの目に上官への敬愛が浮かんだ。
森の中で仕留められたダンピも運び込みたかったが、海人がいつまでもいると新たな魔獣が出て来る可能性もあったので、速やかに帰ることになった。
海人は荷馬車の手綱を取ると、シモンが横に乗って来た。
「魔獣、けっこう出てきてたけど、大丈夫だった?」
「ああ。ダンピはそんなに危険な魔獣じゃないから。噛まれないように気をつければいいだけだ。魔獣危険度ランクでいえば『低』だ」
「そっか。ならよかった」
海人がにっこりすると、シモンは両手を頭の後ろで組んだ。
「しっかし、すごいな、魔獣ホイホイ」
「ん?」
「活動期でなくても魔獣が出てきてくれる~。これから魔獣討伐が楽になるな~」
シモンがおちゃらけて言うので、海人は苦笑した。
「役に立てたようでよかったよ」
こうして、海人の初めての魔獣討伐同行は終わったのだった。
イリアスの後ろについて海人も近づいた頃には馬が落ち着き始めていた。
海人は馬車の装飾を見た。紋章が付いている。乗っているのは貴族だろうか。
イリアスは御者に声をかけた。
「怪我はないか」
「は、はい。いったい何が……」
御者は二十代半ばくらいの若い男だった。
何が起こったのか理解できていない顔だ。寒空の中、汗をぬぐう仕草をしている。
「驚かせてすまない。魔獣がこちらの馬車を襲おうとしていたので、魔法を使った」
「魔獣が……! そうでしたか。警備隊の方ですよね。危ないところをありがとうございました」
辺境警備隊の隊服を見ながら、頭を下げる。彼はイリアスのことを知らないようだ。
海人は意外に思った。リンデの街の商業街では、よく「サラディール様」と声をかけられているので、知らぬ者はいないと思っていた。
イリアスは特に気にした様子はなく、馬車の紋章に目をやった。
「ルヴェン家か。中の方は?」
御者はハッとしたように慌てた。
「そうだ! お嬢様‼」
馬を制御するのに精一杯で、中の人のことを忘れていたらしい。おっちょこちょいだ。
御者台を降り、馬車の扉を開ける。
「大丈夫ですか⁉」
御者が問うと、中からか細い声がしたが、何を言ったのかは聞こえなかった。
貴族の令嬢のようだ。海人は気になってのぞき込もうとしたら、無言でイリアスに止められた。
海人は首をすくめて、大人しくイリアスの影に隠れた。
令嬢の声を聞いた御者がイリアスに顔を向ける。
「お嬢様がお礼を言いたいそうです」
そして御者が手をひき、令嬢が顔を出そうとしたとき、イリアスが制止した。
「礼には及ばない。それに出ない方がいいだろう。魔獣はまだ近くいる。早々にリンデに入ることだ」
警備隊からの忠告に御者が震えた。令嬢の手を離し、中にいるようにお願いしている。
彼女も承知したようだった。イリアスは御者に言った。
「街まで送ろう」
「ほんとうですか⁉」
うなずきながら、部下の方へ振り返る。
「リカルド、ビッキー。頼む」
いつの間にかビッキーも近くに来ていた。
よほど怖かったのだろう、御者は何度も頭を下げた。
馬を取って来た二人は、リカルドが先導し、ビッキーが背後を守る形で街に向かった。
貴族の馬車を見送ったあと、シモンが荷馬車とイリアスの愛馬を連れてきた。
仕留めたダンピは食用魔獣らしい。荷馬車に乗せて持って帰るというので、海人も手伝った。
白い魔獣はペンギンのような体形で、ふっくらと丸っこい。大型犬くらいの大きさだ。
可愛く見えるが、やはり魔獣だと思ったのは、口からのぞく牙の鋭さを見たときだった。
食材を荷台に乗せながら、シモンが言った。
「ダンピって、こっちにけっこういたんですね。ルンダの森ではほとんど見かけませんから、意外でした」
「そのようだな。私も知らなかった」
四頭のダンピを乗せ終わると、イリアスは自らが作った土壁の後始末をした。
水の魔法を使って、土を洗い流す。それもまた見事だったようで、シモンの目に上官への敬愛が浮かんだ。
森の中で仕留められたダンピも運び込みたかったが、海人がいつまでもいると新たな魔獣が出て来る可能性もあったので、速やかに帰ることになった。
海人は荷馬車の手綱を取ると、シモンが横に乗って来た。
「魔獣、けっこう出てきてたけど、大丈夫だった?」
「ああ。ダンピはそんなに危険な魔獣じゃないから。噛まれないように気をつければいいだけだ。魔獣危険度ランクでいえば『低』だ」
「そっか。ならよかった」
海人がにっこりすると、シモンは両手を頭の後ろで組んだ。
「しっかし、すごいな、魔獣ホイホイ」
「ん?」
「活動期でなくても魔獣が出てきてくれる~。これから魔獣討伐が楽になるな~」
シモンがおちゃらけて言うので、海人は苦笑した。
「役に立てたようでよかったよ」
こうして、海人の初めての魔獣討伐同行は終わったのだった。
17
あなたにおすすめの小説
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした
水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。
そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。
倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。
そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。
体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。
2026.1.5〜
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる