異世界美貌の騎士様は、キスで魔力をもっていく

琉希

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後日譚⑬『指南』

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 王都からリンデまでの道のりは馬車だと十日はかかる。長旅だったにも関わらず、ユリウスは疲れを見せなかった。
 
 屋敷総出の出迎えが終わったあと、応接間で滞在中の日程を確認しあい、伯爵は辞した。
 
 本題はイリアスが作る結界についてだ。部屋にはイリアスと海人、ユリウスの三人だけになった。

「手紙を読んで、イリアスの言いたいことはわかったんだがな。文章だと詳細が伝わらん。精度を高めたいなら、見た方が早いだろうと思ってな。まずはおまえが張った結界を見たいんだが」

 リンデ滞在は三泊四日。

 時間を無駄にしたくないとユリウスが言うので、これから辺境警備隊の駐屯地に行くことになった。

 ユリウスは馬車で行くので、海人も一緒に乗せてもらう。

 馬車を先導するのは愛馬に跨ったイリアス、そして馬車の後ろにユリウスの護衛の騎士がついてきた。

 ユリウスが乗ってきた馬車には紋章がついていなかった。

 紋章は家名を表す。あえて外しているのかもしれないと思ったが、近衛騎士団の隊服を着た者が共にいるのだ。要人であることはわかる者にはわかるだろう。

 駐屯地の隊舎前に馬車が止まる。

 イリアスが先導していたので、隊員達は近寄って来なかったが、ユリウスの姿を見た者は驚いていた。

 彼もイリアス同様、好奇の目を向けられることに慣れているのか、一顧だにしない。

 駐屯地の上空を凝視し、言った。

「中心から見たい」

 海人には意味がわからなかったが、イリアスはうなずくと中庭に向かって歩き出した。

 駐屯地の中心ということだろうか、と考えていたら、ダグラスと数人の隊員たちが前からやってきた。

 ダグラス達は道を空けるように脇にそれたが、イリアスは彼らの前で立ち止まった。

「ダグラス、いいか」
「はい」

 髭面のダグラスが姿勢を正すと、共にいた隊員達もピッと背筋を伸ばした。その中にはシモンもいた。

「兄上。私の副官のダグラスです。昔、近衛騎士団にもおりました」

 イリアスが紹介する。

「ダグラス=ユーヴァです」

 ダグラスが名乗ると、イリアスは「私の兄だ」とだけ言い、終わらせようとした。

 ところがユリウスは自ら名乗った。

「ユリウス=エル=ノルマンテだ。弟が世話になっている」

 瞬間、皆が凍りついた。

 普段動じることのないイリアスまでも固まっている。シモンの口が「あ」と動いた。

「ん?」

 張りついた空気と凍りついた皆の顔を見て、ユリウスは失言に気づいたようだった。

「なんだ、言ってなかったのか?」

 イリアスを顧みる。彼は珍しく額に手を当てて、二度うなずいた。

 イリアスが領主であるサラディール伯爵の養子だということは皆の知るところだったが、生家がノルマンテ家だということは隊員たちには隠していた。

 ノルマンテ大公家は王族の次に権威をもっている大貴族だ。

 大公の実子だとわかれば、彼らが委縮してしまうことを気にしての配慮だった。

 その事実は海人の護衛として王宮に行ったシモンだけが偶然知るところとなり、イリアスは副官のダグラスにすら黙っていたようである。

 微妙な沈黙のが流れる中、ユリウスは平然とした顔で、

「それは悪いことをした。今のは聞かなかったことにしてくれ」

 と言ったが、もう遅い。なかったことにはならないのだ。

 衝撃の事実を知った隊員たちは猛獣を前にしたように硬直していた。

 イリアスは彼らに向かって抑揚のない声で言った。

「……そういうことだ。街の者たちには決して言わないでくれ」

 ダグラス以下部下達は金縛りが解けたかのように「はっ」と息の揃った短い返事をした。

 よくまあ揃うもんだと海人が感心していると、ユリウスが顔を寄せてきた。

「カイトのことも内緒か?」

 耳元で囁かれ、海人は小刻みに首を縦に振った。

 恋人のことか異能の力のことか、どちらかはわからなかったが、どちらも内緒である。

「兄上。こちらです」

 気を取り直したイリアスが歩みを促すと、ユリウスは隊員たちを見回し、シモンに目をくれた。

「君、ちょっと一緒に来てくれ」
「わ、私ですか?」

 シモンが驚いたように、慣れない一人称を使った。

「そう、君。イリアスと王宮に来てただろう?」

 覚えていたのか、と海人は思った。

 シモンとユリウスは言葉を交わしていないはずだ。顔を見たとするなら、王宮を発つ前に国王と謁見したときだ。あの場はシモンも同席を許されていた。

 シモンはなぜ呼ばれたのかわからず、海人と顔を見合わせた。

 イリアスと並び、先を行くユリウスが言う。

「あの者は知っているんだろう?」
「ええ、カイトの力のことはダグラスと彼には言ってあります」

 前を行く兄弟の会話が聞こえ、また二人で顔を見合わせた。

 二人の後をついていくと、隊舎裏の一角で止まった。

 ユリウスが言った『中心』というのは、結界を張った場所のことだった。

「やはりな。むらがある」

「斑……?」

 イリアスは眉を寄せた。
 上空を見ていたユリウスはシモンを手招きして、何もない空を指さした。

「君、あのあたりになんでもいいから攻撃魔法を放ってくれないか」

 シモンは眉を潜めた。

「それは……結界を破っていいってことですか?」

 その問いに、ユリウスは意地悪そうに片方の口端を上げた。

「大した自信だな。カイトの力で増幅された結界を破れると思っているのか」
「! 失礼しました!」

 シモンが真っ赤になって頭を下げると、イリアスは部下を庇うように口を挟んだ。

「兄上、シモンは私の結界を破ったことがあります。それに結界を破るのでしたら、私が」

「いいから黙って見ていろ」

 いら立ったようにユリウスがひと睨みすると、イリアスは口を閉じた。彼にこんな物言いができる人物など数えるほどしかいないだろう。

「いつも通りにだぞ」とユリウスはシモンに念を押した。

 シモンは返事をし、魔法を顕現させるために集中した。

 シモンが上空に顔を向けたとき、きぃん、と刃同士がぶつかったような音がした。

 どうやら彼の放った風魔法は結界に阻まれたようだ。

 海人の目には視えないが、シモンの落胆ぶりを見ればあきらかだった。

「同じように、次はあそこに放て」

 ユリウスは弧を描くように、東の空を指さした。言われた通り、シモンは風の魔法を放つ。
 すると、ぱしんっ、と空気が震えたのがわかった。

「あ‼」

 シモンが驚いたように空を見上げていた。イリアスも目を見張っていた。

「これでわかったか? 一見よくできてはいるが、むらがある。そこの彼がおまえの結界を破ったというが、それはたまたま弱いところに当たっただけだ。内側から弱い部分は、外からも弱い。この斑を直さんことには、いくら強固な結界を作ろうとしても無駄だぞ」
 
 イリアスは真剣な眼差しをユリウスに向けていた。

 一方、シモンもまた同じように尊敬の色を讃えていた。頬が上気している。

 さすが隊長のお兄様! と、心の声が聞こえてきそうだった。

「ではイリアス。結界を張って見せてくれるか。組成が見たい。ああ、カイトの力で増幅したやつでだ」

 どきっとする。

「あ、私は、人払いに立ちます」

 シモンが進言すると、ユリウスは満足そうにうなずいた。

「カイト。いいか」

 イリアスが向き直る。海人はうなずき、口の中でもごもごと詠唱した。

 ユリウスの前で力の受け渡しをするのは、シモンに見られるより恥ずかしかった。

 それはイリアスも同じだったのか、いつもは抱き寄せるのに、体には触れずに唇を合わせるだけだった。
 
 イリアスが結界を張ったのを見て、ユリウスは何やら指摘していたが、海人にはさっぱりわからなかった。

 霊脈の揺らぎが視える者は、魔法の編み方も視えるので欠点がわかるのだと後から聞いた。

 魔法の心得のあるシモンは人払いの必要がなくなると、戻ってきて横から熱心に聞いていた。

 最後にユリウスが「実演してやろう」と言った。

「カイトの力で増幅してやってみせようか」と軽口を叩き、イリアスが怒った。

 海人は兄の前では表情が豊かになるイリアスをかわいいと思い、にやけてしまった。

 かくして、ユリウスのリンデ滞在初日は終わったのだった。
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