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後日譚⑱『嫉妬』
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伯爵が今夜は帰れないだろうと言っていた。イリアスもいつ帰ってくるかわからない。
あくびが止まらなくなった海人が燭台の火を消そうと腰を上げたときだった。
扉を叩く音がしたので返事をしたら、イリアスが入ってきた。
ソファに座ったまま、海人は口元を綻ばせた。
「おかえりなさい」
夜会から戻ってすぐに部屋に来てくれたのだろう。
白を基調にした詰襟の夜会服はイリアスにとても似合っていて、もう一度見たいと思っていたのだ。
寝てしまう前に帰って来てくれてよかった。胸の高鳴りが止まらないほどかっこいい。
イリアスは海人の近くまで来ると、視線をテーブルに落とした。
「兄上がいたのか?」
「あ、うん。ちょっと前までね」
テーブルの上には二人分のグラスが残っていた。
ユリウスは蒸留酒を飲みながら、イリアスの帰りを待つ海人に付き合ってくれていたのだ。
「……何をしていた」
海人は内心、首を傾げた。怒っているような声が気になりつつも答える。
「カードを教えてもらってたんだ」
この世界にもトランプカードのようなものがあった。絵柄は違うが、ゲームルールは似たようなものだった。
ユリウスが、貴族が好んで遊ぶカードゲームなので知っておくといいと教えてくれた。
「覚えがいいって褒められたんだよ」
ポーカーの地方ルールだと思えば、そう難しいものでもなかった。基礎があったからだったが、褒められるのはうれしい。
「でも、全然勝てなくて。すぐに顔に出るからわかりやすいって、馬鹿にされた」
そうは言うものの、ユリウスとのゲームは楽しかった。
イリアスにはいつもその日あったことを話している。
楽しかったこと、うれしかったことを言うと、目を細めて「よかったな」と言ってくれるのだが。
「……どうしたの?」
黙っている彼に剣呑な雰囲気を感じた。海人が不安を滲ませると、イリアスは海人の隣に座り、急に抱き寄せた。
胸に顔が埋まったとき、鼻を掠めた匂いに驚いた。香水の匂いだった。
イリアスがキスをしようとしてきたので、海人は反射的に突き飛ばした。
立ち上がって、ソファから離れた。
いつも表情を変えないイリアスが驚いた顔をしている。
「カ……イト……」
目を見開いたままイリアスがつぶやいた。海人も動揺していた。
イリアスはこれまで女の人を近づけるようなことはしなかったのに、服にねっとりと移り香があった。
いつもと違う、色めかした格好で出かけたイリアスが、濃厚な蠱惑の匂いを付けて帰ってきた。
カイトの唇が震えた。
女の人と、なにをしていたの―
海人は喉まで出かかった言葉を飲み込む。
何か言わなければと思ったが、女の人のことは聞きたくなかった。
「ユ、ユリウスさんいるし。急に入ってくるかもしれないから……」
海人は苦しい言い訳をした。途端、イリアスの表情が消えた。いつもの無表情とは何か違う、能面のようだった。
沈黙が流れたが、それを破ったのはイリアスだった。
「……そんなに、兄上が気になるのか」
押し殺した声に、海人はどきりとした。
「兄上にはディーテがいるんだ。カイトがいくら惹かれても無駄だ」
海人は思い切り眉根を寄せた。イリアスが何を言おうとしているのかわからず、腹が立った。
「そんなことわかってるよ。だからなに」
海人が睨むように言うと、イリアスは顔をそらし、何も言わずに部屋を出て行った。
ぱたん、と扉が閉まる。
海人は唇を噛んだ。以前、シモンに嫉妬しないのかと訊かれたことがあった。しないと答えたが、嘘だった。
イリアスに香りを移せるほど近づくことを許された女の人がいる。
自分にするように、その人を触ったのだろうか。
海人の胸がギュッと苦しくなる。
あの手が自分だけのものではないかもしれないと思ったとき、海人は見えない女の影に嫉妬した。
あくびが止まらなくなった海人が燭台の火を消そうと腰を上げたときだった。
扉を叩く音がしたので返事をしたら、イリアスが入ってきた。
ソファに座ったまま、海人は口元を綻ばせた。
「おかえりなさい」
夜会から戻ってすぐに部屋に来てくれたのだろう。
白を基調にした詰襟の夜会服はイリアスにとても似合っていて、もう一度見たいと思っていたのだ。
寝てしまう前に帰って来てくれてよかった。胸の高鳴りが止まらないほどかっこいい。
イリアスは海人の近くまで来ると、視線をテーブルに落とした。
「兄上がいたのか?」
「あ、うん。ちょっと前までね」
テーブルの上には二人分のグラスが残っていた。
ユリウスは蒸留酒を飲みながら、イリアスの帰りを待つ海人に付き合ってくれていたのだ。
「……何をしていた」
海人は内心、首を傾げた。怒っているような声が気になりつつも答える。
「カードを教えてもらってたんだ」
この世界にもトランプカードのようなものがあった。絵柄は違うが、ゲームルールは似たようなものだった。
ユリウスが、貴族が好んで遊ぶカードゲームなので知っておくといいと教えてくれた。
「覚えがいいって褒められたんだよ」
ポーカーの地方ルールだと思えば、そう難しいものでもなかった。基礎があったからだったが、褒められるのはうれしい。
「でも、全然勝てなくて。すぐに顔に出るからわかりやすいって、馬鹿にされた」
そうは言うものの、ユリウスとのゲームは楽しかった。
イリアスにはいつもその日あったことを話している。
楽しかったこと、うれしかったことを言うと、目を細めて「よかったな」と言ってくれるのだが。
「……どうしたの?」
黙っている彼に剣呑な雰囲気を感じた。海人が不安を滲ませると、イリアスは海人の隣に座り、急に抱き寄せた。
胸に顔が埋まったとき、鼻を掠めた匂いに驚いた。香水の匂いだった。
イリアスがキスをしようとしてきたので、海人は反射的に突き飛ばした。
立ち上がって、ソファから離れた。
いつも表情を変えないイリアスが驚いた顔をしている。
「カ……イト……」
目を見開いたままイリアスがつぶやいた。海人も動揺していた。
イリアスはこれまで女の人を近づけるようなことはしなかったのに、服にねっとりと移り香があった。
いつもと違う、色めかした格好で出かけたイリアスが、濃厚な蠱惑の匂いを付けて帰ってきた。
カイトの唇が震えた。
女の人と、なにをしていたの―
海人は喉まで出かかった言葉を飲み込む。
何か言わなければと思ったが、女の人のことは聞きたくなかった。
「ユ、ユリウスさんいるし。急に入ってくるかもしれないから……」
海人は苦しい言い訳をした。途端、イリアスの表情が消えた。いつもの無表情とは何か違う、能面のようだった。
沈黙が流れたが、それを破ったのはイリアスだった。
「……そんなに、兄上が気になるのか」
押し殺した声に、海人はどきりとした。
「兄上にはディーテがいるんだ。カイトがいくら惹かれても無駄だ」
海人は思い切り眉根を寄せた。イリアスが何を言おうとしているのかわからず、腹が立った。
「そんなことわかってるよ。だからなに」
海人が睨むように言うと、イリアスは顔をそらし、何も言わずに部屋を出て行った。
ぱたん、と扉が閉まる。
海人は唇を噛んだ。以前、シモンに嫉妬しないのかと訊かれたことがあった。しないと答えたが、嘘だった。
イリアスに香りを移せるほど近づくことを許された女の人がいる。
自分にするように、その人を触ったのだろうか。
海人の胸がギュッと苦しくなる。
あの手が自分だけのものではないかもしれないと思ったとき、海人は見えない女の影に嫉妬した。
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